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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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161/172

第161話お手紙でのお招きは、久しぶりですわ

 翌朝、坂の上の空き店の前に、石がひとつ、転がっていた。


 拳ほどの丸い石だった。紙が一枚、紐で巻きつけてある。夜のうちに、どなたかが置いていかれたらしい。

 三歩後ろで、ゲイリー様が、坂の上と下を見回した。誰もいなかった。


 わたくしは、石を拾って、紐をほどいた。


  今宵、五つ目の鐘。運河沿いの倉庫にて、お茶会を。

  日傘の方を、お待ちしている。


 小さく、几帳面な字だった。


【コメント】おはよう

【コメント】投げ文

【コメント】鐘の刻

【コメント】炭問屋のときの紙と、同じ書き方だな

【コメント】運河沿いって、昨日職人頭が言ってたとこ

【コメント】罠だろ

【コメント】罠以外の何物でもない


「……罠だな」


 ゲイリー様が、低く言った。


「ええ。きっと、そうですわね」


 わたくしは、紙を、丁寧に四つに畳んだ。


「でも、お手紙でのお茶会のお招きですもの。近ごろ、お手紙をくださる方は、とんと少なくなりましたわ。……お返事をしないのは、お嬢様の作法に反しますの」


【コメント】行く気だ

【コメント】作法の問題にした

【コメント】上で「お招きなら、まずお手紙を」って言ってたもんな

【コメント】本当に手紙で来ちゃった

【コメント】差出人、お嬢の扱い分かってる


 ゲイリー様は、しばらく、わたくしの顔を見ていた。


「……倉庫の連中に、札がついてりゃ、俺がもらう」

「ついていなければ?」

「あんたの好きにしろ」


   *


 お昼を過ぎてから、もう一度、運河を渡った。


 お茶会の前には、会場を拝見しておくものだ。どこにお席があって、どなたがいらして、お庭からは何が見えるのか。お招きくださった方に、恥をかかせるわけにはまいりませんもの。


【コメント】下見

【コメント】お茶会の下見(倉庫)

【コメント】律儀すぎる

【コメント】罠の会場を下見に行くのは律儀なのか


 運河沿いの倉庫の並びは、昼のあいだは静かだった。

 黒ずんだ赤煉瓦の倉庫が、十棟ほど、肩を並べている。どの扉にも、大きな錠前。どの軒先にも、昨日より多くの、小さな日傘の人形。


 いちばん奥の倉庫の門の脇で、お爺さんがひとり、腰かけに座って、角灯の煤を拭いていた。


「ごきげんよう」

「……ああ。日傘の」


 お爺さんは、わたくしの日傘を見上げて、少しだけ身構えた。それから、角灯を膝に置き直した。


「ここの夜番さ。……荒らしの連中が来たって、わしひとりじゃ、どうにもならんがね。見てるだけだ」

「毎晩、こちらに?」

「毎晩だ。五つ目の鐘が鳴ったら、ここに角灯を下げる。三十年、そうしてる」

「まあ。三十年も」


 お爺さんは、門柱の上の鉤を、顎で示した。煤で真っ黒になった鉤だった。


「今夜も、ここだよ。……あんたが来るなら、なおさら、見てなきゃならんしな」


【コメント】夜番のじいちゃん

【コメント】三十年

【コメント】今夜も、ここにいるって

【コメント】……お嬢、今、何を確かめた?

