第51話閑話 一コマずつ、見返してみた
☆ 考察配信視点 ☆
「はい、どうも。港の目利き、クマです。今夜もやっていきます。同時視聴、……おお、八百。いつもの四倍」
「しじみです。みんな、お嬢の件目当てでしょ。分かってる分かってる」
薄暗い部屋に、机がひとつ。その上に、映像の窓が三つ浮かんでいる。
机の右側に座っているのが、くたびれた外套の中年男。左側で頬杖をついているのが、髪を短く刈った若い女。二人とも、顔の前に小さな板をぶら下げて、素顔は見せていない。板には、それぞれ熊と蜆の絵が、下手くそに描いてあった。
「今日は予告通り、港の両替所の立てこもり。お嬢様のアーカイブを、一コマずつ見返していきます。見返していくんだけど……先に言っとくぞ。俺が今日しゃべることは、全部、憶測だからな」
「クマさん、毎回それ言うよね」
「毎回、分からんからだよ」
【コメント】待ってた
【コメント】クマのおっさんの予防線好き
【コメント】銭の雨、まだ夢に出る
【コメント】銭の雨のとこ、何回見ても意味分からん
「まず、ここ。三十秒」
「……ほんとに数えてんだよね、これ」
「数えてる。一から三十まで、一定の間隔で。途中で犯人に何を数えてるって聞かれても、止まらない」
「で、衛兵の隊長さんが途中で察して、全員下がらせてる。この人、有能だよね」
「有能だな。お嬢の扱いに一番慣れてるのは、港の衛兵隊かもしれん」
女が、映像を一コマ進めた。
日傘の女が、二階の窓を見上げている。
「で、ここ。『お約束は、果たしましたわ』の直後。……爆発まで、一秒ない」
「狙いをつける動きが、何もないのよね。日傘も肩に乗せたまま。指も動いてない。口も、それっきり」
「詠唱なし、所作なし。前からずっとそうだ。だから、あれが何の術なのか、誰にも分からん」
【コメント】ここほんと謎
【コメント】爆発の規模に対して、動きがなさすぎる
【コメント】火魔法一発でああはならんよな
【コメント】おっさん、属性いくつだと思う?
「属性の話な。最低でも、二つは混ぜてる。これは間違いない。火だけじゃ、あんな壊れ方はせん」
「二つなら、火と風?」
「たぶんな。風で空気を寄せて、火で弾く。理屈は通る」
「じゃあ、三つとか」
「三つ以上は無理だ。二つでも、配分がちょっとずれたら手元で暴発する。三つ同時になんて、制御できたもんじゃない。そんな真似ができる奴がいたら、そいつはもう人間じゃない」
「でもさ。二つで、建物ひとつが中から膨らむみたいに壊れる?」
「……そこなんだよ」
男は、長く息を吐いた。
「二つじゃ、あの威力の仕組みが説明できん。かといって、三つ以上はありえん。だから、分からん。はい次」
男が、別の窓を指で引き寄せた。
建物が崩れたあとの、石の山。その真ん中に、白髪の老婦人がひとり、床板の上に座っている。
「俺が今日いちばん気になってるのは、こっち」
「ああ。おばあちゃん」
「爆発の中心は、どう見ても二階のこのあたりだ。婆さんが縛られてた、まさにその場所。なのに、真ん中の婆さんだけが、無傷で残ってる」
「前の倉庫の時も、似たような感じだったよね。番のおじいさん、椅子に座ったまま残ってた」
「屋敷の時は、鴉が一羽、石灯籠の台座に降りてきた」
「それ関係ある?」
「分からん。けど、毎回、真ん中にひとつだけ何かが残る」
【コメント】言われてみれば
【コメント】広場の時も、なんか残ってなかったっけ
【コメント】目印を付けた相手を中心にして、その周りだけ吹き飛ばす術とか?
【コメント】呪いの類?
