第170話お相撲さんで、いらっしゃいますの?
大きな方が、半身だけ引いた。サイコロの布の方は、その隙間から、塔の奥へ転がり込んでいった。
大きな方が、体を戻した。それだけで、戸口には、人ひとり分の隙間も残らなかった。
ゲイリー様は、追わなかった。追えなかった、の方が正しい。
【コメント】でか
【コメント】力士だ
【コメント】ちょんまげ……大銀杏ってやつか
【コメント】札の桁、見たか
【コメント】ゲイリーが追ってたのの百倍
【コメント】用心棒って言ってたな
わたくしは、日傘を傾けかけた。
「手ぇ出すな」
ゲイリー様が、振り返らずに言った。
「札がついてる。俺の客だ」
「まあ。ゲイリー様のお客様でしたら、わたくし、お邪魔はいたしませんわ」
わたくしは、日傘を、まっすぐに戻した。荷車の列の脇に積まれた木箱に、腰を下ろす。
【コメント】観戦モード
【コメント】お嬢が数えないの珍しい
【コメント】ゲイリーの客だからな
【コメント】仁義がある
【コメント】で、相撲取り対熊
大きな方は、ゲイリー様に向かって、すっと腰を落とした。
両の拳を、白い石畳に、軽くついた。
「――発気揚々」
低い声だった。けれど、港じゅうに通る声だった。
大きな方の肌の色が、変わった。日に焼けた色の上に、鈍い鉄の色が、じわりと滲んでいく。肩から、腕へ。胸から、太い脚へ。
石畳についた拳の下で、白い石が、細かくひび割れた。
【コメント】技名叫んだ
【コメント】発気揚々って、相撲の掛け声の
【コメント】色が変わった
【コメント】硬くなってる?
【コメント】必殺技か、これ
ゲイリー様が、先に動いた。
毛皮の体が、低く滑り込む。太い拳が、大きな方の脇腹に、まっすぐ沈んだ。
鈍い音がした。
沈まなかった。
拳が、跳ね返された。ゲイリー様が、一歩、後ろへ下がって、痺れた拳を振った。
「……硬え」
「そうじゃろう」
大きな方は、にこにこ笑ったまま、立ち上がった。
「のこった!」
巨体が、まっすぐに突っ込んできた。
速かった。あの大きさからは考えられない速さで、白い石畳を三歩で詰めた。ゲイリー様が、両腕を交差させて受ける。受けた腕ごと、毛皮の体が、荷車の列の方まで押し飛ばされた。積んであった硝子の板が、いっせいに割れた。家財の列に並んでいたおかみさん方が、悲鳴を上げて、塔の壁際へ逃げた。
【コメント】速っ
【コメント】ゲイリーが押し負けた
【コメント】あの巨体で、あの速さ
【コメント】板、また割れた
【コメント】窓の板の受難
ゲイリー様は、割れた板の上から跳ね起きて、横へ回った。
大きな方の背中へ。
「グレート張り手!」
大きな方は、振り向きもせずに、平手を後ろへ突き出した。
掌の前の空気が、どん、と震えた。ゲイリー様の体が、見えない壁にぶつかったように、宙で止まった。
その胴へ、大きな腕が回った。
「撞木反り!」
ゲイリー様の体が、大きな方の両肩の上に、横に担ぎ上げられた。大きな方は、そのまま、真後ろへ反り返った。
毛皮の背中が、白い石畳に、叩きつけられた。
【コメント】は
【コメント】何て?
【コメント】しゅもくぞり
【コメント】決まり手の名前だ、たぶん
【コメント】知らん技を叫ぶな
【コメント】珍しい決まり手狙ってる?
大きな方は、一歩下がって、腕を組んで待っていた。
ゲイリー様は、それでも、起き上がった。
口の端を拭って、もう一度、腰を落とした。大きな方は、うれしそうに笑った。
「ええのう、兄さん。倒れても、まだ来る」
それから、片脚を、高く上げた。
「トルネード四股!」
踏み下ろした脚が、石畳にめり込んだ。脚のまわりの空気が、渦を巻いていた。
足もとの白い石が、輪のかたちに、波打った。ゲイリー様の踏ん張っていた足が、波にさらわれたように、すくわれた。
「――のこった!」
前のめりに崩れたゲイリー様の体に、鉄の色の巨体が、真正面からぶつかった。
毛皮が、荷揚げ場の縁を越えて、海の上へ飛んでいった。
水しぶきが上がる前に、光の粒になった。
【コメント】ゲイリー!
【コメント】負けた
【コメント】海まで飛んだ
【コメント】拠点です
【コメント】ゲイリーが真正面から負けるの、初めて見た
【コメント】強すぎるだろ、この力士
大きな方の肌から、鉄の色が、すうっと引いていった。
大きな方は、肩で息をしながら、腰の布の内側から、青い小瓶を一本取り出した。栓を歯で抜いて、ひと息に飲み干す。空き瓶を、ぽいと荷車の上に放った。
【コメント】ポーション
【コメント】一気飲み
【コメント】あれMPのやつだろ
【コメント】ポーション一本いくらだよ
【コメント】串が百本買える
【コメント】戦うたびに串百本
*
大きな方は、口元を手の甲で拭った。
それから、木箱に腰かけたわたくしの方を見て、目を細めた。
「お嬢さんじゃな」
「ごきげんよう。……お相撲さんで、いらっしゃいますの?」
「おう。……ということは、今の取組は、お嬢さんの配信に映っとったな?」
「ええ。皆様、ご覧になっていましたわ」
「そりゃよかった」
大きな方は、深々と頭を下げた。それから、わたくしの日傘の少し横、何もない宙に向かって、声を張った。どうやら、配信をご覧の皆様に向けて、おっしゃっているらしかった。
「わしは、Yokozuna。見てのとおり、相撲取りじゃ。……悪いことは言わん。相撲を見てくれ。ぶつかって、押して、投げる。こんなに分かりやすくて、こんなに美しいもんは、ほかにない」
【コメント】自己紹介始まった
【コメント】宙に向かって喋ってる
【コメント】カメラの位置、分かってないな
【コメント】でも言ってることは真っ当
【コメント】ヴィランの台詞じゃない
「世の中、細っこい兄ちゃんばかりが持て囃されとる。わしは、それが惜しい。腹が出て、尻が張って、肩が丸い。これが、いちばん強くて、いちばん美しい体なんじゃ。……それを、皆に知ってもらいたい」
「まあ。それで、こちらの用心棒を?」
「配信しとらんヴィランの前に立っても、誰も見とらん。ヒーローの前に立てば、ヒーローの配信に映る。映れば、相撲を見てもらえる。……ここにおれば、ヒーローが来るからのう」
【コメント】は?
【コメント】ヒーローの配信に映るためにヴィランやってる
【コメント】宣伝目的のヴィラン
【コメント】発想が斜め上
【コメント】でも筋は通ってる
【コメント】ダブクロの用心棒なのは?
【コメント】ヒーローが一番来るとこだから、だろ
Yokozuna様は、もう一度、わたくしに向き直った。
「お嬢さん。明日の昼の鐘に、ここで、一番取ってくれんか。……今日は、もう、ポーション代がのう」
わたくしは、木箱から立ち上がった。
ドレスの裾を整えて、軽く膝を折る。
「お招きでしたら、喜んで伺いますわ。お招きをいただいた方を、その場でお撃ちするのは、不作法ですもの」
【コメント】受けた
【コメント】明日、昼の鐘
【コメント】決闘の予約
【コメント】お嬢、お招きに弱すぎる
【コメント】ゲイリー、拠点から戻ってくる途中で泣いてそう




