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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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170/172

第170話お相撲さんで、いらっしゃいますの?

 大きな方が、半身だけ引いた。サイコロの布の方は、その隙間から、塔の奥へ転がり込んでいった。

 大きな方が、体を戻した。それだけで、戸口には、人ひとり分の隙間も残らなかった。


 ゲイリー様は、追わなかった。追えなかった、の方が正しい。


【コメント】でか

【コメント】力士だ

【コメント】ちょんまげ……大銀杏ってやつか

【コメント】札の桁、見たか

【コメント】ゲイリーが追ってたのの百倍

【コメント】用心棒って言ってたな


 わたくしは、日傘を傾けかけた。


「手ぇ出すな」


 ゲイリー様が、振り返らずに言った。


「札がついてる。俺の客だ」

「まあ。ゲイリー様のお客様でしたら、わたくし、お邪魔はいたしませんわ」


 わたくしは、日傘を、まっすぐに戻した。荷車の列の脇に積まれた木箱に、腰を下ろす。


【コメント】観戦モード

【コメント】お嬢が数えないの珍しい

【コメント】ゲイリーの客だからな

【コメント】仁義がある

【コメント】で、相撲取り対熊


 大きな方は、ゲイリー様に向かって、すっと腰を落とした。

 両の拳を、白い石畳に、軽くついた。


「――発気揚々(はっきよい)」


 低い声だった。けれど、港じゅうに通る声だった。


 大きな方の肌の色が、変わった。日に焼けた色の上に、鈍い鉄の色が、じわりと滲んでいく。肩から、腕へ。胸から、太い脚へ。

 石畳についた拳の下で、白い石が、細かくひび割れた。


【コメント】技名叫んだ

【コメント】発気揚々って、相撲の掛け声の

【コメント】色が変わった

【コメント】硬くなってる?

【コメント】必殺技か、これ


 ゲイリー様が、先に動いた。


 毛皮の体が、低く滑り込む。太い拳が、大きな方の脇腹に、まっすぐ沈んだ。

 鈍い音がした。


 沈まなかった。


 拳が、跳ね返された。ゲイリー様が、一歩、後ろへ下がって、痺れた拳を振った。


「……硬え」

「そうじゃろう」


 大きな方は、にこにこ笑ったまま、立ち上がった。


「のこった!」


 巨体が、まっすぐに突っ込んできた。


 速かった。あの大きさからは考えられない速さで、白い石畳を三歩で詰めた。ゲイリー様が、両腕を交差させて受ける。受けた腕ごと、毛皮の体が、荷車の列の方まで押し飛ばされた。積んであった硝子の板が、いっせいに割れた。家財の列に並んでいたおかみさん方が、悲鳴を上げて、塔の壁際へ逃げた。


【コメント】速っ

【コメント】ゲイリーが押し負けた

【コメント】あの巨体で、あの速さ

【コメント】板、また割れた

【コメント】窓の板の受難


 ゲイリー様は、割れた板の上から跳ね起きて、横へ回った。

 大きな方の背中へ。


「グレート張り手!」


 大きな方は、振り向きもせずに、平手を後ろへ突き出した。

 掌の前の空気が、どん、と震えた。ゲイリー様の体が、見えない壁にぶつかったように、宙で止まった。


 その胴へ、大きな腕が回った。


「撞木反り!」


 ゲイリー様の体が、大きな方の両肩の上に、横に担ぎ上げられた。大きな方は、そのまま、真後ろへ反り返った。

 毛皮の背中が、白い石畳に、叩きつけられた。


【コメント】は

【コメント】何て?

【コメント】しゅもくぞり

【コメント】決まり手の名前だ、たぶん

【コメント】知らん技を叫ぶな

【コメント】珍しい決まり手狙ってる?


