第53話更生のお邪魔は、悪辣非道ですわ
坂を下りきったところで、最初のコメントが流れた。
【コメント】待って、これゲイリーの居場所、配信で晒してない?
【コメント】あ
【コメント】前もこれで雑貨屋囲まれたよな
【コメント】ゲイリー、学習してない
【コメント】いや今回はゲイリーのせいじゃない、お嬢の配信だから
港沿いの道に出ると、潮の匂いがした。
夜の倉庫街は、しんと静まり返っている。等間隔に吊るされた角灯が、石畳に丸い光を落としていた。
その光の輪の中に、人影が三つ、立っていた。
革の鎧。抜き身の短剣。ひとりは、肩に大きな網を担いでいる。
頭の上には、何も浮かんでいない。けれど、その目は、まっすぐにゲイリー様の頭の上の赤い数字を見ていた。
「よう、ゲイリー。探す手間が省けたぜ」
「お嬢様の配信、ありがたく見させてもらった」
「……配信で、晒してたのかよ!」
ゲイリー様が、夜空に向かって吠えた。
小夜さんが、竹籠を抱えたまま、肩をすくめた。
「配信してる人と一緒に歩いてるんだもん。そりゃそうだよ」
「知ってたなら先に言え!」
「言ったら来なかったでしょ」
【コメント】小夜ちゃん策士
【コメント】確信犯
【コメント】来た
【コメント】賞金稼ぎ勢
【コメント】網持ってる、捕獲する気だ
【コメント】プレイヤーだな
ゲイリー様が、一歩前に出ようとした。
布を巻いた拳を握る。その腕を、わたくしは日傘の先で、そっと押しとどめた。
「ゲイリー様は、歩いていらっしゃればよろしいと、申し上げましたでしょう」
「……いや、けどよ」
「更生の道のりですもの。拳を振るっては、台無しですわ」
わたくしは、三人の方へ向き直った。
「皆様。こちらの方は、これから詰所へ、罪を償いに行かれるところですの」
「知ったこっちゃねえ。賞金首は賞金首だ」
「更生なさろうとしている方のお邪魔をするなど」
角灯の脇に、夜回りの老人がひとり、拍子木を抱えて立ちすくんでいた。
揉め事に行き合って、動けなくなってしまったのだろう。目を丸くして、革の鎧の三人を見つめている。
柔らかい目だった。
その目を、お借りした。
「――悪辣非道ですわ」
白。
倉庫の壁が、一枚、夜の中へ吹き飛んだ。
角灯が三つ、同時に揺れて、ひとつが落ちて割れた。潮の匂いに、焦げた油の匂いが混じる。
光の粒が、三つ、夜空へ昇っていった。
夜回りの老人は、拍子木を抱えたまま、その場にへたり込んでいた。
【コメント】一発
【コメント】倉庫の壁ごと
【コメント】網ごと
【コメント】夜回りのじいさん、腰抜かしてる
【コメント】更生の邪魔は悪辣非道(悪辣非道な人が言うと説得力が違う)
【コメント】古着屋の二階です 今の三人に、被害者の会の案内を送っておきます
「……おい」
ゲイリー様が、倉庫の壁の穴を見つめたまま、呟いた。
「俺を送るのに、倉庫一個いったぞ」
「壁、一枚ですわ」
「一枚でも倉庫だろ!」
わたくしは、日傘を傾けて、また歩き出した。
踵から下ろし、土踏まずで受け、爪先で送る。
*
二組目は、倉庫街の出口で待っていた。
今度は、七人だった。屋根の上に二人、路地の左右に二人ずつ、正面に一人。明らかに、示し合わせて包囲の形を作っている。
正面の男が、にやりと笑った。
「悪辣非道のお嬢様。あんたとやり合う気はねえ。そいつだけ置いてってくれりゃいい」
「お断りいたしますわ」
「七人いるんだぜ? あんた一人じゃ――」
路地の奥で、酔い潰れた船乗りがひとり、樽にもたれて、とろんとした目でこちらを眺めていた。
屋根の上の二人も、左右の路地の四人も、正面の一人も、その目にちょうど収まっている。
その目を、お借りした。
「更生のお邪魔は、悪辣非道ですわ」
白。
倉庫街の出口が、ひと続きに、夜空の方へ持ち上がった。
屋根瓦が、雨のように降ってくる。わたくしは日傘を少しだけ傾けた。小夜さんは、竹籠を頭の上に掲げた。ゲイリー様は、腕で顔を庇った。
光の粒が、七つ。
樽にもたれた船乗りは、まだ、とろんとした目で夜空を見上げていた。何が起きたのか、分かっていないらしかった。
【コメント】七人、一撃
【コメント】包囲の形作ったのが仇になった
【コメント】倉庫街の出口、なくなった
【コメント】船乗り、酔ってて何も分かってない
【コメント】運のいいやつ
【コメント】小夜ちゃん、竹籠で瓦防いでるの慣れすぎてる
ゲイリー様は、腕を下ろして、振り返った。
坂から港までの道。倉庫の壁の穴。落ちて割れた角灯。持ち上がって崩れた倉庫街の出口。
「……俺の護送で、街が消えていく」
「半分は残ってるよ」
小夜さんが、竹籠の瓦のかけらを払い落としながら言った。
「瑠璃華にしては、残ってる方」
「基準がおかしいんだよ、嬢ちゃんも!」
【コメント】半分は残ってる(小夜ちゃん基準)
【コメント】小夜ちゃんも感覚が麻痺してきてる
【コメント】コメント欄の予想当たった
【コメント】ゲイリーの目が死んでる
【コメント】寝るためだから……がんばれ……
ゲイリー様が、ふと、眉を寄せた。
わたくしたちが歩いてきた方を、じっと見ている。
「……なあ。後ろ、なんか光ってねえか」
わたくしは、振り返らなかった。
「お嬢様は、振り返りませんの」
「いや、振り返れよ」
【コメント】後ろ?
【コメント】画角外だ
【コメント】ゲイリーの配信じゃないから見えない
【コメント】いや、さっきから遠くで何か光ってるのは映ってた
【コメント】青い線、みたいな
【コメント】まさか
【コメント】スタロ?
【コメント】お嬢の後ろを、ずっとついてきてる?
【コメント】瓦礫どけてるんじゃ……
【コメント】後始末係、リアルタイム追尾型
ゲイリー様は、しばらく後ろを眺めていたけれど、やがて、首を振って前を向いた。
何か言いかけて、やめた。
港の大通りの先に、詰所の灯りが見えてきた。
石造りの、どっしりとした建物。入口の上に、衛兵隊の紋章が掲げられている。
その扉が、中から開いた。
大きな兜をかぶった衛兵の方が、角灯を掲げて、大通りに出てくる。倉庫街の方から響いた爆音を、聞きつけたのだろう。
角灯の光が、わたくしの日傘を照らした。
兜の下の顔から、すうっと、血の気が引いていった。
港の衛兵隊の、隊長さんだった。




