第23話本日は、ご質問にお答えいたしますわ
その日は、何も起きなかった。
市場通りを歩いた。港の倉庫街を覗いた。歓楽街の入口で、しばらく人の流れを眺めた。どこも、ひどく穏やかだった。スリの気配もなければ、怒鳴り声もしない。二日前に広場ひとつが消えたばかりの歓楽街では、なぜか誰もがわたくしと目を合わせないように、足早に通り過ぎていった。
悪い方々は、しばらくお休みらしい。
【コメント】平和だ
【コメント】お嬢が歩くと犯罪が止まる説
【コメント】抑止力として優秀すぎる
【コメント】ヒーローとしては理想形では
【コメント】悪党もお嬢の配信見てるんだろ
平和なのは、よいことだ。
けれど、配信を見に来てくださった方々に、ただ歩いている背中ばかりをお見せするのは心苦しかった。同時視聴は、千三百を超えている。
わたくしは、港を見下ろす丘の上へ向かった。
灯台の丘、と呼ばれている場所だ。坂の上の拠点から、さらに北へ石段を上った先にある。古い灯台の足もとに芝生の広場があって、石の長椅子がいくつか、海の方を向いて並んでいる。
晴れた日には、ここから浮島が見える。
今日は、よく晴れていた。
海の上の高いところに、島々が連なって浮かんでいた。尖塔の白が陽を弾き、島の縁から垂れる滝が、途中で霧になってほどけている。港から見上げたときよりも、ずっと近く感じた。
わたくしは長椅子に腰を下ろし、膝の上に日傘を横たえた。
持ってきた茶杯に、水筒の湯を注ぐ。
小夜さんの店の茶葉を、ひとつまみ。
「皆様。本日は、事件がございませんでしたの」
カメラに向かって、わたくしは言った。
「ですので、趣向を変えまして。皆様からのご質問に、お答えしようかと存じますわ」
【コメント】!?
【コメント】質問コーナー!?
【コメント】お嬢がコメント読むの初めてじゃね
【コメント】いつも歩きながら独り言言わない主義じゃなかった?
【コメント】座ってるからセーフなんだろ
【コメント】何でも聞いていいの?
「なんなりと」
視界の端を、文字が滝のように流れはじめた。
わたくしは茶杯を両手で包んで、ひとつずつ拾っていった。
【コメント】その髪、毎回何分かけてるんですか
「四巻きずつ、左右で四十分ほどですわ。ログインのたびに整えますの」
【コメント】四十分
【コメント】毎回!?
【コメント】戦闘より時間かかってて草
【コメント】好きな食べ物は?
「鈴村さんの屋台の串ですわ。鶏の腿の、たれのもの」
【コメント】串屋のおっちゃん聞いてたら泣くぞ
【コメント】あの屋台の宣伝効果すごそう
【コメント】客、お嬢が来るの怖くて減らない?
【コメント】小夜ちゃんとはどういう関係?
「お友達ですわ」
少しだけ考えて、言い直した。
「……大切な、お友達ですわ」
【コメント】言い直した
【コメント】尊い
【コメント】小夜ちゃんに見せたい
【コメント】小夜ちゃんは配信見てるのかな
【コメント】なんで賞金首にならないんですか
「悪いことを、しておりませんもの」
【コメント】言い切った
【コメント】広場
【コメント】船
【コメント】問屋さん
【コメント】ビル
【コメント】角
【コメント】列挙すな
【コメント】あの爆発ってどういう魔法なんですか?
「企業秘密ですわ」
【コメント】ですよね
【コメント】火魔法単体じゃあの威力は出ないって検証勢が言ってた
【コメント】二属性くらい混ぜてるんじゃね? 火と風とか
【コメント】二属性でもあの精度は無理だろ
【コメント】じゃあどうやってんだよ
【コメント】分からんから企業秘密なんだろ
【コメント】お嬢様になろうと思ったきっかけは?
「尊敬するお方がいらっしゃいますの。わたくしの言葉も、振る舞いも、すべてそのお方の教えですわ」
【コメント】師匠がいるのか
【コメント】このお嬢を生み出した元凶がいる
【コメント】師匠の方はまともな人であってくれ
【コメント】古着屋の二階です 被害者の会の会費、いくらにすればいいと思いますか
「お茶の葉を、ひとつまみずつ持ち寄られてはいかがかしら」
【コメント】お茶会にするな
【コメント】古着屋の二階です 採用します
【コメント】採用すんな
【コメント】リアルでは何してる人ですか
「お嬢様に、そのようなご質問は野暮というものですわ」
【コメント】かわされた
【コメント】そこはさすがにガード固い
【コメント】正しい
【コメント】スタロのことどう思ってる?
茶杯を持つ手が、少しだけ止まった。
「……素敵な方ですわ。わたくしとは、正反対の」
【コメント】ほう
【コメント】ほうほう
【コメント】正反対って言いながら褒めてる
【コメント】スタロ本人見てたら照れて足場踏み外しそう
海の方から、風が吹き上げてきた。
浮島の滝の霧が、陽を受けて、かすかに虹を作っている。
流れていく文字の中に、ひとつ、目に留まったものがあった。
【コメント】スタロに「ここから届ける」って言ってたけど、お嬢ってどこまで遠くを攻撃できるの?
【コメント】あ
【コメント】それは聞いちゃダメなやつ
【コメント】来てはならない質問が来た
【コメント】誰だ今の
【コメント】消せ消せ
【コメント】お嬢、答えなくていいからな!?
【コメント】古着屋の二階です 今、自分が屋根の上にいないことを確認しました
どこまで。
わたくしは、茶杯を長椅子の上に置いた。
考えたことがなかった。いつも、見える範囲に悪い方がいて、そこへ届けていただけだ。一番遠くで、どこまで届くのか。確かめたことは、一度もなかった。
視線を上げる。
海の向こう。空の、ずっと高いところ。浮島の連なりの、いちばん端。ほかの島から少しだけ離れて、小さな島がひとつ、ぽつんと浮かんでいた。白い東屋のようなものが建っていて、その周りを、手入れの行き届いた木々が囲んでいる。
人の気配は、なさそうだった。
「そうですわね」
わたくしは、日傘を手に取って、ゆっくりと立ち上がった。
「口でご説明するより、お見せした方が早いかしら」
【コメント】ダメだって
【コメント】見せなくていい
【コメント】どこ見てんの
【コメント】浮島の方見てない?
【コメント】嘘だろ
【コメント】あそこ金持ちの区画だぞ!?
【コメント】同接跳ねた




