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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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154/172

第154話閑話 裏まで、読んでくれた人

☆ 露店の薬売り視点 ☆


 坂の上で、また白い光が上がったのは、昼過ぎだった。


 灯台の丘の石段の下からでも、音は聞こえた。わたしは、瓶を並べていた手を止めて、台の端に配信の窓を開いた。

 白くなった坂。店の三歩手前で途切れた、古い石畳。扉の前にしゃがんで、たわしを握っている雑貨屋の子。


 帳面を開いた。

 開いて、何も書けなかった。


   *


 次の日の夜、掲示板を読んだ。


512:名無しのエバー民

坂の下手の長屋の人ら、今日の昼過ぎに、撃たれたその場で戻ってきたって


513:名無しのエバー民

戻ってきて、何て言ってた


514:名無しのエバー民

「あの子の友達に、撃たれた」


515:名無しのエバー民

そりゃそうなる


516:名無しのエバー民

撃ったのはお嬢だろ

小夜ちゃん、こすってただけだぞ


517:名無しのエバー民

>>516

NPCから見たら、そこは同じなんだよ

あの子の店の前で、あの子の友達が、あの子のために撃った

で、撃った跡は、あの子の店の三歩手前まで真っ白


518:名無しのエバー民

で、今日から店の前に、熊の毛皮が座ってる


519:名無しのエバー民

ゲイリーな 用心棒らしい


520:名無しのエバー民

組は出ていけ、って書かれてた長屋と、同じ絵になってきた


521:名無しのエバー民

ゲイリーは善意だと思う

思うけど、外から見たら最悪だ


522:名無しのエバー民

評議会、明後日からだって あの子の件、議題に上がるんじゃね


523:名無しのエバー民

最初に通り道の話を書いたやつ、今どう思ってんだろうな


 わたしは、五二三番を、三回読んだ。


 返事は、ついていなかった。

 誰も、返事をつけなかった。それで、その一行は、すぐに次の書き込みの下に沈んでいった。


 三百十四番は、わたしだ。

 白くなった場所を並べて、全部が雑貨屋の子の通り道の上にある、と最初に書いたのは、わたしだった。


 名前は、出していない。知っているのは、わたしだけだ。

 場所が重なっている、というだけです。誰かを疑っているわけではありません。わたしは、そう書いた。書いたことは、本当だった。


 本当のことを並べただけで、こうなった。


   *


 翌朝、坂を上った。


 店を出す前に、台も瓶も置いたまま、背負子だけで上った。坂の下手の通りは、店の三歩手前まで、白かった。白い壁の長屋の窓は、どこも布が引かれていた。

 日向雑貨店の扉は、きれいになっていた。


 ほとんど、きれいになっていた。

 近くまで行くと、板の木目の奥に、一画だけ、黒い線が残っているのが見えた。遠くからでは、たぶん見えない。


 店の前の石の脇に、熊の毛皮が座っていた。

 腕を組んで、目を閉じていた。眠っているように見えた。わたしが近づくと、片目だけが開いた。


 わたしは、立ち止まった。

 毛皮の人は、わたしの顔を見て、背負子を見て、それから、片目を閉じた。


 通っていい、ということらしかった。


 扉を押すと、小さな鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 帳場の中から、声がした。

 雑貨屋の子は、わたしを見て、少しだけ目を丸くした。それから、笑った。上手な笑い方ではなかった。


「……ひさしぶり。薬屋さん」


 棚は、半分空いていた。

 空いていない方の半分に、見慣れない木箱がひとつあった。上の封がついていた。


 わたしは、縄をひと巻きと、携帯食を一つ、帳場に置いた。

 雑貨屋の子は、それを包みながら、言った。


「帰ってきてから、お客さん、初めて」


 わたしは、何か言おうとした。

 喉の奥で、声が消えた。いつものことだ。口が、言葉の形に開いただけで、何も出てこなかった。


 ごめんなさい、と言おうとしたのだと思う。

 言えなかった。言えなかったことに、少しだけ、ほっとしていた。それが、いちばん嫌だった。


   *


 包みを受け取ってから、帳場の脇の値札の束に、目が行った。


 わたしは、帳面から一枚破いて、ペンを出した。


 ――縄、ありがとう。また来ます。


 裏には、何も書かなかった。いつもなら、裏に全部書く。今日は、書けることがなかった。

 それだけ書いて、帳場に置いた。

 雑貨屋の子は、紙を手に取って、表を読んだ。


 それから、ひっくり返した。裏は、白かった。

 白いのを確かめてから、もう一度、表に戻して、笑った。今度は、さっきより、少しだけ上手だった。


 裏まで、読もうとしてくれた。


「字、やっぱり、きれいだね」


 わたしは、頭を下げて、店を出た。


 熊の毛皮の人は、もう目を閉じていた。

 坂を下りながら、帳面を開いた。今日の頁に、書く。


 ――雑貨屋の子。帰ってきてから、お客さん、初めて、と言った。

 ――扉の一画目。近くでしか見えない。


 それから、もう一行、書こうとして、やめた。

 書いたことは、消さない。だから、書けないことは、書かない。


 坂の下手で、誰かが、戸を閉める音がした。


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