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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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50/107

第50話判定上、問題はございません

 上層の連絡艇が、桟橋に降りてきたのは、日が少し傾いた頃だった。


 白く細長い艇の腹が開いて、中から、灰色の制服の方々が四人、降りてきた。

 先頭は、背の高い女の方だった。髪をきっちりとひとつにまとめ、手には、薄い硝子の板を一枚。歩きながら、その板の上を指先で撫でている。板の表面に、青い文字が流れては消えていった。


【コメント】上層の役人だ

【コメント】制服かっこいい

【コメント】手に持ってるの、端末?

【コメント】下町に完全に場違い

【コメント】SF側の人来た


 女の方は、崩れた両替所の前で足を止めた。

 硝子の板を、石の山に向けてかざす。板の上に、何かの線がいくつも浮かんで、また消えた。


「上層銀行、港出張所。建物全損。金庫全損。職員一名、利用客十二名、犯行者五名、消失」


 抑揚のない声だった。

 隊長さんが、兜を脱いで、女の方の前に進み出た。


「港の衛兵隊を預かっております。申し訳ありません、交渉の途中で――」

「経緯は、記録で確認します」


 女の方は、隊長さんの顔を見ずに、硝子の板を撫でた。


「建物と金庫は、明日のこの時刻までに元に戻ります。散逸した硬貨は、回収の対象外です。上層銀行として、損失は計上しません」

「……は」

「以上です」


【コメント】冷た

【コメント】明日には戻ります、で終わり

【コメント】散らばった銭は拾ったもん勝ちってこと?

【コメント】さっきの子ども、金貨持って走ってったぞ

【コメント】上層の人、人質のことは一言も言わなかったな

【コメント】NPCの人質は明日には戻ってくるけど、それでもさあ

【コメント】上から見たら、下町の人の命ってその程度なんだろ


 人垣の中から、旅装の若い男の方が、息を切らして駆け出してきた。

 拠点の寝台から、急いで駆け戻ってきたらしかった。


「あ、あの! さっき中で人質になってた者なんですけど! 両替前の銭、窓口に置いたままで――」

「散逸した硬貨は、回収の対象外です」

「えっ」

「以上です」


 若い男の方は、石畳に散らばった銭と、それを拾い集めている見物の人たちとを、交互に見た。

 それから、その場にしゃがみ込んで、両手で顔を覆った。


【コメント】さっきコメントしてた人質の人だ

【コメント】戻ってきちゃった

【コメント】対象外です(二回目)

【コメント】自分の銭が知らない人に拾われていくの見るの、地獄

【コメント】被害者の会、また一人


 女の方は、それから、ようやく顔を上げた。

 わたくしの方を、まっすぐに。


 硝子の板を、わたくしに向けてかざす。

 板の上に、また線が浮かんで、消えた。女の方は、ほんの一瞬だけ、眉を寄せた。


「九条院瑠璃華さん、ですね」

「ええ。ごきげんよう」

「本件について、あなたに対する処分はありません」

「まあ。処分されるようなことは、何もいたしておりませんもの」


 女の方は、硝子の板に目を落としたまま、決まり文句を読み上げるように言い足した。


「判定上、問題はございません」


 それだけ言って、硝子の板を下ろした。

 それから、もう一度だけ、わたくしの顔を見た。値札の数字が合わない品物を見るような目だった。


「……失礼します」


【コメント】判定上、問題はございません

【コメント】また仕様です案件

【コメント】上層の役人ですら「判定上」って言うしかないのか

【コメント】端末で何を見たんだ、あの人

【コメント】運営優遇説、まだ生きてる


 灰色の制服の方々が、石の山の周りに、細い光の糸を張り巡らせはじめた。

 隊長さんは、兜を抱えたまま、それを黙って眺めていた。


 部下の衛兵の方がひとり、瓦礫の端で何かを拾い上げ、隊長さんの方へ駆けてきた。


「隊長。強盗の懐から落ちたものらしいです。焼け残ってました」


 半分焦げた、小さな紙切れだった。

 隊長さんが、それを受け取って、読み上げた。


「……本日、三つ目の鐘。上からの銭、金庫に入る。見張り、二人」


 隊長さんの眉間に、深い皺が寄った。


「誰が、こんなものを」

「字に見覚えは?」

「ない。……だが、金庫の搬入の刻限なんぞ、銀行の中の人間しか知らんはずだ」


【コメント】手引きがいたのか

【コメント】搬入の時刻、誰かが漏らしてる

【コメント】内部犯?

【コメント】上層銀行の職員が噛んでる説

【コメント】職員も吹き飛んだけどな

【コメント】それ言うな


 わたくしは、日傘の陰から、向かいの倉庫の屋根を見上げた。


「そういえば、隊長さん。あちらの屋根に、見物の方がいらっしゃいましたわ」

「……見物?」

「黒い外套で、お顔に仮面をつけた、背の高い方。わたくしが片付ける少し前まで、あちらからご覧になっていましたの」


 隊長さんは、屋根を見上げた。

 瓦の上には、港の風が吹いているだけだった。


「……今は、いないな」

「お帰りになったのでしょう」


 隊長さんは、しばらく屋根を見つめていた。

 それから、焦げた紙切れを、そっと懐にしまった。


【コメント】仮面?

【コメント】今の話、初耳なんだけど

【コメント】配信に映ってた?

【コメント】お嬢の画角だと屋根まで入ってなかったと思う

【コメント】アーカイブ見返してくる

【コメント】お嬢、それもっと早く言え


   *


 配信を閉じて、坂を上った。


 角の屋台には、灯りが点いていた。炭の匂い。脂の落ちる音。いつもと変わらない、夕暮れの屋台だった。

 暖簾をくぐると、鈴村さんが、串を返しながら顔を上げた。


「おや、九条院様。おかえりなさいませ」

「ごきげんよう、鈴村さん」


 炭の上で、串が何本か、端の方だけ黒くなっていた。

 鈴村さんは、それを皿の脇へ除けながら、困ったように笑った。


「少し、焦がしてしまいまして。夕方の仕込みで、ばたばたしておりましたもので」

「まあ。鈴村さんでも、そういうことがございますのね」

「ええ、たまには」


 わたくしは、丸椅子に腰を下ろして、今日のことをお話しした。

 港の両替所。五人の悪い方々。スタロ様とのお約束の、三十秒。銭の雨。それから、向かいの屋根の、仮面の見物の方。


 鈴村さんは、新しい串を炭の上に並べながら、静かに聞いていた。


「スターライトロード様とのお約束を、きちんと守られたのですね」

「ええ。いらっしゃらなかったのは、残念でしたけれど」

「約束を守るというのは、大切なことです」


 鈴村さんは、穏やかに頷いて、また串を返しはじめた。


「仮面、ですか。物騒な方もいらっしゃるものですね」

「ええ。でも、見ていらしただけですわ」

「九条院様も、お気をつけて」


 鈴村さんは、焼き上がったつくねを一本、わたくしの皿に載せた。

 いつもの味だった。


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