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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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166/172

第166話お留守番ですもの

 市の入口の貼り紙は、一日で、下町じゅうに増えていた。


 ――旅の方、お断り。


 干物屋の戸口に。湯屋の暖簾の横に。長屋の路地の入口に、縄を一本渡して、その真ん中に。

 どれも、同じ墨の色だった。どれの上にも、小さな日傘が揺れていた。


【コメント】こんにちは

【コメント】貼り紙、増えすぎ

【コメント】湯屋にも貼ってあった

【コメント】回復薬買えないんだが

【コメント】干物屋、俺が行ったら戸閉められた

【コメント】何もしてないのに

【コメント】何もしてないのは、工業区の職人も同じだったろ


 市の門の前で、プレイヤーの方々が、人垣を作っていた。

 門の内側には、前掛けの住人の方々が、腕を組んで並んでいた。


「金は払うって言ってんだろ!」

「あんたらが来ると、白くなるんだ」

「白くしてんのは、あのお嬢だけだろ!」


 何人かの目が、わたくしの日傘の方を向いた。

 門の内側の方々も、外側の方々も、同じ顔をしていた。


【コメント】全員こっち見た

【コメント】内も外も、お嬢を見てる

【コメント】両方に嫌われてる

【コメント】そりゃそう


 人垣のあいだに、紺の上着が割って入った。


「皆さん、どうか、落ち着いてください」


 鈴村さんだった。両の手のひらを、内側と外側に、ひとつずつ向けていた。


「お客様をお選びになるのは、お店のご自由です。……ただ、薬だけは、どうか。怪我をした方が、旅の方でも、住んでいる方でも、薬がなくて困るのは同じです。薬屋さんの前だけは、門を開けていただけませんか」


 住人の方々が、顔を見合わせた。

 やがて、いちばん前の大柄なおかみさんが、渋々、頷いた。


【コメント】旦那、ちゃんと落としどころ作る

【コメント】薬屋だけ開ける

【コメント】代表、ほんとに有能

【コメント】あの人がいなかったら、今ごろ殴り合ってるだろ


 鈴村さんは、深く頭を下げて、締め出されていた方々を、薬屋さんの方へ案内していった。


 門の内側で、おかみさんたちが、その背中を見送っていた。


「旦那、評議会の方は皆に任せて、串に専念するんだと」

「名ばかりの代表でいい、ってさ。欲のない人だよ」


【コメント】名ばかりの代表

【コメント】串に専念って、今ここにいるじゃん

【コメント】専念できてない


   *


 締め出された方々の中には、別のお商売を始める方もいらした。


 坂の下の白い長屋の前で、プレイヤーの方がひとり、紙の束を広げていた。


「白くならない札だよ。上の祈祷師に書かせた本物だ。人形と一緒に貼れば、二重のお守り。……銀貨一枚。今だけ」


 白い長屋のおかみさんが、震える手で、銀貨を差し出していた。

 札には、それらしい字が、それらしく並んでいた。


【コメント】うわ

【コメント】偽のお守り

【コメント】白くならない札、って

【コメント】もう白い家に売ってるぞ

【コメント】白くなった家に、白くならない札

【コメント】詐欺のための詐欺


 わたくしは、日傘を傾けた。


 スタロ様は、今日も東だった。数えるのは、声に出さなかった。


 札売りの方が、顔を上げた。日傘を見て、紙の束を抱えて、走り出した。

 十も数えないうちに、坂の下の角を曲がって、見えなくなった。


 おかみさんの手には、銀貨が一枚、残っていた。


【コメント】逃げた

【コメント】銀貨、払う前でよかった

【コメント】お嬢の顔だけで十秒


 次の角では、白い家の窓から、光る硝子の板が剝がされていた。

 梯子の上の方々の頭に、赤い札が浮いていた。


 三歩後ろで、毛皮が動いた。


「俺の客だ」

「どうぞ。わたくしは、数えておりますわ」

「知ってる」


 二十を数える前に、梯子が蹴り倒された。


【コメント】ゲイリー、営業中

【コメント】板剝がし、早くも二組目

【コメント】白い家の板って、高く売れるんだっけ

【コメント】上で買えば一枚、銀貨五枚


 その次の角では、締め出された長屋の路地の前で、どなたかが縄を張って、通り賃を取っていた。

 その次では、また札売りが。その次では、また板が。


 わたくしは、そのたびに、日傘を傾けて、三十秒を数えた。

 逃げる方もいらした。逃げない方もいらした。逃げない方は、白い光の中に、散っていった。


【コメント】次

【コメント】次

【コメント】また次

【コメント】お嬢、今日もう六回目の三十秒


   *


 日が落ちてから、坂の上へ戻った。


 ゲイリー様は、いらっしゃらなかった。工業区の、まだ捕まっていない布の方々を追って、運河の向こうへ渡っていかれた。


 空き店の前の、水を撒く石の脇に立った。

 坂の下の白い長屋の窓が、青白く光っていた。どの軒先にも、小さな日傘が、三つ、四つ。見下ろすと、白い坂に、小さな日傘の影が、点々と並んでいた。


 近ごろは、日の終わりに、ここから坂を見下ろすことにしていた。

 お店の方は、どなたもいらっしゃらないけれど。


【コメント】こんばんは

【コメント】夜の坂

【コメント】お嬢、空き店の前に毎晩来てるのか

【コメント】番の人はいなくなったのにな


 足音が、坂の下から上がってきた。


 痩せた方だった。腕に、金色のサイコロの布を巻いていた。布の端が、少し擦り切れて、色が抜けかけていた。指の先が、墨で黒く汚れていた。

 手に、小さな人形をひとつ、提げていた。


【コメント】サイコロの布

【コメント】灯台の丘の茶会で吹っ飛んだ狩人じゃね

【コメント】交換所の窓口にいる人だろ、あれ

【コメント】まだ人形配ってるのか


 その方は、空き店の扉の前で足を止めて、背伸びをした。扉の上の釘に、人形を引っかけようとして――そこで、わたくしに気づいた。


 びくりと、肩が揺れた。

 人形が、指の先で、宙に揺れていた。


 しばらく、どちらも、何も言わなかった。


「……あの」


 その方は、目を合わせないまま、かすれた声で言った。


「頼まれてて。……この店にも、吊るしておけって」

「まあ。どなたに、ですの」


 答えは、なかった。

 その方は、人形を握ったまま、扉とわたくしとを見比べていた。外すべきか、吊るすべきか、決めかねている手だった。


 わたくしは、扉を見上げた。それから、坂の下に点々と並んだ、小さな日傘の影を見下ろした。


「どうぞ、お吊るしになって」


 その方が、顔を上げた。


「このお店だけ、お人形がないのは、寂しゅうございますもの」


 わたくしは、扉の前から一歩下がって、場所を空けた。


「お留守番ですわ」


 その方は、何か言いかけて、やめた。

 背伸びをして、釘に人形を引っかけた。それから、頭を下げるでもなく、逃げるでもなく、早足で坂を下りていった。一度も、振り返らなかった。


【コメント】許した

【コメント】お留守番、って

【コメント】撃たれないお守りを、空き店に

【コメント】店を守ってるつもりなのか

【コメント】小夜ちゃんの店に、お嬢の人形がぶら下がってるの、なんか

【コメント】なんか、何だよ

【コメント】分からん。分からんけど、なんか


 空き店の扉に、小さなわたくしが、ぶら下がっていた。


 わたくしは、人形の小さな日傘の向きを、指先で直した。

 坂を上ってくる夜風に、人形が、くるりと一度だけ回った。


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