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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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第52話更生のお手伝いをいたしますわ

 角の屋台の長椅子で、熊の毛皮の大きな背中が、ゆっくりと船を漕いでいた。座ったまま、居眠りをしているらしかった。


 夜更けだった。坂の上の家々は、とうに灯りを落としている。屋台の炭だけが赤く、暖簾(のれん)の下を、ほのかに照らしていた。

 わたくしは、配信を閉じる前の見回りの帰りに、その背中を見つけて、足を止めた。


【コメント】ゲイリーだ

【コメント】寝てる?

【コメント】座ったまま寝てる

【コメント】頭の上の赤い数字、また増えてるな

【コメント】賞金首が屋台で居眠りって大丈夫なのか


 鈴村さんが、串を返す手を止めて、わたくしに気づいた。

 人差し指を、そっと唇に当てる。


「少し、休ませて差し上げていたんです」


 声を落として、鈴村さんは言った。


「串を三本召し上がって、お茶を一杯飲まれて、そのまま。ここ何日も、まともにお休みになっていないようで」

「まあ」


 ゲイリー様の頭が、かくん、と前に落ちた。

 それから、びくりと跳ね起きて、左右を見回した。布を巻いた拳が、反射的に胸の前に上がる。


「――っ、誰だ!」

「ごきげんよう、ゲイリー様」

「……お嬢ちゃんか」


 ゲイリー様は、拳を下ろして、長く息を吐いた。

 目の下が、黒く落(お)ち窪(くぼ)んでいた。顔色も、炭の灯りの下で見ても分かるほど、悪い。


「……寝てたか、俺」

「ええ。とても気持ちよさそうに」

「くそ。こんなとこで寝落ちしたら、狩られても文句言えねえ」


【コメント】目の下のクマすごい

【コメント】デバフ限界まで溜まってるだろ

【コメント】冤罪から何日目だ

【コメント】ゲイリーを救う会です 見てられない

【コメント】稼げるヴィラン勢は、乗り場が開いてからみんな上に行っちまったしな

【コメント】下町に残ってる賞金首なんて、もう乗れない連中だけだよ


 わたくしは、ゲイリー様の隣に、少しだけ間を空けて腰を下ろした。

 鈴村さんが、黙って湯呑をひとつ、わたくしの前に置いてくださった。


 お気の毒だった。

 悪いことをなさった方でも、眠れないのは、つらいことだ。以前にも、そう思ったことがある。雑貨屋の、小夜さんの帳場(ちょうば)の前で。


「ゲイリー様」

「……なんだ」

「以前、申し上げましたわね。罪を償われれば、きっと表示も消えますわ、と」

「言ってたな。何回も言うが、俺は何もしてねえ」

「悪い方は、皆様そうおっしゃいますわ」

「それも聞いた!」


 ゲイリー様の大きな声に、炭がぱちりと爆ぜた。

 鈴村さんが、串を返しながら、小さく笑った。


「ですから」


 わたくしは、湯呑を膝の上で両手に包んで、ゲイリー様の方へ向き直った。


「更生の、お手伝いをいたしますわ」


「……は?」


【コメント】更生のお手伝い

【コメント】何言い出した

【コメント】善意100%なのが一番こわい

【コメント】ゲイリー、口開いたまま止まってる


「衛兵の詰所まで、わたくしがお送りいたします。道中、悪い方々がゲイリー様の邪魔をなさるかもしれませんけれど、それはわたくしがお片付けいたしますわ。ゲイリー様は、ただ歩いていらっしゃればよろしいの」

「待て待て待て。自首しろってことか」

「更生ですわ」

「同じだろうが!」


 ゲイリー様は、長椅子から腰を浮かせかけて、また座り直した。

 膝の上で、布を巻いた両の拳を握りしめる。


「冗談じゃねえ。やってもいねえことで頭下げに行けるか。それに、自首したら牢屋だろ。賠償金だって取られる。灯台一本と、崖の下の洞窟ごとだぞ。いくらになるか、考えたくもねえ」

「お支払いになれませんの?」

「……知らねえよ。怖くて見てねえ」


【コメント】見てないのかよ

【コメント】所持金、見てないの!?

【コメント】プロゲーマーが所持金確認してないの草

【コメント】現実逃避してる

【コメント】気持ちは分かる


「――あ、やっぱりいた」


 坂の上から、足音がした。

 小夜さんだった。手に、空の竹籠をひとつ提げている。店を閉めたあと、夜食の串を買いに下りてきたのだろう。


「瑠璃華の声、坂の途中まで聞こえてたよ。……で、なに。更生?」

「ええ。ゲイリー様を、衛兵の詰所までお送りしようと思いまして」

「嫌だっつってんだろ」


 小夜さんは、鈴村さんに串を三本頼んでから、ゲイリー様の顔を覗き込んだ。

 しばらく、じっと見ていた。


「……ひどい顔。何日寝てないの」

「数えてねえ」

「牢屋ってさ」


 小夜さんは、竹籠を膝に載せて、ゲイリー様の反対隣に腰を下ろした。


「誰にも襲われないよね。鍵かかってるし、衛兵さんが見張ってるし。賞金稼ぎの人たちも、牢屋の中までは入ってこれないでしょ」

「……」

「ちゃんと横になって、朝まで眠れるんじゃない? 誰にも起こされずに」


 ゲイリー様の拳が、膝の上で、ゆっくりとほどけていった。


【コメント】小夜ちゃん!

【コメント】牢屋の利点を提示した

【コメント】そこか

【コメント】ゲイリーの顔が揺らいでる

【コメント】寝られる、は最強の説得材料

【コメント】小夜ちゃん、ゲイリーの扱い方完璧


 ゲイリー様は、屋台の暖簾の向こうの、暗い坂を見上げた。

 それから、炭の灯りを見下ろした。長いこと、そうしていた。


「……寝られんのか」

「たぶんね」

「本当に、朝までか」

「牢屋の人に聞いてみないと分かんないけど」


 ゲイリー様は、大きな手で、顔をごしごしとこすった。

 それから、ぼそりと言った。


「……言っとくが、自首じゃねえからな」

「更生ですわ」

「それも違う! 寝に行くだけだ!」


【コメント】寝に行くだけ

【コメント】ゲイリー、折れた

【コメント】理由がかわいすぎる

【コメント】寝るために牢屋に行く賞金首

【コメント】ゲイリーを救う会です 全面的に支持します


 鈴村さんが、焼き上がった串を三本、小夜さんの竹籠に入れてから、もう一本、ゲイリー様の前に置いた。


「道中のお供に。お代は結構です」

「……払う」

「では、お帰りの際に」


 鈴村さんは、穏やかに笑った。

 ゲイリー様は、何か言い返そうとして、結局何も言わずに、串を受け取った。


 わたくしは、湯呑を空にして、長椅子から立ち上がった。

 日傘を開く。


「では、参りましょうか。港の衛兵の詰所まで」

「今からかよ」

「善は急げと申しますもの」


 小夜さんが、竹籠を抱え直して、立ち上がった。


「わたしも行く。一人じゃ、あなたが途中で何を片付けるか分かんないから」

「……保護者付きかよ」


 ゲイリー様は、串をくわえたまま、もう一度だけ顔をこすった。

 それから、重たそうに腰を上げた。長椅子が、ほっとしたように軋んだ。


【コメント】護送開始

【コメント】護送(お嬢付き)

【コメント】坂から港まで、何が残るか賭けようぜ

【コメント】賭けにならない

【コメント】全部消える方に全財産

【コメント】小夜ちゃんが付いてるから、半分は残る


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