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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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第54話いちばん安全な寝床

「……今度は、何だ」


 隊長さんは、角灯を掲げたまま、かすれた声で言った。

 視線が、わたくしの日傘から、隣のゲイリー様の頭の上の赤い数字へ、それから、わたくしたちの背後の、倉庫街の方角へと移っていく。夜空に、まだ細い煙が立ちのぼっていた。


「ごきげんよう、隊長さん。更生をご希望の方を、お連れいたしましたの」

「こうせい」

「罪を償いたいとおっしゃる方ですわ」

「言ってねえ」

「寝に来ただけだそうです」


 小夜さんが、竹籠を抱えたまま付け加えた。

 隊長さんは、わたくしと、ゲイリー様と、小夜さんの顔を順番に見て、それから、深く、深く息を吐いた。


「……中へ入れ」


【コメント】隊長、またお嬢と遭遇

【コメント】前回の人質事件の隊長だ

【コメント】隊長の心労がやばい

【コメント】「こうせい」の言い方で全部察してる

【コメント】港の衛兵隊、お嬢担当になりつつある


 詰所の中は、石の床に、木の机がいくつか並んでいるだけの、飾り気のない部屋だった。

 壁の一面に、黒い板が掛けてある。板の上には、賞金首の名前と罪状と金額が、白い光の文字で並んでいた。上層から入ってきた仕掛けなのだろう。その中ほどに、ゲイリー様の名前もあった。


 隊長さんは、机の向こうに腰を下ろして、帳面を開いた。


「賞金首、ゲイリー。罪状、灯台一基の破壊、および爆発物による大量殺傷。自首ということでいいな」

「……寝に来ただけだ」

「自首ということで、いいな」

「……ああ」


 ゲイリー様は、机の前の椅子に、大きな体を窮屈そうに押し込んだ。

 隊長さんは、帳面の上で指を滑らせて、何かを数えた。


「賠償金。灯台の分と、巻き込まれた崖下の小屋の分。合わせて、これだけだ」

「……洞窟の分は、いいのか」


 ゲイリー様が、ぼそりと聞いた。

 それから、自分の口を、大きな手で塞いだ。


【コメント】聞くな

【コメント】なんで自分から言った

【コメント】わざわざ思い出させるな

【コメント】藪蛇になるぞ


 隊長さんは、帳面から目を上げなかった。


「あの洞窟は、密輸屋どもの溜まり場になっていた。今回は、賠償には乗せないことになった」

「……そうか」


【コメント】セーフ

【コメント】ゲイリー、言わなくていいことを言う男


 隊長さんが示した数字を見て、ゲイリー様の顔が、すっと白くなった。


「……払えるわけ、ねえだろ」

「所持金を見せてもらう。足りない分は、牢に入る日数で埋め合わせてもらう」


【コメント】うわ、額やば

【コメント】灯台は高いよな

【コメント】ゲイリーの家賃が……

【コメント】足りない分、牢で払うのか

【コメント】いや、牢屋延長ってことは、寝られる日数が延びるのでは

【コメント】ポジティブすぎる


 ゲイリー様は、観念したように、宙に手をかざした。

 わたくしには見えない、ゲイリー様だけの所持品の窓を開いたのだろう。目が、その窓の一点に落ちて、止まった。


 しばらく、何も言わなかった。


「……ゲイリー様?」

「……なんだ、この額」


 ゲイリー様の目が、窓の上を、上から下へと滑っていく。一行ずつ。何度も、同じところを行き来する。

 唇が、声にならない言葉を、いくつか形作った。


「……俺、ずっと、払えたのか?」


【コメント】えっ

【コメント】払えるの!?

【コメント】所持金、増えてたってこと?

【コメント】何でだよ

【コメント】賞金首になってから、返り討ちにした賞金稼ぎの分とか?

【コメント】いや、それにしても多そうな顔してる

【コメント】お嬢に巻き込まれた迷惑料でも振り込まれてたんじゃね

【コメント】運営、そんな親切じゃねえよ

【コメント】ずっと金持ちだったのに、家賃の心配してた

【コメント】確認しろよ!!!


