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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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155/172

第155話お店じまいは、ご一緒に

 評議会の最初の席は、議事堂で、朝から開かれていた。


 坂の上の、日向雑貨店の前で、わたくしは日傘を差していた。議事堂の声は、ここまでは届かない。静かだった。店の三歩手前で古い石畳が終わって、その先は、坂の下手までずっと白い。

 ゲイリー様は、水を撒く石の脇に腰を下ろして、その境目を眺めていた。


【コメント】こんにちは

【コメント】評議会、今やってるんだっけ

【コメント】広場の方、人だかりらしい

【コメント】こっちは誰もいない

【コメント】ゲイリー、ちゃんと番してる


 客は、来なかった。薬売りの方がひとり来てくださったあとは、誰も――と、小夜さんが言っていた。

 小夜さんは、することがないので、棚を拭いていた。上の段から順に、品をどけては拭いて、戻す。いちばん下の段の奥へ、雑巾ごと腕を差し入れたところで、手が止まった。


「……ん?」


 引き出されたのは、古い帳面だった。

 表紙の角が丸く擦り切れて、糸で綴じた背が、ところどころほつれている。


「おばあちゃんの字だ」


 小夜さんは、雑巾を放り出して、その場に座り込んだ。


【コメント】帳面

【コメント】おばあちゃんの

【コメント】棚の奥から出てくるやつ

【コメント】このタイミングで出てくるのか


 頁をめくるたびに、小夜さんは小さく笑った。


「『今日、隣の子が飴を三つ買った。二つはお姉ちゃんの分らしい』……誰だろ、これ。『縄の値を上げたら、漁師の源さんが三日来なかった』。……下げたんだ、これ。次の頁で下げてる」


 わたくしは、帳場の脇から、それを見ていた。帳面の中は見えない。小夜さんの顔だけが見えた。


 最後の頁で、その顔が止まった。


 笑いが、引いた。指先が、一行を、ゆっくりなぞる。もう一度なぞる。

 それから、小夜さんの目が、まんまるになった。


「……そっか」


 ひとりごとだった。


「そっか。……ずるいなあ、おばあちゃん」


 小夜さんは、帳面を閉じて、胸に押し当てた。笑っていた。さっきまでの小さな笑いではなく、頬の内側から押し上げてくるような笑い方だった。


「何が、書いてありましたの」

「まだ、言わない」

「まあ」

「瑠璃華には、まだ」


【コメント】まだ、言わない

【コメント】顔が明るくなった

【コメント】最後の頁、何

【コメント】いい知らせっぽい?


 小夜さんは、勢いよく立ち上がった。前掛けの埃を、ぱんぱんと払う。

 そして、空いている棚と、品の詰まった棚を、端から端まで見渡した。


「決めた。……お店、畳む」


【コメント】は

【コメント】畳む?

【コメント】今の流れで?

【コメント】待って待って


「そろそろ、畳む時期だったのかもね。……おばあちゃんの店だけど」


 小夜さんは、窓の外の、白い石畳を顎で示した。


「あれ、もうそこまで来てるでしょ。白くなったら、たぶん、もうおばあちゃんの店じゃなくなる。だったら、白くなる前に、自分で閉めたい。……それにね」


 帳面を、軽く叩いた。


「行きたいとこ、できた」


「でしたら」


 わたくしは、帳場の前へ、一歩進み出た。


「最後のお客様の席は、わたくしがいただきますわ」

「……え?」

「お店じまいの前に、お買い物をいたしますの。お嬢様は、お店の最後を、お客様のいないまま閉めさせたりはいたしませんわ」


 わたくしは、棚の上の、いつもの茶葉の缶を、ひとつ取った。


「こちらを」


【コメント】最後の客

【コメント】そこは譲らないのか

【コメント】ちゃんと買い物する

【コメント】お嬢、たまにかっこいい


 小夜さんは、しばらく、わたくしと缶を見比べていた。

 それから、耳の上に手をやった。挟んであった鉛筆を抜いて、帳場の紙に、値を書きつける。


 初めてこの店の扉を押した日も、その鉛筆は、そこにあった。わたくしを見て、小夜さんはそれを床に落とした。角をなくした人、と呼ばれた。


 今日は、落とさなかった。


「……はい。毎度、ありがとうございました」

「お品は、こちらにお預けしておきますわ」

「……持って帰らないの?」

「お茶は、淹れていただくものですもの」


【コメント】耳の鉛筆

【コメント】最初の日のやつだ

【コメント】やめろ、そういうのやめろ


   *


 ゲイリー様が、戸口から、のそりと顔を出した。


「……おい。畳むなら、箱、どこに運ぶんだ」

「奥の物置。……手伝ってくれるの? 番の人なのに」

「番だけじゃ、日当が多すぎる」


 ゲイリー様は、木箱をひとつ、片腕で持ち上げた。小夜さんが目を丸くして、隣の箱を指さした。


「じゃあ、それも。あと、それと、それも」

「……おい」


【コメント】ゲイリー、荷運びに転職

【コメント】日当が多すぎる、って理由

【コメント】三倍払う男が、もらいすぎを気にしてる

【コメント】それと、それも、で増えていくの草


 夕方には、棚は空になっていた。


 縄の束がひとつだけ、帳場の脇に残っていた。鈴村さんに頼まれている分だという。

 小夜さんは、店の真ん中に立って、何もない棚を見回した。それから、ほうきを手に取って、鼻歌まじりに床を掃きはじめた。


「……広いね、この店」

「ええ。次のお店は、もっと広いかもしれませんわね」

「次なんて、決めてないよ」

「では、お決まりになったら、お知らせくださいまし。最初のお客様の席も、わたくしがいただきますもの」


 小夜さんは、ほうきの手を止めて、吹き出した。


「最初も最後も取る気なんだ」

「お嬢様ですもの」


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