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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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160/172

第160話運河の向こうへ、お散歩ですわ

 小夜さんが発って、五日が過ぎた。


 空き店の扉には、まだ札が下がっていた。その下の、水を撒く石の脇に、熊の毛皮が、今朝も座っていた。


【コメント】こんにちは

【コメント】ゲイリー、今日もいる

【コメント】番する店、もうないのに

【コメント】日当問題、まだ決着してない


 坂の上の空き店の前には、もうひとり、立っていた。


 白髪まじりの、肩幅の広い方だった。羽織の袖に腕を組んで、扉の札を見上げていた。

 関谷様だった。


【コメント】隊長?

【コメント】坂の上に何の用だ


「……本当に、発ったんだな」

「ええ。小夜さんは、もう、雲の向こうですわ」


 わたくしは、日傘の柄を、肩に預け直した。


「確かめにいらしたのですわね。疑っていらした方が、本当にいなくなったのか」


 関谷様は、何もおっしゃらなかった。札から、目を離さなかった。


「演説の日の、鐘楼の方」


 関谷様の目が、こちらへ動いた。


「小夜さんより、ずっと背がお高うございましたわ。……それに、いつもの仮面の方より、肩が、ずいぶん落ちておりましたの。あの方も、おひとりで、いろいろな場所にお手紙を投げたり、お顔を出したり……お疲れなのでしょうね」


 関谷様は、しばらく、わたくしの顔を見ていた。


「……いつもの方、か」


 それだけおっしゃって、組んでいた腕をほどいた。坂を下りていく羽織の背中が、白い石畳の上で、一度だけ、立ち止まりかけた。


【コメント】隊長、まだ雑貨屋の子疑ってたのか

【コメント】お嬢、ちょっと怒ってる?

【コメント】悪党の肩の心配するお嬢

【コメント】いつもの仮面の方、って何回見てんだ

【コメント】お疲れなのでしょうね、じゃないんだよ


 わたくしは、ドレスの隠しから、銀貨を何枚か取り出した。


「ゲイリー様。本日の分ですわ」


 ゲイリー様は、わたくしの手のひらの銀貨を見た。それから、扉の札を見上げた。


「……いらねえ」

「まあ。どうしてですの」

「番する店がねえ」


 わたくしも、札を見上げた。


 ――空き店。


「……そういえば、そうでしたわね」


【コメント】忘れてた

【コメント】払うのやめるの、ほんとに忘れてた

【コメント】で、ゲイリーは五日分もらってから言い出した

【コメント】どっちもだった

【コメント】「どっちもありそうで困る」の答え、両方


 ゲイリー様は、懐から小さな袋を出して、わたくしの手の銀貨の上に、どさりと重ねた。


「店がなくなってからの分だ」

「お返しいただかなくても、よろしいのに」

「よろしくねえ」


 ゲイリー様は、立ち上がって、膝の砂を払った。


「その代わり、勝手についてく。あんたの周りが、いちばん札が転がってる」


【コメント】日当を返して、ついていく

【コメント】律儀なのか図々しいのか

【コメント】お嬢の周り=賞金首の漁場

【コメント】言い方ひどいけど事実


   *


 店の三歩手前で、古い石畳が終わる。そこから坂の下手までは、白い。

 白い壁の長屋は、どの窓も、内側の布が引かれていた。布の端が、日傘の動くのに合わせて、少しずつずれていった。


【コメント】坂の下、相変わらず白い

【コメント】窓の布、全部こっち見てる

【コメント】スタロは?

【コメント】東の長屋。手紙の宛名の人、まだ探してる


「……運河の向こうで、夜な夜な倉庫が荒らされてるらしい」


 三歩後ろで、ゲイリー様が言った。


「札つきが多い」

「まあ。でしたら、本日は、運河の向こうまで、お散歩ですわ」


【コメント】行き先、賞金首基準で決まった

【コメント】お散歩(物騒)

