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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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171/172

第171話介錯、承りましたわ

 買い取りの塔の前の広場は、昼の鐘より前から、人で埋まっていた。

 硝子の板を積んだ荷車が、昨日の倍は並んでいる。その後ろに、家財を背負った住人の方々が、昨日よりも長い列を作っていた。戸口の帳場には、サイコロの布を巻いた方が三人、算盤を弾いていた。荷車と荷車のあいだには、見物のプレイヤーの方々が、ぎっしりと詰めかけていた。


【コメント】こんにちは

【コメント】人多すぎ

【コメント】決闘の見物と、盗品売りと、ごちゃまぜ

【コメント】板の荷車、昨日より増えてる

【コメント】坂の下の窓、全部剝がされてないか

【コメント】簞笥の列も伸びてる


 広場の真ん中に、Yokozuna様が立っていた。

 黒い布を締め直して、腕を組んでいる。わたくしの姿を見つけると、にっこり笑って、組んでいた腕をほどいた。


「来てくれたか、お嬢さん」

「お招きでしたもの」


 わたくしは、広場の縁で、足を止めた。


 荷車の列。包みを背負った方々。帳場で算盤を弾く方々。一昨日、坂の上の辻でお見かけしたお顔ぶれも、ここに、まとめていらした。


「まあ。昨日より、お客様が増えておりますわね」


【コメント】あ

【コメント】今、広場全体を見た

【コメント】お客様、って言った

【コメント】逃げろ、荷車の人たち

【コメント】見物の人たちも逃げろ


 三歩後ろで、ゲイリー様が、低く言った。


「……今日は、俺は手ぇ出さねえ。あいつの札は、昨日、俺が取り損ねた」

「でしたら、どうして、こちらに」

「取り損ねた札がどうなるか、見届けに来た」


 港の鐘楼から、昼の鐘が渡ってきた。


 Yokozuna様が、広場の真ん中で、すっと腰を落とした。

 けれど、拳は、まだ石畳についていなかった。


「お嬢さんには、三十秒の制約があるんじゃったな。……わしは、それを待とう。数え終わったら、行くぞ」


【コメント】知ってる

【コメント】三十秒ルール、ヴィランにまで知れ渡ってる

【コメント】待ってくれるヴィラン

【コメント】礼儀正しい

【コメント】これ、三十秒で何か仕込む気か


「お心遣い、痛み入りますわ」


 わたくしは、日傘を傾けた。


「では、お言葉に甘えて。……三十、数えさせていただきますわ」


 十。


 広場の向こう、荷揚げ場の奥に、倉の白い塔がもうひとつ立っていた。その三階の窓から、荷運びのお爺さんが、身を乗り出していた。窓の板は、剝がされて、なかった。窓枠に両手をついて、広場を見下ろしていた。柔らかい目だった。


 広場の荷車が、一台、また一台と、向きを変えはじめた。見物の方々の何人かが、後ずさりを始めた。けれど、詰めかけた人の数が多すぎて、なかなか抜けられない。帳場の方々は、算盤を抱えて、塔の奥へ逃げ込んだ。

 家財を背負った方々の列だけは、ほとんど動かなかった。背負ったものが、重すぎた。


 二十。


【コメント】Yokozuna、まだ構えてないぞ

【コメント】数え終わってから、って言ってたからな

【コメント】簞笥の列、逃げられてない

【コメント】下ろせ、簞笥


 Yokozuna様が、目を閉じた。


 二十八。


 二十九。


 ――窓のない窓枠。広場を埋める荷車と、板と、人の頭。真ん中の、黒い布の大きな背中。広場の外れ、荷揚げ場へ上がる古い石段の上に、紺の上着がひとつ。その方だけが、こちらではなく、鳴り終えた鐘楼を見上げていた。その向こうの、買い取りの塔の、開け放たれた戸口。


 三十。


 両の拳が、石畳についた。


「発気揚々――のこったァ!」


 白。


【コメント】

【コメント】同時

【コメント】完全に同時に突っ込んだ

【コメント】広場ごと

【コメント】塔ごと

【コメント】荷車も、板も

【コメント】見物も

【コメント】簞笥の列も

【コメント】家財売りに来てただけだろ、あの人ら

【コメント】決闘の場に見に来る方が悪い

【コメント】見に来たんじゃねえよ、売りに来たんだよ


 光が引いたとき、広場は、なかった。


 荷車の列も、積まれた板も、見物の方々も、簞笥を背負った方々も。買い取りの塔は、一階の正面が、ごっそりとえぐれていた。白い石畳に、大きな、浅いすり鉢のような窪みができていた。

 光の粒が、数えきれないほど、昇っていった。

 すり鉢の縁の向こうで、荷揚げ場へ上がる石段だけが、古い石の色のまま、上へ続いていた。


 すり鉢の、真ん中に。


 鉄の色をした大きな体が、尻餅をついていた。


【コメント】は?