 小夜さんが、竹籠を膝に置いて、ゲイリー様の横顔を覗き込んだ。


「……確認してなかったの? 一回も?」

「怖くて見てなかった」

「いつから」

「賞金首になってから、一回も」


 小夜さんは、額に手を当てて、天井を見上げた。


「あなた、寝不足の前に、確認不足だよ」


【コメント】小夜ちゃんの一言が刺さる

【コメント】寝不足の前に確認不足

【コメント】名言出た

【コメント】ゲイリーを救う会です 救う必要がなかった可能性が出てきました

【コメント】救う会、解散の危機


 ゲイリー様は、まだ窓を見つめていた。

 何かを確かめるように、もう一度、窓の上の方を指でなぞる。眉が、ぎゅっと寄った。


「……なんで、俺に」


 小さな声だった。独り言のような。

 それから、窓を閉じて、首を振った。


「いや。いい。払う。払えるなら、払う」


 ゲイリー様は、机の上に手をかざした。

 隊長さんの帳面の上で、何かの数字が、すっと書き換わった。


 壁の黒い板の上で、ゲイリー様の名前が、ひと文字ずつ、ほどけるように消えていった。

 ゲイリー様の頭の上の赤い数字も、同じように、ふっと、夜の灯りに溶けて消えた。


「まあ」


 わたくしは、日傘の柄を握りしめて、ゲイリー様の頭の上を見上げた。

 何も浮かんでいない。すっきりとした、夜の空気だけがある。


「ほら、表示が消えましたわ。申し上げた通りでしょう?」


 ゲイリー様は、わたくしの顔を見た。

 怒っているのとも、笑っているのとも違う、ものすごく複雑な顔だった。


「……ああ。お嬢ちゃんの、言った通りだよ」


【コメント】表示消えた!

【コメント】ゲイリー、自由の身

【コメント】お嬢、完全にドヤ顔

【コメント】言った通りでしょう?(冤罪です)

【コメント】ゲイリーの顔、情報量が多すぎる

【コメント】でも、良かった……本当に良かった


「記録には残る」


 隊長さんが、帳面を閉じながら、低い声で言った。


「自首した賞金首、とな。それは消えん。……それと、決まりだ。今夜一晩と明日は、牢に入ってもらう」

「……ああ」

「奥の突き当たりだ。石の寝台がひとつあるだけだが」


 ゲイリー様は、椅子から立ち上がった。

 詰所の奥の、薄暗い廊下を見つめる。その突き当たりに、鉄の格子の扉が、ひとつだけ見えた。


 小夜さんが、竹籠の中から、自分の夜食の串を一本取り出して、ゲイリー様の手に押しつけた。


「寝る前に食べなよ。冷めてるけど」

「……嬢ちゃん」

「何」

「……いや。ありがとな」


 ゲイリー様は、串を受け取って、廊下を歩き出した。

 途中で、一度だけ振り返った。わたくしの方を。


「お嬢ちゃん」

「なんですの」

「坂で助けられたのと、今夜と。……借り、二つ目だな」

「まあ。何か、お貸ししましたかしら」

「……ちゃんとした方の意味でな」


 それだけ言って、ゲイリー様は、鉄の格子の向こうへ入っていった。


   *


 格子の扉が閉まる音がして、それから、しばらく静かだった。


 やがて、廊下の奥から、地の底から響くような、大きないびきが聞こえてきた。

 ひとつ。ふたつ。規則正しく、途切れることなく。


 隊長さんが、帳面から顔を上げて、廊下の奥を見た。


「……うちの牢で、あんなに気持ちよさそうに寝る奴は、初めて見た」


【コメント】www

【コメント】いびきでかい

【コメント】秒で寝た

【コメント】よかった、本当によかった

【コメント】ゲイリー、おやすみ

【コメント】ゲイリーを救う会です 活動を終了します ありがとうございました

【コメント】救う会、解散

【コメント】お疲れ様でした


 わたくしは、日傘を閉じて、廊下の奥から響いてくるいびきに、しばらく耳を傾けていた。


 この街で、いちばん安全な寝床は。

 どうやら、牢屋のようだった。


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