【コメント】それだ、目印説
【コメント】おっさん、目印説どう思う?
「目印説な。……ありえなくはない。先に誰かに印をつけて、その人を中心に爆ぜさせる。中心の人は、術の起点だから巻き込まれない。筋は通る」
「でも、印をつける動きも見えないよね」
「見えない。だから、これも憶測だ。当てずっぽう。信じるなよ」
【コメント】おっさん、いつも最後に信じるなって言う
【コメント】それが信用できるとこなんだよな
【コメント】目印説、推していく
「で、最後。今日のメイン」
女が、三つ目の窓を大きく広げた。
お嬢様の配信の映像ではなかった。粗くて、揺れていて、少し斜めに傾いた映像。見物の人垣の中から、誰かが撮っていたものらしい。
「これ、視聴者さんから送ってもらった、見物してたプレイヤーさんの録画。両替所を、通りの斜め向かいから撮ってる」
「で、ここ。この屋根」
男が、映像の右上の隅を、指でつまんで引き伸ばした。
両替所の向かいの、倉庫の屋根。瓦の上に、黒い影がひとつ、立っていた。
画質が悪くて、細かいところは分からない。
ただ、背の高い人影だということ。黒い外套を着ていること。顔のあたりだけが、妙に平らで、表情がないこと。
「……いた」
「お嬢が、衛兵の隊長さんに言ってたやつだよね。仮面の見物の方」
「録画の最初から、もうここにいる。三十秒の間も、ずっと動かない」
女が、映像を一コマずつ進めた。
お嬢が息をつく。何か言う。まだ、屋根の上に影がある。
次の一コマ。両替所の窓に、光が灯りはじめる。屋根の上には、もう誰もいなかった。
「……消えた。光る、一コマ前に」
「爆発の前に、下りたんだ。……まるで、いつ爆発するか分かってたみたいに」
【コメント】うわ
【コメント】ほんとにいる
【コメント】こわ
【コメント】爆発のタイミング知ってた?
【コメント】お嬢の仲間?
【コメント】いや、お嬢は「見物の方」って言ってたぞ
【コメント】強盗に搬入の時刻を教えたやつと同じだったりして
【コメント】それだ
「隊長さんが、焦げた紙切れ拾ってたよね。三つ目の鐘、上からの銭、金庫に入るって」
「手引きした奴がいる。それが、こいつかどうかは、分からん」
「分からん、ばっかりだね今日」
「分からんもんは、分からんとしか言えん」
男は、しばらく黙って、屋根の上の黒い影を見つめていた。
「……それとな。もうひとつ。これは本当に、ただの気のせいかもしれんが」
「なに」
「こないだの、乗り場の件。硝子の待合所が吹っ飛んだやつ。あっちの見物の録画にも、似たような影が、隅っこに映ってた気がするんだ。画質が悪すぎて、柱の影か人影かも分からんのだけどな」
「乗り場の日って、あの雑貨屋の子もいた日だよね。窓口に並んでたって」
「……いたな」
二人は、顔を見合わせた。
それから、男の方が、ゆっくりと首を振った。
「やめとこう。憶測に憶測を重ねると、ろくなことにならん」
「だね」
【コメント】乗り場にもいた?
【コメント】雑貨屋の子、また名前出た
【コメント】偶然だって
【コメント】偶然が多いんだよな
【コメント】小夜ちゃんは関係ないだろ、あの子お使いで動いてるだけ
【コメント】おっさんが「やめとこう」って言うの、逆にこわい
「というわけで、今日の結論」
男が、映像の窓をひとつずつ閉じていった。
最後に残った窓の、屋根の上の黒い影だけを、画面の真ん中に据える。
「分かったことは、何もない。分からんことが、ひとつ増えた」
「こいつ、誰だ」
「誰だろうな」
映像の中の黒い影は、表情のない仮面を、両替所の方へ向けたまま、動かなかった。




