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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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18/92

第18話またのお越しを、お待ちしておりますわ

 茶杯の底に残った最後のひと口を飲み干して、わたくしは立ち上がった。


 卓と椅子は、無事だった。

 借りたものは、返さなくてはならない。女将は返さなくていいと言ってくださったけれど、それに甘えるのはお嬢様の振る舞いではない。わたくしは卓の脚に手をかけて、広場の角の茶屋の方を見た。


 茶屋は、なかった。

 一階の間口がそっくり吹き抜けて、奥の厨房の竈までが通りから丸見えになっている。暖簾は、どこかへ飛んでいったらしい。二階の露台が斜めに傾いで、その縁から、湯呑がひとつ、ころころと転がり落ちてきた。


【コメント】茶屋が

【コメント】返す先が消えてる

【コメント】三階です 知ってます。中にいたので

【コメント】三階の人、もう実況担当になってない?


 わたくしは、少し考えてから、卓と椅子を茶屋の跡の前まで運んでいった。

 竈の前に、そっと据える。茶杯だけは、小夜さんの店の品なので、持ち帰らせていただくことにした。


「お借りしたものは、こちらに置いておきますわね」


 竈の陰から、誰かがこちらを覗いている気配がした。

 女将だろうか。返事はなかった。


 広場を振り返る。

 溢れ出した噴水の水が、瓦礫のあいだを縫って、石畳の穴へ細く流れ込んでいた。傾いだ露台では、住人の方々が互いに手を貸し合って、一人ずつ下の階へ降りようとしている。広場の縁に残った見物の方々は、わたくしが視線を向けると、揃って一歩ずつ下がった。


 招待状には、悪党の皆様へ、と書いた。

 それでも、足を運んでくださった方々がいた。見物の方々も、露台の方々も、ご自分の意思で、今夜ここにいらしたのだ。

 せっかくのお茶会に巻き込まれてしまったのは、お気の毒なことだった。けれど、悪党の方々は、ひとり残らずお帰りになった。この歓楽街は、明日から少しだけ静かになる。


 上出来だった。


 視界の隅の数字を確かめる。

 同時視聴、二千三百四十一。


 一回目は、三人だった。


【コメント】二千超えは普通にすごい

【コメント】初見です

【コメント】初見です、切り抜きから来ました、何が起きたんですか

【コメント】見れば分かる

【コメント】見ても分からない

【コメント】古着屋の二階です 被害者の会、本日付で会員を募集します

【コメント】どこで活動してんの

【コメント】港の外れの酒場です。今夜巻き込まれた方、どなたでも

【コメント】三階です お茶のご用意はございません

【コメント】そこはあってもいいだろ


 わたくしは、日傘を開いた。

 カメラに向き直り、ドレスの裾をつまんで、ゆっくりと一礼する。


「皆様、今宵はわたくしのお茶会にお越しいただき、誠にありがとうございました。とても素敵な夜になりましたわ」


 顔を上げる。

 傾いだ露台の向こうに、星が出ていた。


「またのお越しを、お待ちしておりますわ」


【コメント】お茶会(物理)

【コメント】二度と行かねえよ

【コメント】また行きます

【コメント】行くんかい

【コメント】次の招待状いつ出ますか

【コメント】待って、後ろ

【コメント】後ろ!

【コメント】屋根の上になんかいる


 わたくしは、首を傾げた。

 後ろ。

 文字の流れが、急に慌ただしくなっていた。


【コメント】光ってる

【コメント】屋根の上走ってる奴いる

【コメント】いや走ってるっていうか、空中踏んでない?

