↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/92

第17話少し、ぬるくなってしまいましたわね

 三つ。


 鐘の音を押しのけるように、怒号が四方から押し寄せてきた。

 南の大男の手下たちが、得物を振りかざして駆けてくる。東の赤帯が、それより早く噴水の縁を回り込もうとする。西の用心棒たちは、互いの肩を突き飛ばしながら一番乗りを争っていた。


 わたくしは、椅子に腰を下ろした。

 立ち上がって迎えるのは、お招きした側の務めだった。けれど、お客様の方から卓へ駆け寄ってくださるのなら、座ってお待ちするのが礼儀というものだ。


【コメント】座った!?

【コメント】この状況で座るのか

【コメント】茶杯持ってるし

【コメント】もう何が起きても驚かない


 四つ。


 大男が、卓の向こうで拳を振り上げたまま、わたくしを睨んでいる。

 わたくしの位置からでは、目の前の大男と、その肩越しに迫ってくる十数人しか見えない。噴水の裏へ回り込んだ赤帯の方々も、西の方々も、北の方々も、水の幕と石の生き物たちに遮られていた。

 お客様全員のお顔を、拝見したい。


 広場を見回す。

 わたくしの背後。噴水の二段目の水盤の縁に、赤帯の若い男がひとり、よじ登っていた。仲間に向かって何か叫びながら、片手で石の生き物の首に掴まり、広場じゅうを見下ろしている。

 高いところから、全体を見渡す方。


 ちょうどいい。


 術式を、組む。

 数えようとして、やめた。南に十一。東に二十と少し。西と北を合わせて、たぶん同じくらい。もう、いちいち数える意味はなかった。お一人に、ひとつずつ。お招きしたお客様を、ひとまとめにお迎えするのは、あまりに無作法だ。


 呼吸をひとつ。

 世界が、赤帯の若者の目になった。


 広場が、一枚の絵のように見えた。


 噴水を中心に、四方から寄せる人の波。揃いの赤帯。振りかざされた棍棒の群れ。水盤の縁を蹴って跳ぶ影。卓の前に座る、黒と赤のドレスの小さな背中。広場の縁には見物のプレイヤーたちが並び、露台という露台に、住人たちの顔。

 悪い方々が、どこに誰がいるのか。一秒あれば、十分だった。


 放った。


 白。


 借りた目が焼き切れて、わたくしの目に戻った。

 それと同時に、卓の向こうの大男の姿が、光の中に消えた。


 音は、ひとつではなかった。

 数え切れない爆音が、ほとんど同じ一瞬に、広場のあらゆる場所で重なり合った。石畳が波打つように持ち上がり、噴水の三段目の水盤が、根元から空へ跳ね上がった。水が、光を浴びて一瞬だけ虹色に砕けた。

 周囲の建物の一階が、次々に内側へ吹き込まれていく。色硝子の窓が一斉に割れ、光の雨になって降り注ぐ。鉄の欄干がねじれ、露台がひとつ、またひとつと、下の階へ沈むように傾いでいった。


 わたくしは、茶杯を両手で包み、湯気が逃げないようにそっと胸元へ寄せた。

 爆風は、卓のところで二つに割れて、左右へ抜けていった。いつものように、わたくしの周りにだけは、何も飛ばさないようにしてある。卓も、椅子も、茶杯も。わたくしの座っているところから半歩の円だけが、嵐の目のように静かだった。


 轟音が、ようやく止んだ。

 細かな石の欠片が、ぱらぱらと降っている。その合間を縫うように、光の粒が、広場じゅうから夜空へ昇っていった。数えられないほどの数だった。


【コメント】

【コメント】あ

【コメント】広場が

【コメント】噴水どこいった

【コメント】露台が……住人の人たちが……

【コメント】お嬢の周りだけ無傷なの本当に怖い

【コメント】台風の目

【コメント】三階です 茶屋ごとやられました。今拠点です

【コメント】三階の人……

【コメント】古着屋の二階です

【コメント】古着屋の二階です 生きてます

【コメント】古着屋の二階です 屋根の上、無事です!!! 初めて生き残りました!!!

【コメント】おめでとう

【コメント】おめでとうでいいのかこれ

【コメント】二千超えた


 北側の屋根の上で、小さな人影がひとつ、両手を振り回していた。

 わたくしは、茶杯を持ち上げて、もう一度会釈を返した。


 広場は、もう広場の形をしていなかった。

 石畳は捲れ上がり、あちこちに穴が空いて、噴水は一段目の水盤だけが残っている。そこから、行き場を失った水が溢れ出して、瓦礫のあいだを細い川になって流れていた。

 周りの建物の一階は、どれも奥まで吹き抜けになっていた。傾いだ露台の縁に、住人たちがしがみついている。誰かが泣いていた。誰かが、名前を呼んでいた。さっきまで露台で三味線を抱えていた芸妓は、傾いだ手すりにしがみついたまま、弦の切れた三味線を胸に抱いて、じっと広場を見下ろしていた。

 噴水の上にいた赤帯の若者の姿も、どこにもなかった。


 広場の縁に並んでいた見物の方々は、半分ほどに減っていた。

 残った方々は、誰ひとり声を上げずに、わたくしの方を見ていた。


【コメント】見物勢も半分持っていかれてる

【コメント】招待状に「悪党の皆様へ」って書いてあったのに

【コメント】来たら全員悪党扱い

【コメント】いや、狙ったのは悪党だけっぽい。巻き込まれただけ

【コメント】「だけ」の規模じゃないんよ


 わたくしは、茶杯を唇に運んだ。


 ひと口。

 香りは、まだ残っていた。けれど、湯気はもう、ほとんど立っていなかった。


「……少し、ぬるくなってしまいましたわね」


【コメント】感想それ!?

【コメント】第一声がお茶の温度

【コメント】広場ひとつ消して、お茶の温度を気にしてる

【コメント】これが悪辣非道か……

【コメント】悪辣非道お嬢様

【コメント】悪辣非道て

【コメント】いや的確すぎる


 視界の端を流れていく文字の中に、見慣れない四文字が、何度も繰り返し現れていた。

 悪辣非道。


 わたくしは、その文字をしばらく眺めていた。

 悪辣非道。この上なく悪く、人の道に外れていること。

 確かに、今夜お招きした方々は、そう呼ばれても仕方のない方ばかりだった。人から奪い、脅し、取り立てる方々。それが、ひとり残らずいなくなったのだ。皆様がこぞってその言葉を書き込むのも、無理はない。

 悪辣非道な方々を、よくぞまとめて片付けた。きっと、そうおっしゃりたいのだろう。


 茶杯を卓に置いて、わたくしは広場を見渡した。

 お招きした方々は、ひとり残らずお帰りになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。