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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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29/120

第29話悪い方は、皆様そうおっしゃいますわ

「俺の目に、何しやがった」


 ゲイリー様の声は、低かった。

 怒鳴ってはいない。けれど、丸椅子の上の大きな体が、いつ弾けてもおかしくないほど張り詰めているのが分かった。


 わたくしは、日傘をようやく閉じた。

 扉の脇に立てかけて、帳場の方へ一歩だけ近づく。


「殿方の目に何かをするほど、わたくし、はしたなくはございませんわ」

「とぼけんな。お前に殴りかかった瞬間、目がチカッとしたんだ。で、気づいたら後ろが吹っ飛んでた」

「ええ。吹き飛ばしたのは、わたくしですわ」


 ゲイリー様の口が、半開きのまま止まった。


「……認めんのかよ」

「隠す理由がございませんもの。密輸屋の方々のアジトを、片付けて差し上げましたの。ゲイリー様がせっかく一芝居打ってくださったのですから、それに乗らない手はございませんでしょう?」

「芝居なんざ打ってねえ!」


【コメント】認めた

【コメント】あっさり認めた

【コメント】じゃあなんでゲイリーが賞金首なんだよ

【コメント】それな

【コメント】爆破した本人が無罪で、殴りかかった方が有罪

【コメント】この世界の法どうなってんの


「じゃあ聞くがなぁ」


 ゲイリー様は、帳場に拳をついて身を乗り出した。

 湯呑が、小さく跳ねた。


「吹っ飛ばしたのがお前なら、なんで俺が賞金首になってんだ」

「それは」


 わたくしは、首を傾げた。

 考えるまでもないことだった。


「ゲイリー様が、悪いことをなさっていたからでしょう?」

「してねえよ!」

「悪い方は、皆様そうおっしゃいますわ」


 ゲイリー様の額に、太い筋が浮いた。

 帳場についた拳が、ぎりぎりと音を立てた。


【コメント】wwww

【コメント】話が通じない

【コメント】ゲイリーの血管が

【コメント】お嬢の中で完全に確定してる

【コメント】「悪い方は皆そう言う」は無敵の論法

【コメント】ゲイリーがかわいそうになってきた

【コメント】三階です 分かります、その気持ち


「ちょっと、二人とも」


 小夜さんが、わたくしとゲイリー様のあいだに、お盆をすっと差し入れた。


「ここ、うちの店なんだけど。喧嘩するなら外でやって」

「嬢ちゃん、こいつは――」

「分かってる。この子の言うこと、まともに聞いたら駄目だよ。話が通じないから」


 小夜さんは、ゲイリー様にだけ聞こえるような声で、けれどわたくしにもはっきり聞こえる声で言った。


「こっちが何言っても、全部自分の理屈で片付けちゃうの。悪気はないんだけど。……ないのが、一番たちが悪いんだけど」

「……もう、分かってる」


 ゲイリー様は、深い溜め息をついて、丸椅子に腰を落とした。

 椅子が、悲鳴のように軋んだ。


「まあ、小夜さん。ひどいことをおっしゃいますのね」

「ひどいのはどっちよ」


【コメント】小夜ちゃんが一番強い

【コメント】悪気がないのが一番たちが悪い、名言

【コメント】ゲイリーと小夜ちゃんが意気投合してる

【コメント】被害者の会の会長、小夜ちゃんでいいのでは


 小夜さんは、空になった湯呑にお茶を注ぎ足して、ゲイリー様の前に置いた。

 それから、わたくしの前にも、新しい湯呑をひとつ。


「で?」


 小夜さんは、帳場の内側に腰を下ろして、ゲイリー様の顔を覗き込んだ。


「あなた、この子を呼び出して、どうしたかったの。仕返し?」

「……最初は、そのつもりだった」


 ゲイリー様は、湯呑を両手で包んで、しばらく黙っていた。

 大きな手の中で、湯呑がやけに小さく見えた。


「賞金首になってから、拠点に戻れねえんだ。戻った瞬間に、待ち伏せしてた連中に囲まれる。街ん中歩いてりゃ、一刻ごとに誰かが襲ってくる。返り討ちにはしてるがよ、睡眠モードに入る暇もねえ」

 わたくしは、思わず口を挟んでいた。


「定時のお休みは、どうなさっていますの」

「一瞬だけ抜けて、すぐ戻ってる。体を抜け殻のまま置いとくんだ、長くは空けられねえ」

「いっそ一度倒れて、やり直されては?」

「賞金首が死んだら、持ち物も金も、その場に全部ばら撒かれる。……俺はこれで食ってんだ。向こうの、本当の飯をな。全部ばら撒いたら、来月の家賃が払えねえ」

「……」

「俺はな、賞金首を狩って、それで飯を食ってきたんだ。悪い奴を捕まえて、懸賞金を貰って。それが、俺のヒーローとしてのやり方だった。それが、いきなり狩られる側だ。わけも分からずによ」


 ゲイリー様は、湯呑のお茶をじっと見下ろしていた。


「だから、せめて、何があったのかだけでも知りたかったんだ。お前が何をしたのか。俺の目に、何が起きたのか」


 わたくしは、ゲイリー様の横顔を見つめた。


 髭に覆われた頬が、少しこけていた。毛皮の胴着の肩口に、乾いた泥がこびりついている。布を巻いた拳の、布の端がほつれていた。

 こちらの三日、まともに睡眠モードにも入れていないのだろう。


 お気の毒だった。

 悪いことをなさった方でも、眠れないのは、つらいことだ。


「ゲイリー様」

「……なんだ」

「罪を償われれば、きっと表示も消えますわ。衛兵の詰所へ行かれて、これまでのことを、正直にお話しになれば」

「だから、何もしてねえって言ってんだろうがよ……!」


【コメント】ゲイリー……

【コメント】正論で殴ってくるの一番つらい

【コメント】お嬢、善意100%なのがつらい

【コメント】これは泣ける

【コメント】泣くな

【コメント】小夜ちゃん、ゲイリーの肩ぽんぽんしてあげて


 小夜さんが、黙ってゲイリー様の湯呑にお茶を注ぎ足した。


 そのときだった。


 扉の外で、砂利を踏む音がした。

 ひとつではない。十、いや、それ以上。坂の上からも、下からも。店を取り囲むように、足音が広がっていく。


【コメント】あ

【コメント】足音

【コメント】囲まれてない?

【コメント】待って、ゲイリーがお嬢の配信で「雑貨屋で待ってる」って書いたよな

【コメント】それ、賞金稼ぎも見てたんじゃ

【コメント】居場所、配信で晒してるじゃん

【コメント】ゲイリー、自分で自分の居場所を宣伝してた


 ゲイリー様の顔から、さっと血の気が引いた。

 湯呑を置く。丸椅子が、がたりと鳴った。


 扉の硝子の向こうに、いくつもの影が立っていた。


「――ゲイリー! そこにいるのは分かってんだ!」


 外から、若い男の声が響いた。

 続いて、別の声。さらに別の声。


「配信で見たぞ、雑貨屋で待ってるってなぁ!」

「賞金は山分けだ、囲め囲め!」

「逃げ道塞げ! 裏口もだ!」


 小夜さんが、帳場の内側で立ち上がった。

 顔が、青ざめていた。


「……ちょっと。うちの店、囲まれてるんだけど」


 ゲイリー様が、ゆっくりと立ち上がった。

 丸椅子を脇へ押しやり、布を巻いた両の拳を、胸の前で握りしめる。


「……悪ぃ、嬢ちゃん。俺のせいだ」


 扉の鈴が、外から叩き落とされるように、けたたましく鳴った。


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