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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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165/172

第165話十五年分の柱でございますのね

 坂の下の白い長屋の軒先で、小さな日傘が、三つ並んで揺れていた。


 昨日は、二つだった。


【コメント】おはよう

【コメント】人形、増えてる

【コメント】一軒に三つ

【コメント】効かなかったから増やすやつ

【コメント】工業区の噂、もう回りきってるな


 わたくしは、坂を下りて、港の方へ足を向けた。

 三歩後ろで、ゲイリー様が、懐の手配書をめくっていた。


「布の連中が、まだ三人、工業区に潜ってる」

「まあ。でしたら、そちらへ?」

「夜になったら出てくる。昼は、あんたの後ろの方が稼げる」


【コメント】ゲイリー、時間で使い分けてる

【コメント】昼はお嬢、夜は工業区

【コメント】勤務表か


   *


 港寄りの長屋の並びは、まだ古かった。


 瓦の欠けた屋根。すきまの空いた板壁。戸口ごとに、色の違う暖簾。潮の匂いと、干物を焼く煙が、通りの真ん中で混ざっていた。

 どの軒先にも、小さな日傘が下がっていた。


 戸口のひとつが、開け放たれていた。


 土間の奥で、腰に手ぬぐいを下げたお爺さんが、柱の前にしゃがみ込んでいた。小さな男の子が、柱に背中をぴったりつけて立っている。お爺さんが、男の子の頭の上に、小刀で、浅い傷をひとつ入れた。


「……ほれ。また伸びた」

「どれくらい?」

「指一本ぶん」


 男の子は柱から離れて、振り返った。

 傷は、ひとつではなかった。柱の中ほどから上へ、古い傷が、梯子のように並んでいた。そのずっと下に、新しい傷が、短い梯子をもう一本作っていた。


【コメント】柱の傷

【コメント】背比べだ

【コメント】いいな、こういうの

【コメント】このじいちゃん、広場で小夜ちゃんに頭下げてた人じゃね

【コメント】孫の手引いてた人だ


 お爺さんが、こちらに気づいた。

 腰を伸ばして、目を細めた。


「おや。……日傘の。小夜ちゃんの、友達だろう」

「ええ。九条院瑠璃華と申しますわ」

「知っとるよ。下町で知らん者はおらん」


 お爺さんは、少しだけ笑った。それから、軒先の人形を、顎で示した。


「うちにも、ほれ、あんたを吊るした。……撃たないでおくれ」

「撃ちませんわ。わたくし、悪い方しか撃ちませんもの」

「そうかい。そりゃ、ありがたい」


【コメント】撃たないでおくれ、が軽い

【コメント】怖がってるっていうより、冗談だな

【コメント】小夜ちゃんの友達、で通じてる


   *


 お爺さんは、柱の傷を、下からひとつずつ、指でたどった。


「下の方のは、こいつの。上の方が、倅のだ。十五年前に船を降りて、ここに越してきた。そのとき、倅の背を最初に刻んだ」

「まあ。船を」

「漁師だったのさ。四十年。……網の縄は、ずっと、坂の上の雑貨屋で買っとった。小夜ちゃんの、ばあさんの店だ」


 お爺さんは、柱に手をついたまま、遠くを見るような目をした。


「一度な、ばあさんが縄の値を上げた。わしは腹を立てて、意地で三日、買いに行かなかった。四日目に、しかたなく行ったら――」

「お値段が、下がっておりましたのでしょう?」


 お爺さんの指が、柱の上で止まった。


「……なんで、知っとる」

「帳面に、書いてございましたもの。小夜さんのおばあさまの」


 わたくしは、日傘を閉じた。


「『縄の値を上げたら、漁師の源さんが三日来なかった』。次の頁で、お下げになっておりましたわ。小夜さんが、読んで聞かせてくださいましたの」


【コメント】あ

【コメント】源さん!

【コメント】店じまいの日の、帳面の人だ

【コメント】このじいちゃんが源さんか

【コメント】ばあちゃん、ちゃんと書いてた


 お爺さんは、しばらく、何も言わなかった。

 柱についた手のひらが、傷の梯子を、上から下へ、ゆっくりと撫でていった。


「……書いてあったか」


 低い声だった。


「わしのことが。あのばあさんの、帳面に」

「ええ。……お待ちになっていたのですわ、きっと」


 お爺さんは、鼻の下を、手ぬぐいでこすった。

 それから、わざとらしく大きな声で、男の子の頭をかき回した。


「ほれ見ろ。じいちゃんは、帳面に載るほどの客だったんだぞ」

「なにそれ」

「偉いってことだ」


【コメント】泣いてるだろ、じいちゃん

【コメント】手ぬぐいで鼻こすってる

【コメント】NPCのじいちゃんの昔話、よくできてるな

【コメント】よくできてる、で済ますな

【コメント】四十年分の縄だぞ

【コメント】ばあちゃん、値下げして待ってたのか


   *


 男の子が、わたくしのドレスの裾を、そっと引いた。


「おねえさん、はかる?」

「まあ。よろしいの?」


 お爺さんが、小刀を構え直した。


「客人の背を刻むのは、初めてだがね」


 わたくしは、柱に背中をつけた。

 背中に、木の感触があった。十五年分の傷の、細かな凹凸だった。


 頭の上で、かり、と小さな音がした。


 柱から離れて、振り返る。古い梯子のいちばん上より、指二本ぶん下に、新しい傷がひとつ増えていた。


「お嬢さんは、もう伸びないね」

「ええ。わたくし、これで完成しておりますの」


【コメント】w

【コメント】完成品

【コメント】柱に、お嬢の背丈が刻まれた

【コメント】家族の柱に混ざってて草

【コメント】倅、孫、お嬢

【コメント】じいちゃん、手震えてたぞ


 お爺さんは、小刀をしまいながら、新しい傷を見上げた。


「……ばあさんの帳面に、わしが載って。わしの柱に、あんたが載ったか」

「まあ。お揃いですわね」

「お揃いか。……そうだな」


 男の子が、わたくしの傷と自分の傷のあいだを、背伸びして手で測っていた。届かなかった。


「明日は朝から、こいつと市だ。背が伸びた祝いに、飴を買ってやる約束でね。……あんたも、気が向いたら寄っておくれ。茶ぐらい出す」

「お茶でしたら、喜んで」


   *


 戸口を出ると、三歩後ろで、ゲイリー様が待っていた。

 柱の方を、ちらりと見て、それから、そっぽを向いた。


「……ずいぶん長居したな」

「ご招待を、いただきましたもの」


 通りの先の、市の入口に、男の方がひとり、梯子をかけていた。

 門柱に、真新しい紙を一枚、貼っている。墨の色が、まだ乾ききっていなかった。


 ――旅の方、お断り。


【コメント】あ

【コメント】市にまで

【コメント】旅の方、ってプレイヤーのことだろ

【コメント】日傘お断り、の次は、俺ら全員お断り

【コメント】工業区の件が効いてる


 わたくしは、貼り紙を見上げた。


「まあ。わたくしは、旅の方ではございませんもの」


 ゲイリー様が、鼻を鳴らした。


【コメント】いや旅の方だろ

【コメント】拠点あるからセーフ理論

【コメント】お嬢の中では下町の人なんだな

【コメント】住んでる人の方は、そう思ってないぞ


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