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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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156/172

第156話行き先は、内緒ですのね

 小夜さんが坂を上ってきたのは、昼の少し前だった。


 胸に、あの帳面を抱えていた。ほかには何も持っていない。わたくしが店の前で日傘を差して待っていると、小夜さんは、わたくしの前で足を止めて、一度だけ、大きく息を吐いた。


「鈴村さんに、頼んできた」

「何を、ですの」

「船」


 ゲイリー様が、水を撒く石の脇で、顔を上げた。


「上の、さらに向こうへ行く船。三日後の朝の便に、乗せてもらえることになった。手続きは、全部、鈴村さんがやってくれるって」


【コメント】船

【コメント】三日後

【コメント】本当に行くのか

【コメント】串屋の旦那、仕事早い

【コメント】早いんだよな、いつも


「まあ」


 わたくしは、日傘の柄を、肩に預け直した。


「それで、どちらへ、いらっしゃいますの」

「内緒」

「まあ」

「だって瑠璃華、ついてくるでしょ」


 小夜さんは、まっすぐ、わたくしの顔を見ていた。


「わたくし、そんなはしたないことは……」


 少し、考えた。


「……いたしますわね、たぶん」

「でしょ」


【コメント】するのかよ

【コメント】たぶん、じゃない

【コメント】絶対ついていく

【コメント】だから内緒なのか


「行き先は、鈴村さんにしか言ってない。瑠璃華にも、ゲイリーにも、言わない」

「わたくしより先に、鈴村さんにはお話しになりますのね」

「手続き、してもらうんだもん」

「別に、聞いてねえ」

「うん。知ってる」


 小夜さんは、帳面を抱え直した。


「疑いが晴れるまで、ちょっと離れる。……それも、ちょっとはある。けど、ほとんどは、こっち」


 小夜さんは、帳面の表紙を、指で叩いた。


「おばあちゃんが、ずっと行きたいって言ってて、結局行けなかったところ。代わりに、見てくる」


【コメント】昨日の、最後の頁か

【コメント】おばあちゃんの行きたかったとこ

【コメント】そういう子なんだよ


「承りましたわ」


 わたくしは、日傘を、くるりと回した。


「でしたら、お見送りの段取りは、わたくしにお任せくださいまし。桟橋には敷物を。楽団をお呼びして、船が離れる瞬間に花びらを――」

「やめて」

「まだ、半分も申し上げておりませんわ」

「全部やめて」


 小夜さんは、片手を、わたくしの顔の前に突き出した。


「普通に、見送って。手、振ってくれればいいから」

「……手だけ、ですの」

「日傘でもいい」

「日傘でしたら」


【コメント】楽団w

【コメント】花びらw

【コメント】即却下

【コメント】日傘なら許される基準がわからん

【コメント】敷物は何に使う予定だったんだ


   *


 午後、小夜さんは、残しておいた縄の束を、串屋の屋台へ届けに行った。わたくしは、お供をした。


 坂を下りはじめてすぐに、声が飛んできた。


「――出ていくんだってな」


 白い石畳の脇の、長屋の戸口だった。若い殿方が二人、腕を組んで立っていた。


「店、片付けてるの見たぞ。逃げるんだろ」

「疑われたら逃げりゃいいんだから。いい身分だな」


 小夜さんは、前を見て歩いていた。

 わたくしは、足を止めた。日傘を、ゆっくりと、傾けた。


 スタロ様は、今日も東の長屋だった。

 わたくしは、声に出さずに、数えはじめた。向かいの軒先に、雀が一羽、とまっていた。柔らかい目をしていた。


【コメント】あ

【コメント】傾けた

【コメント】数えてる

【コメント】スタロ、いないぞ


 十。


 十一。


 袖を、引かれた。


 小夜さんだった。前を見たまま、わたくしの袖を、指先でつまんでいた。


「最後くらい、静かにしてて」


 小さな声だった。

 わたくしは、雀の目を見ていた。


 それから、日傘を、閉じた。


 ぱちん、と、小さな音がした。


【コメント】

【コメント】閉じた

【コメント】やめた?


 長屋の戸口の殿方たちは、何が起きたのか分からない顔をしていた。

 わたくしは、閉じた日傘を腕に預けて、小夜さんの隣を歩きだした。小夜さんは、袖から指を離さなかった。


 坂を下りきるまで、離さなかった。


   *


 その夜、店の前の石畳に、二人で座った。


 ゲイリー様は、宿へ戻っていた。坂の下の白い石畳が、長屋の灯りを照り返して、ぼんやりと明るかった。わたくしたちが座っているのは、古い石の、暗い方だった。


【コメント】こんばんは

【コメント】夜まで配信してる

【コメント】昼の、日傘閉じたやつの切り抜き、もう回ってる


「……ごめんね、昼」


 小夜さんが、膝を抱えたまま言った。


「何が、ですの」

「止めたの。……瑠璃華、撃ちたかったでしょ」

「小夜さんが、静かにしていてほしいとおっしゃいましたもの。お友達のお願いですわ」


 小夜さんは、膝に顎を乗せた。


「向こうに着いたら、何から見ようかなって、ずっと考えてる。……昨日から、ずっと」

「お決まりになりまして?」

「まだ。決まんない。見たいものが、多すぎて」


 小夜さんは、夜空を見上げた。上層の島々の灯りが、雲の切れ間に、小さく固まっていた。その、さらに向こうは、暗くて何も見えない。


「……止めないんだね」

「小夜さん」

「うん」

「あなたの好きなように、お生きなさいな」


 小夜さんは、しばらく、何も言わなかった。

 それから、膝に顔をうずめて、小さく笑った。


「……瑠璃華っぽい」

「わたくしらしい、ですわ」


【コメント】見たいものが多すぎる、か

【コメント】小夜ちゃん、楽しそうでよかった


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