【コメント】考えるな


 わたくしは、門柱の鉤を見上げた。


「それでは、今宵、改めて。お邪魔いたしますわ」


   *


 倉庫の並びを戻る途中で、若い方がひとり、梯子にのぼっていた。


 腕に、金色のサイコロの布を巻いていた。梯子の上で、倉庫の軒先の鉤に、小さな人形を、ひとつ、またひとつと掛けている。背負った籠の中には、まだ、黄色い毛糸の頭が、いくつも覗いていた。


 梯子の下で、わたくしは足を止めた。


「ごきげんよう。お仕事、ご苦労さまですわ」


 梯子が、ぐらりと揺れた。

 若い方は、わたくしの日傘を見下ろして、顔から血の気を引かせた。籠を抱え直すと、梯子を半分飛び下りるようにして、倉庫の陰へ走っていった。


 籠から、人形がひとつ、こぼれて落ちた。


【コメント】逃げた

【コメント】配ってる連中、お嬢の顔見ると逃げる

【コメント】お許し出てないの、分かってるんだろ

【コメント】倉庫にまで吊るしてるのか

【コメント】倉庫も撃たれたくないんだな

【コメント】倉庫が人形吊るして何になるんだよ

【コメント】持ち主が吊るさせてるんだろ


 わたくしは、石畳の上の人形を拾い上げた。


 手のひらに載せると、思っていたより、少しだけ重かった。布の中に、何か、固いものが詰めてあるらしい。


「……まあ。中身が詰まっておりますのね」


【コメント】重いの?

【コメント】綿じゃなくて砂とかじゃね

【コメント】風で回りすぎないようにだろ

【コメント】ちゃんと作ってある

【コメント】骨は足りてないけどな


 わたくしは、人形の日傘の向きを、指先で直した。それから、梯子のいちばん下の段に、そっと座らせた。


「お届けものですもの。お届け先に、お返ししておきますわね」


   *


 橋を渡って振り返ると、運河沿いの軒先という軒先で、小さな日傘が、夕方の風にくるくると回っていた。

 工場の門にも。倉庫の扉にも。職人の方々の長屋の戸口にも。


 ――日傘、お断り。


 貼り紙の、すぐ上で。


 三歩後ろで、ゲイリー様が、鼻を鳴らした。


「……あんたが嫌いなくせに、あんたばっかり吊るしてやがる」

「嫌われるのは、慣れておりますわ。吊るされるのは、初めてですけれど」


【コメント】w

【コメント】吊るされるのは初めて

【コメント】言い方


 澄んだ音がひとつ、頭の上で鳴った。


 光の足場を蹴って、白い装甲が、橋の欄干に降りた。スタロ様だった。兜の目のあたりが、夕日を受けて、細く光っていた。


「……こっちにいたのか」

「ごきげんよう、スタロ様。お探しの方は、見つかりまして?」

「まだだ。けど、東の長屋の婆さんが、その名前に心当たりがあるって。今夜なら、昔の帳面を出してくれるらしい」


 スタロ様は、欄干の上にしゃがんで、運河沿いの軒先の人形を、ひとつずつ目で追った。


「……今夜、東へ行く。やっと、手がかりになるかもしれねえ」

「まあ。わたくしも今宵は、お茶会にお招きいただいておりますの。運河沿いの倉庫で、五つ目の鐘に」


 兜が、こちらを向いた。


「……投げ文か」

「ええ。お手紙でしたわ」


 スタロ様は、しばらく黙っていた。兜の奥で、何かを量っているような沈黙だった。


「……刻が、重なる」

「存じておりますわ。ですから、どうぞ、東へ」


【コメント】スタロ、迷ってる

【コメント】手紙か、お嬢か

【コメント】いや、迷うとこだろ。ずっと探してたんだぞ

【コメント】お嬢、どうぞって言った

【コメント】指さす人がいない晩になる


 スタロ様は、欄干から立ち上がった。


「……今夜は、数えなくていい。どうせ、来れねえからな」

「まあ。よろしいの?」

「よくはねえ。……余計なのは、巻き込むなよ」


 光の足場が、ひとつ、鳴った。

 白い装甲は、東の空の方へ、跳んでいった。


【コメント】行った

【コメント】数えなくていい、って言った

【コメント】スタロが許可出した

【コメント】余計なのは巻き込むな、って難しい注文

【コメント】お嬢に一番向いてない注文だろ

【コメント】今夜の五つ目の鐘、見に行く奴いる?

【コメント】行く

【コメント】橋の上ならセーフだろ、たぶん


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