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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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第46話次は、俺が見分ける

 白い影が、曲がった鉄の骨組みの上に、音もなく降り立った。


 白地の装甲に、蛍光の線。頭をすっぽり覆う兜の、目元の細い切れ込みだけが、青く光っている。短いマントが、潮風に一度だけはためいた。

 足もとで、光の足場が、ひとつ、ふっと消えた。


「スタロ様。ごきげんよう」


 返事はなかった。

 スタロ様は、骨組みの上から、待合所だった場所を、端から端まで見下ろしていた。硝子の雪。曲がった鉄骨。昇っていく、最後の光の粒。

 装甲の線が、一度だけ、ちかりと明滅した。


【コメント】スタロ!

【コメント】スタロ来た

【コメント】久しぶり

【コメント】今回は間に合わなかったか

【コメント】ライン点滅してる、怒ってる

【コメント】そりゃ怒る


 スタロ様は、骨組みから飛び降りた。

 わたくしの前ではなく、瓦礫の端に。硝子の欠片の下で、誰かが呻いている声がしていた。


 スタロ様は、両手で鉄骨を持ち上げた。その下から、旅装の若い方が這い出してくる。呻きながら、視界の端の何かを指で払うような仕草をした。プレイヤーの方だ。

 スタロ様は、その方の腕を肩に回して、瓦礫の外まで運んだ。それから、また戻ってきて、別の瓦礫を持ち上げた。


 三人、運び出した。

 四人目がいないのを確かめてから、スタロ様は、ようやく、わたくしの方へ歩いてきた。


「……見分けなかったのか」


 低い声だった。

 兜の奥の表情は、見えない。けれど、目元の青い光が、まっすぐにわたくしを見ていた。


「スリの方々がいらっしゃいましたの。人混みに紛れて、どなたがスリの方なのか、分かりませんでしたわ」

「だから、全員まとめてか」

「お一人ずつ伺っていたら、上層へ逃げられてしまいますもの。そうなれば、上でも、この先何十人もの方がお財布を失いますわ」

「……」

「それに、撃つ前に、ちゃんと一言申し上げましたわ。お約束通りに」

「なんて言ったんだ」

「お財布をお確かめくださいまし、と」


 スタロ様の装甲の線が、二度、続けて明滅した。


「それは一言じゃない! いや一言だけど! そういう意味の一言じゃない!」


【コメント】www

【コメント】スタロ、完全に正しい

【コメント】そういう意味の一言じゃない(魂の叫び)

【コメント】お財布をお確かめくださいまし(爆破)

【コメント】スタロのツッコミ、小夜ちゃん並みになってきた

【コメント】被害者が増えるたびにツッコミが鍛えられていく


「逃げろ、だろ。普通は」

「お嬢様が、人前で『逃げろ』などと叫ぶのは、はしたないですわ」

「はしたなさの基準がおかしいんだよ!」


 スタロ様は、兜の上から額を押さえるような仕草をした。

 それから、深く、長く、息を吐いた。


 小夜さんが、荷を抱えたまま、わたくしとスタロ様を交互に見ていた。

 口を挟もうとして、やめて、また口を開きかけていた。


「……いいか」


 スタロ様は、瓦礫の山を指さした。


「あそこに、何人いたと思う。スリが何人いたか知らないが、残りの何十人は、財布を抜かれる側だったんだぞ。お前は、財布を守るために、財布の持ち主ごと吹き飛ばしたんだ」

「明日の財布は、守られましたわ」

「今日の持ち主はどうなる!」


 声が、硝子の欠片に跳ね返って、響いた。


 わたくしは、首を傾げた。

 スタロ様は、ときどき、難しいことをおっしゃる。


 スタロ様は、しばらく黙って、わたくしの顔を見ていた。

 それから、首を振った。諦めたのではなく、何かを決めたような振り方だった。


「……次は、俺が見分ける」

「まあ」

「お前が撃つ前に、俺が悪い奴を見つけて、指をさす。そいつだけを撃て。それまで、待ってろ」

「どれくらい、お待ちすればよろしいのかしら」


 スタロ様は、少しだけ言葉に詰まった。


「……三十秒」

「前回と同じですわね」

「うるさい」


【コメント】新しい約束

【コメント】三十秒(二回目)

【コメント】スタロ、お嬢の扱い方を学習してる

【コメント】止められないなら、ルールを足していく方針

【コメント】前回の三十秒は、船が沈んだけどな

【コメント】それは言うな


「約束ですわね。スタロ様が見分けてくださるなら、わたくし、三十秒お待ちいたしますわ」

「絶対だぞ」

「善処いたしますわ」

「その返事やめろ!」


 スタロ様は、踵を返して、瓦礫の方へ戻っていった。

 曲がった鉄骨をどかし、硝子の雪を払い、その下から、何かを拾い上げる。


 財布だった。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。四つ、五つ、六つ。

 革のもの、布のもの、刺繍の入ったもの。瓦礫の同じあたりから、まとまって出てきた。


「……スリが、溜め込んでたやつだな」


 スタロ様は、六つの財布を両腕に抱えて、小夜さんの前まで歩いてきた。


「あんたのは、どれだ」


 小夜さんは、目を丸くして、それから、そのうちのひとつ、小さな藍染めの財布を指さした。

 スタロ様は、それを小夜さんの手に載せた。


「中身、確かめてくれ」


 小夜さんは、財布の口を開けて、中の銭を数えた。

 ひとつも、欠けていなかった。


「……ある。全部、ある。鈴村さんのお金」

「そうか。よかった」


 スタロ様の声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。


「残りは、衛兵の詰所に届けとく。持ち主が名乗り出るかもしれない」

「あ、あの。ありがとう、ございます」

「礼はいい。……あんたも、大変だな。こいつの隣にいると」


 小夜さんは、スタロ様の顔を見上げて、それから、わたくしの顔を見て、深く、深く頷いた。


【コメント】小夜ちゃん、深く頷いた

【コメント】スタロと小夜ちゃん、苦労人同盟

【コメント】財布、六つ出てきた

【コメント】スリ、ほんとにいたんだな

【コメント】だからって全員吹き飛ばしていい理由にはならない


 わたくしは、日傘を傾けて、六つの財布を眺めた。

 やはり、スリの方は、いらしたのだ。


 スタロ様は、財布を腰の袋に収めると、また瓦礫の山へ戻っていった。

 曲がった鉄骨を持ち上げる。硝子の欠片を、一枚ずつ、足で脇へ寄せる。明日になれば、どうせ元に戻るものを。


 その背中は、日が暮れても、そこから動かなかった。


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