【コメント】工業区、逃げて


   *


 錆びた鉄の橋を渡った。


 橋の下を、煤で黒ずんだ運河が、ゆっくりと流れていた。潮の匂いが薄れて、油と、焦げた金属の匂いが混じりはじめる。

 初めてこの橋を渡ったのは、小夜さんのお使いのお供だった。この先で、小夜さんは「あんまりきょろきょろしないでね」と、声を落としていた。


 わたくしは、きょろきょろしないで、橋を渡りきった。


 工業区は、白くなかった。


 赤煉瓦の工場が、鉄柵の向こうで肩を寄せ合っている。どこかで、金槌を打つ音が、規則正しく響いていた。

 ただ、鉄柵にも、倉庫の扉にも、同じ紙が貼ってあった。墨で、大きく。


 ――日傘、お断り。


「まあ」


 わたくしは、貼り紙の前で、足を止めた。


「前は、板切れ一枚でしたのに」


【コメント】www

【コメント】最初に来た日、門柱に「日傘の女、立入禁止」って打たれてたよな

【コメント】刷って量産してる

【コメント】出世したな

【コメント】出禁の出世ってなんだよ


 貼り紙のすぐ上の軒先に、小さなものが揺れていた。


 手のひらほどの、布の人形だった。黄色い毛糸の髪が、くるくると二本。黒い端切れのドレス。爪楊枝に布を張った、小さな日傘。

 わたくしだった。


 通りの先で、腕に金色のサイコロの布を巻いた方が二人、籠から人形を取り出しては、配っていた。前掛けの女の方が、一つ受け取って、背伸びをして軒に吊るす。


「お代は要りません。撃たれないお守りです。……お嬢様のお許しも、ちゃんといただいておりますので」

「お許しは、差し上げておりませんわ」


 籠を抱えた方の手が、宙で止まった。

 振り返って、わたくしの日傘を見た。それから、籠を抱えたまま、路地の奥へ消えていった。


【コメント】本人いた

【コメント】公認詐欺、二回目

【コメント】日傘お断りの貼り紙の上に、日傘の人形

【コメント】矛盾の塊

【コメント】怖いから貼り紙、怖いから人形


 前掛けの女の方は、人形を吊るしたまま、少し気まずそうに、わたくしを見下ろした。


「……ただなら、吊るしとくよ」

「ええ。……ただ、日傘の骨が、足りておりませんわね。本物は、十二本ですのよ」


【コメント】採点

【コメント】お許しはしないけど、可愛いは否定しない


   *


 赤煉瓦のいちばん大きな工場の前に、人だかりができていた。


 前掛けの職人の方々が、腕を組んで並んでいる。その真ん中に、白髪を短く刈り込んだお爺さんが立っていた。煤で黒くなった太い指に、使い込んだ金槌を握っている。職人頭、というお立場の方なのだろう。

 その前で、紺の上着の背中が、深く頭を下げていた。


 鈴村さんだった。


「坂の下の白い家々には、まだ、ろくに家具もございません。卓でも棚でも、工業区で作っていただけましたら――」

「白いのに、うちの品を持ち込むなと言っとる」


 職人頭の方の声は、低くて、太かった。


「人が住んどった家が、一瞬で、白い箱になったと聞いた。……わしらは、それがうつるのが怖いんだ」

「うつるものでは、ございません」

「分からんだろう、そんなこと。誰にも」


 鈴村さんは、それ以上、何もおっしゃらなかった。もう一度、深く頭を下げた。


【コメント】串屋の旦那、こっちでも頭下げてる

【コメント】白いのがうつる、か

【コメント】気持ちは分かる

【コメント】うつるわけないだろ。お嬢が撃ったら白くなるんだよ

【コメント】じゃあ、お嬢を連れてくるなって話になるな


 鈴村さんが、顔を上げた。人だかりの向こうに、わたくしの日傘を見つけて、いつものように会釈をなさった。


「九条院様。……こちらにも、いらっしゃいましたか」


 わたくしは、会釈だけをお返しした。


 職人頭の方が、振り返った。煤だらけの顔が、みるみる強ばっていった。


「――貼り紙が、読めんのか」

「読めますわ。とても、達筆でいらっしゃいますのね」


【コメント】褒めた

【コメント】達筆

【コメント】職人頭の顔


 鈴村さんが、穏やかに、わたくしと職人頭の方とのあいだに、半歩だけ入った。


「九条院様は、悪い方しか、お撃ちになりませんので」

「そりゃ、悪い方の言い分だ」


 職人頭の方は、金槌の柄で、運河沿いの方角をさした。


「どこからか流れてきた連中が、夜になると、運河沿いの倉庫に集まって、うちの品を持っていく。……そいつらだけ撃って、とっとと帰ってくれるなら、文句は言わん」

「まあ。お招き、ありがとうございます」

「招いとらん」


【コメント】招いとらん

【コメント】お嬢の耳、都合よすぎる

【コメント】でも職人頭、場所は教えた


 わたくしは、日傘を傾けて、運河沿いの倉庫の並びを眺めた。

 黒ずんだ赤煉瓦の倉庫が、ずっと向こうまで続いていた。どの軒先にも、小さな日傘が、くるくると揺れていた。


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