【コメント】足元が光ってる

【コメント】速っ

【コメント】こっち来てる


 振り向こうとして、やめた。

 終わりのご挨拶をしたばかりなのに、ここで振り返っては締まりがない。幕が下りたあとに舞台の上をうろうろする役者ほど、見苦しいものはないのだから。


 背後で、何かが鳴った。

 硝子を指で弾いたような、澄んだ高い音。それが一定の間隔で、屋根の方からこちらへ、みるみる近づいてくる。たん、たん、たん、と。足音のように。


 わたくしは、歩き出した。

 一歩ずつ。いつもの歩き方で。広場の南の出口へ。


【コメント】お嬢気づいてない

【コメント】いや気づいてるけど無視してる

【コメント】どっちでも怖い

【コメント】降りてきた

【コメント】広場の真ん中に着地した

【コメント】誰あれ

【コメント】ヒーローっぽい格好してる


 たん、と。

 最後の澄んだ音が、広場の真ん中あたりで止まった。


 しばらく、何も聞こえなかった。

 噴水の残りの水が流れる音と、露台の方々の声と、わたくし自身の足音だけ。


 それから、背後で、誰かが息を呑む気配がした。

 ずいぶん遠くから、急いで駆けつけてきたらしい。荒い呼吸が、少しずつ落ち着いていく。広場の惨状を、ひとつひとつ見回しているのだろう。瓦礫を踏む足音が、あちこちへ動いていた。


 わたくしは、南の出口をくぐった。

 歓楽街の提灯の灯りが、また両側に連なりはじめる。


 きっと、お茶会の噂を聞いて、遅れていらした方なのだろう。

 あいにく、もうお開きだ。


 次の招待状は、もう少し早めに出して差し上げよう。わたくしは日傘の柄を握り直して、そう心に決めた。


   *


 ヘッドギアを外すと、部屋の中はすっかり暗くなっていた。


 昼に書き上げた原稿の控えが、机の上で白く浮かんで見える。私はしばらく天井を見上げて、それから、枕元のタブレットに手を伸ばした。

 配信の終わりの方が、少しだけ気になっていた。


 配信サイトを開くと、おすすめ欄の一番上に、見覚えのある背景の切り抜きが並んでいた。

 私の配信の切り抜きだった。それも、一本や二本ではない。


 ――【悪辣非道】お嬢様、歓楽街で茶会を開いた結果

 ――広場ひとつ消した後の第一声が「ぬるい」

 ――被害者の会、ついに会員募集を開始


 タイトルの頭に、あの四文字がついているものが多かった。

 コメント欄と同じだ。みんな、悪党の人たちのことを、そう呼んでいるらしい。私は少し笑って、一番上の切り抜きの再生数を見た。桁を二回数え直した。


 その少し下に、私のではない動画が一本、混じっていた。


 ――【速報】謎のヒーロー、爆心地に一番乗り


 誰かが、広場の外から撮っていた映像らしい。

 暗い屋根の連なりの上を、光る足跡を残しながら、ひとつの人影が駆けていく。いや、駆けているというより、空中に次々と足場を作って、それを踏み台に跳んでいる。屋根から屋根へ。屋根の切れ目では、何もないはずの宙を。

 私が振り返らなかった、あの澄んだ音の正体だった。


 人影は、崩れた広場の真ん中に着地して、しばらく動かなかった。

 顔までは分からなかった。頭をすっぽりと覆う白い兜の、目のあたりだけが細く光っている。白地のスーツには蛍光色の線が何本も走っていて、暗い広場の真ん中で、そこだけが看板のように派手に浮かび上がっていた。肩から垂れた短いマントの裾が、夜風に揺れていた。


 映像は、そこで終わっていた。


 私は、もう一度再生した。

 空中を踏んで跳ぶ人影。光る足跡。着地。動かない背中。


 ヒーローだ、と思った。

 衣装とか、見た目とか、そういうことではなくて。あの人は、何かが起きた場所へ、一番に駆けつけようとしていた。


 私とは、反対のやり方だ。

 私は追いかけない。あの人は、どこへでも駆けつける。


 タブレットを胸の上に伏せて、目を閉じる。

 なぜだろう。会ってみたい、と思った。


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