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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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19/98

第19話星明かりの道、ですって?

 夜の港は、霧の匂いがした。


 倉庫街の石畳は、昼間の荷の出入りでわだちがいくつも刻まれていて、そこに溜まった海水が、ガス灯の光を鈍く跳ね返している。見上げると、荷揚げ用の鉄の起重機が何本も、首の長い鳥のように霧の中へ伸びていた。

 遠くで、船の汽笛が低く鳴った。


 悪党出没マップの印は、ここに三つ。

 置き引き、倉庫破り、それから、正体の分からない夜間の荷の横流し。


「ごきげんよう、皆様。九条院瑠璃華ですわ。今宵は、港の見回りに参りましたの」


 同時視聴、八百十二。

 配信を始めた瞬間から、この数字だった。


【コメント】来た

【コメント】今日は招待状なし?

【コメント】港か

【コメント】倉庫街って夜は本当に人いないぞ

【コメント】昨日の最後のアイツ見た?

【コメント】見た。スターライトロードだろ

【コメント】あの光る足場で空飛んでたやつ


 スターライトロード。

 視界の端に流れてきたその名前に、わたくしは足を止めた。


【コメント】プレイヤーのヒーロー勢で最近伸びてる人

【コメント】事件あったら秒で飛んでくる

【コメント】顔出してないよな。ずっとあの白いメット

【コメント】蛍光色の線がとにかく派手

【コメント】昨日の広場、あのあとずっと瓦礫どけてたらしいぞ

【コメント】朝まで?

【コメント】朝まで。露台に取り残された人も全員下ろしたって

【コメント】お嬢の後始末係じゃん


 星明かりの道。


「……素敵なお名前ですこと」


 思わず、口に出していた。


【コメント】お嬢が反応した

【コメント】気になってる?

【コメント】会いたいの?

【コメント】お嬢、昨日のラストで振り返らなかったよな


 昨日の夜、背中越しに聞いた、あの澄んだ足音。

 硝子を弾くような音が、屋根の上から一定の間隔で近づいてきて、広場の真ん中で止まった。

 現実に戻ってから、何度も動画を見返した。空中に光の足場を作っては踏み、また作っては踏み、屋根から屋根へと跳んでいく白い人影。


「お会いしたくないと申せば、嘘になりますわね」


【コメント】素直

【コメント】乙女か

【コメント】じゃあ探しに行こうぜ

【コメント】ヒーローの溜まり場とか調べれば会えるんじゃね


「探しには参りませんわ」


 わたくしは、日傘の柄を握り直した。


「お嬢様は、殿方を追いかけたりはいたしませんもの」


【コメント】出た

【コメント】初回から一貫してる

【コメント】じゃあどうすんの


「それに、探す必要もございませんの」


 わたくしは、霧の奥の埠頭の方へ目をやった。


「あの方は、事件のあるところへ、どこへでも駆けつけていらっしゃる方なのでしょう? でしたら、わたくしは事件のあるところにいればよろしいのですわ。そうすれば、あちらからいらしてくださいますもの」


【コメント】理屈は通ってる

【コメント】通ってるけど嫌な予感しかしない

【コメント】事件のあるところにいる(事件を起こす)

【コメント】罠じゃん

【コメント】ヒーローホイホイ


 倉庫と倉庫のあいだの細い路地を抜けて、埠頭へ出る。

 霧が、少しだけ薄くなった。


 大きな貨物船が一隻、岸壁に横付けされていた。

 船腹の塗装が剥げかけた、古い船だ。船首に「潮風丸」と白い字が見える。甲板の上では、灯りの下で、乗組員らしき男たちが夜通しの荷下ろしをしていた。木箱を担いで渡し板を往復する者。起重機の鎖を操る者。甲板の端で、帳面に何かを書きつけている年配の男。

 どこにでもある、港の夜の光景だった。


 わたくしは、少し離れた係船柱の陰に立って、その様子を眺めた。

 悪党出没マップの三つ目の印。夜間の荷の横流し。


 ほどなくして、音がした。

 かいが水をかく音。それも、一隻や二隻ではない。


 霧の向こうから、小舟が何隻も、滑るように近づいてきた。

 潮風丸の、岸壁とは反対の船腹へ。灯りを消した舟の上に、黒っぽい服の男たちがひしめいている。手に手に、鉤縄を持っていた。


 鉤縄が、一斉に宙を舞った。


 金属が船べりに食い込む音。縄を伝って、男たちが次々と甲板へ這い上がっていく。荷下ろしをしていた乗組員たちが気づいたときには、もう甲板の半分が黒い服で埋まっていた。

 怒号。悲鳴。何かが倒れる音。


【コメント】うわ

【コメント】海賊?

【コメント】船ごと乗っ取る気だ

【コメント】乗組員が

【コメント】船倉に押し込まれてる


 乗組員たちが、次々と船首寄りの昇降口へ追い立てられていく。

 抵抗した若い船員がひとり、棍棒で殴られて膝をついた。帳面を持っていた年配の男が、その腕を引いて、一緒に昇降口の下へ消える。最後のひとりが押し込まれると、黒服の男たちが、昇降口の重い蓋を上から閉じた。かんぬきが、がちゃりと掛けられる。


 甲板の上に残ったのは、黒服の男たちだけになった。

 二十人と少し。木箱を開け、中身を確かめ、自分たちの小舟へと次々に下ろしていく。手際がいい。慣れているのだろう。


【コメント】乗組員全員、船倉に閉じ込められた

【コメント】これ船ごと吹っ飛ばしたらアウトだよな

【コメント】お嬢、船倉に人いるからな!?

【コメント】分かってるよな!?

【コメント】古着屋の二階です 祈ってます


 わたくしは、潮風丸の甲板を見上げた。


 悪い方々は、みな甲板の上にいる。

 船倉には、乗組員の方々。


 甲板と船倉のあいだには、厚い板が一枚あるだけだ。

 甲板の悪い方々だけを、きれいに片付けるには。


 術式を、組みはじめた。


 ひとつ、ふたつ。甲板の上に散らばった黒い服の数を、借りた目で確かめてから放つつもりだった。船首で見張りをしている男がひとり、ちょうど甲板全体を見渡せる位置にいる。

 あの方の目なら――


 そのときだった。


 たん。


 硝子を指で弾いたような、澄んだ高い音。

 霧の上から、聞こえた。


 たん、たん、たん。


 音が、近づいてくる。

 倉庫街の屋根の方から、起重機の先端を越えて、埠頭の上空へ。霧の中に、ひとつ、またひとつと、小さな光の足場が灯っては消えていく。


 わたくしは、術式を組む手を止めた。


 白い人影が、霧を裂いて降ってきた。


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