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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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24/88

第24話今のわたくしでは、あのくらいが精一杯ですわ

 術式を、組む。


 いつもより、少しだけ丁寧に。重ね終えたものを、放たずに手の内に留める。

 今日は、ここからが長い。


【コメント】ほんとにやる気だ

【コメント】あそこまで何キロあると思ってんの

【コメント】届くわけない

【コメント】魔法の射程って十メートルくらいだろ普通

【コメント】見えてても届かないんだよ、魔法は

【コメント】じゃあ何でお嬢はあんな遠く見てんの


 そのとおりだ。

 わたくしの術式が届くのは、目の置き場所から、ほんのひと跳びぶんほど。どれだけ遠くが見えていても、目の置き場所が遠くになければ、何も届かない。

 だから、目を運ぶ。


 呼吸をひとつ。


 丘の崖の縁を、一羽のカモメが滑っていた。

 借りる。


 ――海。眼下いっぱいの、光る海。沖に、小さな漁船。


 漁船の上の、網を手繰る男。

 借りる。


 ――揺れる甲板。濡れた網。見上げた空に、白いカモメの群れ。


 群れの中の、ひときわ高く舞う一羽。

 借りる。


 ――青。雲の底。上へ、上へ。浮島の影が、ぐんと近づく。


【コメント】?

【コメント】何してんの

【コメント】固まってる

【コメント】寝た?


 島と島のあいだを、空の帆船が渡っていた。

 甲板に、人影が二つ。


 ひとつ目に手を伸ばして、指先が、固いものに当たった。硝子を撫でたような手応え。借りられないことはない。けれど、重い。

 もうひとつは、柔らかかった。

 そちらを借りる。


 ――帆綱を握る手。風を読む目。船首の向こうに、浮島の連なりの、いちばん端。


 ここまで、四秒。


 小島が、近い。けれど、まだ遠い。

 あとひと跳び。


 小島の木々のあいだから、一羽の鳥が飛び立った。

 借りる。


 ――白い東屋。手入れの行き届いた芝。石畳の小径。噴水。誰もいない。


 ひと跳びの内側に、すべてが収まっていた。


 放った。


 白。


 借りた目が焼き切れて、わたくしの目が、灯台の丘に戻ってきた。

 足の裏に、芝生の感触。潮風。膝の横で、茶杯の湯気がまだ細く立ちのぼっている。


 遠く、海の上の空で、光が弾けていた。


 浮島の連なりのいちばん端。小さな島の上半分が、白い光の中に呑まれて見えなくなっている。音は、まだ来ない。

 わたくしは、ひとつ、ふたつ、と数えた。


 六つ目で、来た。

 腹の底を低く押し上げるような、遠い轟き。灯台の窓硝子が、かたかたと鳴った。


 音は、一秒でおよそ三百四十メートル進む。六つ数えたから、二キロと少し。

 思っていたより、近かった。


【コメント】は

【コメント】は?????

【コメント】浮島が

【コメント】浮島光った

【コメント】嘘だろ

【コメント】今の音、爆発の音だよな

【コメント】音が遅れて来た

【コメント】ってことは本当にあそこで爆発したのか

【コメント】何キロ離れてると思ってんだよ


 光が引いていく。

 小島の姿が、ふたたび見えてきた。


 上半分が、なかった。

 白い東屋も、手入れの行き届いた木々も、どこにもない。削り取られたような断面から、細かな土くれと岩の欠片が、ぱらぱらと海の方へこぼれ落ちている。残った下半分の岩塊は、しばらく空に留まっていたけれど、やがてゆっくりと傾いで、そのまま海の方へ沈むように落ちていった。

 ずっと遅れて、海の上に、白い水柱が立った。


【コメント】落ちた

【コメント】島が落ちた

【コメント】海でよかった

【コメント】よくないけどよかった

【コメント】あの小島、上層の貴族様の庭園だぞ

【コメント】上の連中、ブチ切れるぞこれ

【コメント】浮島の衛兵が出てくる

【コメント】古着屋の二階です 今、自分が浮島にいないことを確認しました

【コメント】三階です 同じく


 わたくしは、茶杯を手に取った。

 少しだけ、冷めていた。


「今のわたくしでは、あのくらいが精一杯ですわね」


【コメント】精一杯(島)

【コメント】謙遜の方向がおかしい

【コメント】「あのくらい」の規模感

【コメント】届くの?って聞いたら島が消えた

【コメント】質問したやつ出てこい

【コメント】どうやったんだよ

【コメント】魔法の射程どうなってんの

【コメント】転移系?

【コメント】遠隔設置型の罠を仕込んでた説

【コメント】いつ仕込んだんだよ、あんな所に


 流れていく文字の中で、誰もが同じことを尋ねていた。

 どうやって、と。


 わたくしは、茶杯をそっと唇に運んだ。

 手品の種は、明かさないものだ。


「さて、次のご質問は、どなたかしら」


【コメント】続けるの!?

【コメント】この流れで次の質問!?

【コメント】もう何も聞けねえよ

【コメント】質問するのが怖い

【コメント】賞金首表示は?

【コメント】出てない

【コメント】島ひとつ落としても出ないのかよ

【コメント】もう運営が何かしてるとしか思えない


 視界の端の数字が、跳ね上がっていた。

 同時視聴、三千九百。


 文字の流れは、しばらく止まらなかった。

 その中に、少しだけ毛色の違う書き込みが、ひとつ混じった。


【コメント】ゲイリーが配信見てるって。賞金稼ぎの。今、灯台の丘に向かってるらしい


【コメント】ゲイリー?

【コメント】あの山賊みたいな見た目の?

【コメント】賞金首しか狙わないヒーローだろ

【コメント】お嬢、賞金首じゃないぞ

【コメント】あの人、そういうの確認しないで突っ込んでくるタイプ

【コメント】来るぞ


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