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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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第41話お庭は、少々風通しがよくなりましたわね

 灰色の上着の男たちは、二十人ほどいた。


 飛び石を踏み越え、玉砂利を蹴散らし、苔むした石灯籠の脇をすり抜けて、座敷の方へ押し寄せてくる。手には、鉤。棍棒。抜き身の刃物を持っている方も、何人か。口を布で縛った壺を提げている方もいた。

 門の方から、門番の若い方々が追いすがってくるのが見えた。二人とも、腕や肩を押さえている。


【コメント】カルティエの人足!?

【コメント】屋敷に殴り込み!?

【コメント】昼間だぞ

【コメント】組長の屋敷に正面から

【コメント】お嬢がいるの知らないのか?

【コメント】知ってて来てたら、もっとこわい

【コメント】組の人たち、どこ

【コメント】港の見張りに出払ってるんだろ


 先頭の男が、縁側の手前で足を止めて、怒鳴った。


「日傘の女もいるぞ!」

「やっぱり黒鴉組に寝返ってやがった!」

「倉庫の仕返しだ、まとめてやれ!」


 寝返った。

 わたくしは、首を傾げた。わたくしは、どなたの側にも立った覚えがない。お招きいただいて、お茶をいただいただけなのに。


【コメント】寝返ったって何

【コメント】誰がそんなこと吹き込んだんだ

【コメント】倉庫の件、カルティエ側でもそういう話になってんのか

【コメント】お嬢、どっちからも「向こうの側」扱いされてる

【コメント】誰の側でもないってこういうことか


 尾崎様が、刀の柄に手をかけて、縁側へ踏み出そうとした。


「連」


 鴉山様の声が、それを止めた。

 静かな声だった。尾崎様の足が、畳の縁で止まる。


「お前は、けじめの最中だ。刀を抜くな」

「親父、でも」

「座ってろ」


 鴉山様は、座ったまま、わたくしの方へ目を向けた。

 何も言わなかった。頼むとも、やめろとも。ただ、見ていた。


 鈴村さんも、隅で正座したまま、わたくしを見ていた。

 いつもと同じ、穏やかな目で。


 わたくしは、脇に置いた日傘を、手に取った。

 座布団から、膝を上げる。


「鴉山様。お申し出の件、ひとまず、お預かりいたしますわね」


 お招きいただいた先に、悪い方々が踏み込んでいらした。

 お茶の席を荒らされて、黙っているお嬢様など、どこにもいない。


 門番の若い方々が、肩を押さえたまま男たちの前へ回り込み、二人並んで、縁側の手前で両腕を広げた。


「親父の座敷だ! 一歩も上げねえぞ!」


 灰色の上着の男たちが、その二人を取り囲んだ。


 庭の上を、鴉が一羽、旋回していた。

 門から舞い上がった三羽のうちの一羽だった。黒い翼を広げて、座敷の屋根の上を、ゆっくりと。


 ――呼吸をひとつ。


 ――高い視界。玉砂利の白。飛び石の上に群がる、灰色の背中。二十。池の水面に、黒い翼の影。


 放った。


 白。


 庭が、一度に跳ね上がった。

 縁側の障子が、残らず内側へ吹き込んでくる。座敷の中を、紙と木の骨が雪のように舞った。遅れて、屋敷じゅうの柱が軋む音。瓦が、雨のように落ちてくる音。


 音が止むと、座敷の外には、何もなかった。


 飛び石も、池も。玉砂利を敷き詰めた庭も、その向こうの塀も、門も。

 縁側の先に、堀割の向こうの町並みが、そのまま見えていた。

 光の粒が、昼の空に、いくつも昇っていく。灰色の上着の数よりも、少しだけ多く。


 縁側の端に、石灯籠の台座だけが残っていた。

 その上に、鴉が一羽、音もなく舞い降りて、羽を畳んだ。


【コメント】……

【コメント】庭

【コメント】庭がない

【コメント】塀もない

【コメント】門もない

【コメント】ヤクザの屋敷の庭、全部消えた

【コメント】組長の目の前で組長の庭を消した

【コメント】鯉……

【コメント】門番の人たちも巻き込まれてない?

【コメント】明日には全部戻るから……(震え声)


 座敷の中は、紙と木屑と瓦の欠片にまみれていた。

 けれど、座敷そのものは、残っていた。床の間も、風炉も、釜も。釜の湯は、まだしゅんしゅんと鳴っていた。


 尾崎様が、口を開けたまま、何もなくなった庭の跡を見つめていた。

 鈴村さんは、膝の上に落ちてきた障子の骨を、そっと脇へ除けていた。


 鴉山様は、座ったまま、茶碗の縁についた木屑を、指で払った。


「……庭が、なくなったな」

「悪い方々が、いらしたものですから」


 わたくしは、日傘を開いて、縁側の先を眺めた。


 お庭は、なくなってしまった。

 けれど、お茶の席に刃物を持って踏み込んできた方々は、ひとり残らずいなくなった。この座敷にいらっしゃる方は、どなたも、かすり傷ひとつ負っていない。

 お屋敷に火を放たれていたかもしれないことを思えば、お庭ひとつで済んだのは、むしろ上出来だろう。


「お庭は、少々風通しがよくなりましたわね」


【コメント】少々

【コメント】少々???

【コメント】堀割の向こうまで見えてるが

【コメント】お庭ひとつで済んだ理論


 尾崎様が、ようやく声を絞り出した。


「……門番の二人も、あそこにいたんだぞ」

「ええ。存じておりますわ」


 わたくしは、縁側の先の、さっきまで門番の方々が両腕を広げていたあたりへ目を向けた。


「あの方々は、悪い方々を身ひとつで食い止めようと、最後まで立っていらっしゃいました。立派なお働きでしたわ。鴉山様は、よいお身内をお持ちですのね」


 尾崎様は何か言おうとして、口を開けて、閉じた。

 それから、もう一度開けかけたところで、鴉山様が「連、座れ」とだけ言った。尾崎様は、崩れるように座布団の上に座り込んだ。


【コメント】褒めた

【コメント】悪気ゼロで言ってるのが一番こわい

【コメント】若頭の顔

【コメント】若頭、今日一日で十年分老けそう


 鴉山様は、長いこと黙っていた。

 それから、茶碗を膝の前に置いて、ひとつ、深い息をついた。


「……手を引いてくれ、と頼んだばかりなんだがな」

「お預かりしている間に、悪い方々がいらしてしまいましたの」

「そうか」


 鴉山様は、それ以上何も言わなかった。

 ただ、柄杓を取って、釜から湯を汲み、もう一服、茶を点てはじめた。


 しゃかしゃかと、茶筅の音がした。

 庭のない座敷に、その音だけが、妙によく響いていた。


【コメント】もう一服点ててる

【コメント】組長、動じなさすぎ

【コメント】いや、たぶん動じすぎて一周回ってる

【コメント】お茶点てないとやってられないんだと思う

【コメント】分かる


 差し出された二服目の茶碗を受け取ろうとして、わたくしは手を止めた。


 庭の跡の向こう。門のあった場所の、さらに先。

 堀割に架かった小さな橋を、灰色の外套の方が、ひとりで渡ってくるところだった。


 白い手袋が、昼の光を跳ね返していた。


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