 大きな方は、一歩下がって、腕を組んで待っていた。

 ゲイリー様は、それでも、起き上がった。

 口の端を拭って、もう一度、腰を落とした。大きな方は、うれしそうに笑った。


「ええのう、兄さん。倒れても、まだ来る」


 それから、片脚を、高く上げた。


「トルネード四股!」


 踏み下ろした脚が、石畳にめり込んだ。脚のまわりの空気が、渦を巻いていた。

 足もとの白い石が、輪のかたちに、波打った。ゲイリー様の踏ん張っていた足が、波にさらわれたように、すくわれた。


「――のこった!」


 前のめりに崩れたゲイリー様の体に、鉄の色の巨体が、真正面からぶつかった。


 毛皮が、荷揚げ場の縁を越えて、海の上へ飛んでいった。

 水しぶきが上がる前に、光の粒になった。


【コメント】ゲイリー!

【コメント】負けた

【コメント】海まで飛んだ

【コメント】拠点です

【コメント】ゲイリーが真正面から負けるの、初めて見た

【コメント】強すぎるだろ、この力士


 大きな方の肌から、鉄の色が、すうっと引いていった。

 大きな方は、肩で息をしながら、腰の布の内側から、青い小瓶を一本取り出した。栓を歯で抜いて、ひと息に飲み干す。空き瓶を、ぽいと荷車の上に放った。


【コメント】ポーション

【コメント】一気飲み

【コメント】あれMPのやつだろ

【コメント】ポーション一本いくらだよ

【コメント】串が百本買える

【コメント】戦うたびに串百本


   *


 大きな方は、口元を手の甲で拭った。

 それから、木箱に腰かけたわたくしの方を見て、目を細めた。


「お嬢さんじゃな」

「ごきげんよう。……お相撲さんで、いらっしゃいますの?」

「おう。……ということは、今の取組は、お嬢さんの配信に映っとったな?」

「ええ。皆様、ご覧になっていましたわ」

「そりゃよかった」


 大きな方は、深々と頭を下げた。それから、わたくしの日傘の少し横、何もない宙に向かって、声を張った。どうやら、配信をご覧の皆様に向けて、おっしゃっているらしかった。


「わしは、Yokozuna。見てのとおり、相撲取りじゃ。……悪いことは言わん。相撲を見てくれ。ぶつかって、押して、投げる。こんなに分かりやすくて、こんなに美しいもんは、ほかにない」


【コメント】自己紹介始まった

【コメント】宙に向かって喋ってる

【コメント】カメラの位置、分かってないな

【コメント】でも言ってることは真っ当

【コメント】ヴィランの台詞じゃない


「世の中、細っこい兄ちゃんばかりが持て囃されとる。わしは、それが惜しい。腹が出て、尻が張って、肩が丸い。これが、いちばん強くて、いちばん美しい体なんじゃ。……それを、皆に知ってもらいたい」

「まあ。それで、こちらの用心棒を?」

「配信しとらんヴィランの前に立っても、誰も見とらん。ヒーローの前に立てば、ヒーローの配信に映る。映れば、相撲を見てもらえる。……ここにおれば、ヒーローが来るからのう」


【コメント】は?

【コメント】ヒーローの配信に映るためにヴィランやってる

【コメント】宣伝目的のヴィラン

【コメント】発想が斜め上

【コメント】でも筋は通ってる

【コメント】ダブクロの用心棒なのは?

【コメント】ヒーローが一番来るとこだから、だろ


 Yokozuna様は、もう一度、わたくしに向き直った。


「お嬢さん。明日の昼の鐘に、ここで、一番取ってくれんか。……今日は、もう、ポーション代がのう」


 わたくしは、木箱から立ち上がった。

 ドレスの裾を整えて、軽く膝を折る。


「お招きでしたら、喜んで伺いますわ。お招きをいただいた方を、その場でお撃ちするのは、不作法ですもの」


【コメント】受けた

【コメント】明日、昼の鐘

【コメント】決闘の予約

【コメント】お嬢、お招きに弱すぎる

【コメント】ゲイリー、拠点から戻ってくる途中で泣いてそう


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