【コメント】生きてる

【コメント】無傷!?

【コメント】お嬢の直撃で!?

【コメント】尻餅ついてるだけ

【コメント】硬すぎるだろ

【コメント】あの爆発を正面から受けて、尻餅だけ


 わたくしは、すり鉢の縁で、日傘を傾け直した。


「まあ。頑丈ですこと」


 もう一度、三十秒を数えるつもりだった。


 Yokozuna様が、すり鉢の底で、腹を抱えて笑いだした。


「ガハハハハ! いや、まいった、まいった!」


 尻餅をついたまま、大きな手で、白い石畳をばんばん叩く。


「お嬢さん、相撲ではのう、足の裏以外が地面についたら、負けなんじゃ。……見てみい、この尻を。つまりは、わしの負けじゃ!」


【コメント】www

【コメント】負け宣言

【コメント】無傷なのに負け

【コメント】相撲のルールで負けた

【コメント】お嬢、勝ったのに顔が微妙

【コメント】勝たされた顔だ


 わたくしは、少し考えた。

 日傘の先が、ほんの少しだけ、下がった。


「……まあ。わたくし、勝たせていただきましたのね」

「おう。気持ちのいい負けじゃった」


 Yokozuna様は、尻餅をついたまま、両手を膝に置いて、背筋を伸ばした。鉄の色は、まだ、肌の上にあった。


「ひとつ、頼みがある。……今撃っても、無駄撃ちじゃ。わしの体が、まだ鉄のうちはのう。少し待ってくれ」


 それから、まっすぐに、わたくしを見上げた。


「切れたら、介錯を頼む」


【コメント】介錯

【コメント】負けたから、とどめを頼むのか

【コメント】潔すぎる

【コメント】賞金首だぞ、あいつ。死んだら全部ばら撒く

【コメント】分かってて言ってる

【コメント】横綱だ……


 わたくしは、日傘を、まっすぐに戻した。

 それから、軽く膝を折った。


「承りましたわ。……鉄のお色が引くまで、数えておりますわ」


 十。


 Yokozuna様は、目を閉じて、すり鉢の底に座っていた。


 二十。


 背中の後ろで、毛皮が、一度だけ動いて、止まった。


 肌の上の鉄の色が、肩から、少しずつ、引いていった。


 二十八。


 日に焼けた、ただの肌の色に、戻った。

 Yokozuna様は、目を開けて、にっと笑った。


「本望じゃ!」


 ――窓枠の向こう。すり鉢の底の、日に焼けた大きな背中。


 三十。


 白。


 すり鉢の底で、光の粒が、ひとつ、昇っていった。

 粒のあとに、いろいろなものが、ばらばらと散らばった。銭の袋。手ぬぐい。それから、小瓶が、何本も。石畳の窪みを、からからと転がっていく。


【コメント】ポーション、何本持ってたんだ

【コメント】全部ばら撒いた

【コメント】串、何百本分だ

【コメント】Yokozuna、かっこよかったな

【コメント】ヴィランなのに

【コメント】相撲、ちょっと見てみようかな

【コメント】まんまと宣伝された


 ゲイリー様が、すり鉢の縁にしゃがみ込んで、転がってきた小瓶を一本、拾い上げた。

 しばらく、それを眺めていた。


「……おい。それ、俺の客だったんだが」

「存じておりますわ」


 ゲイリー様は、小瓶を、すり鉢の底へ、そっと転がし戻した。


「……頼まれたのは、あんただ。拾わねえよ」


 わたくしは、空いた広場を、端から端まで見渡した。

 荷車も、帳場も、見物の方々も、もうなかった。白い石畳の上を、潮の匂いのする風が、まっすぐに通り抜けていった。


 すり鉢の縁に、帳面が一冊、開いたまま落ちていた。

 帳場にあったものらしい。頁が、風にめくれていた。


 ――簞笥一棹、銅貨三枚。

 ――鍋、釜、銅貨二枚。

 ――網一山、銅貨四枚。


 同じ字で、同じ値で、何頁も続いていた。表紙の裏に、判子がひとつ、押してあった。


【コメント】帳面

【コメント】買い取りの台帳か

【コメント】簞笥、銅貨三枚って書いてある

【コメント】その判子、見たことある

【コメント】交換所のだ。賭け札換金したときの受け取りに、同じの押してあった

【コメント】賭場とは関係ない、って建前の店な

【コメント】帳場で算盤弾いてたの、サイコロの布だったよな


 わたくしは、帳面を拾い上げて、砂を払った。


「お預かりいたしますわ。……どなたかが、取りにいらっしゃるまで」


 帳面を袖にしまってから、わたくしは、一度だけ、鐘楼の方を振り返った。

 鐘楼の屋根の上を、鳥が一羽、横切っていった。その下の古い石段には、もう、どなたもいらっしゃらなかった。


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