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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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153/172

第153話お店の番は、お任せいたしますわ

 日が傾いてから、蛍光の光の線が、坂の上に降りてきた。


 光の足場が、ひとつ、またひとつ、宙で灯って消えた。最後の一枚を蹴って、スタロ様が、店の前の石畳に着地した。

 東の方角からだった。


【コメント】スタロ

【コメント】今ごろ

【コメント】東から帰ってきた

【コメント】爆発、気づいてなかったのか

【コメント】聞き込みに夢中だったんだろ


 スタロ様は、着地したまま、しばらく動かなかった。


 白くなった坂を見ていた。店の三歩手前から下が、継ぎ目のない白に変わった通りを。それから、扉を見た。半分ほど薄くなった墨の字と、その前にしゃがんでいる小夜さんの背中を。

 最後に、わたくしを見た。


 兜の奥で、何か言うのかと思った。

 何も、おっしゃらなかった。


 スタロ様は、桶の脇に置いてあった、もうひとつのたわしを拾った。小夜さんの隣に、片膝をついた。


「……やる」

「うん」


 小夜さんは、手を止めずに言った。


「そっち、お願い。下の方」


 スタロ様は、頷いて、扉の下の方の、小さな字をこすりはじめた。


【コメント】断らなかった

【コメント】朝は断ったのに


 たわしの音が、二つになった。


 わたくしは、日傘を差して、二人の背中を見ていた。

 しばらくして、スタロ様が、手を動かしたまま言った。


「東の長屋で、手紙の宛名を知ってる人がいた」


 小夜さんが、ちらりと横を見た。


「昔、そう呼ばれてた爺さんがいたって。……ずいぶん前に、いなくなったらしい。どこへ行ったかは、誰も知らない」

「手紙の人?」

「たぶん」


 それだけ言って、スタロ様は、また字をこすった。


【コメント】手紙の宛先

【コメント】手がかり、あったのか

【コメント】でも、いなくなってる

【コメント】下町で、誰も居場所を知らない爺さん


 日が沈むころ、扉の字は、ほとんど見えなくなっていた。

 ただ、「出ていけ」の一画目だけが、板の木目の奥に、薄く、黒く残っていた。


   *


 翌日の昼前、熊の毛皮が、坂を上ってきた。


 ゲイリー様は、白い石畳を上ってきて、店の三歩手前の、白と古い石の境目で一度立ち止まり、それから、店の前まで来た。

 扉を見た。一画目の、薄い跡を。


「……おい」

「いらっしゃいませ」


 帳場の中から、小夜さんが言った。いつもの声に、少しだけ近かった。


「客じゃねえ」


 ゲイリー様は、帳場の小夜さんを見て、すぐに目を逸らした。それから、頭をがりがりと掻いた。


「下町にゃ、碌な札が残ってねえ。安いのを三枚狩ったら、それで終わりだ。……で、暇になった」

「うん」

「だから」


 ゲイリー様は、坂の下の方を、顎でしゃくった。


「店の番、いらねえか」


【コメント】は

【コメント】ゲイリー

【コメント】用心棒の申し出

【コメント】暇だからって言い方

【コメント】絶対、暇だからじゃない


 小夜さんは、帳場の上で、手を止めた。


「……うち、お客さん、来ないよ」

「来ねえから、要るんだろ」


 小夜さんは、何か言い返そうとして、口を閉じた。


「まあ」


 わたくしは、帳場の脇から、一歩出た。


「お店に、用心棒の方。素敵ですわ。……お代は、わたくしがお出しいたしますわね」

「……あんたが?」

「ええ。わたくし、このところ、少々、懐が温こうございますの」


【コメント】お嬢が雇い主

【コメント】懐が温かい理由、だいたいゲイリーの取り分

【コメント】上で吹っ飛ばした賞金首の分な

【コメント】ゲイリーの稼ぎを横取りした金で、ゲイリーを雇う


 ゲイリー様は、わたくしの顔を、長いこと見ていた。

 それから、深く息を吐いた。


「……日当は、相場でいい」

「よろしいのですか」

「三倍払うのは、俺の方の決まりだ。もらう方は、相場でいい」


 ゲイリー様は、店の前の、水を撒く石の脇に、どかりと腰を下ろした。

 小夜さんが、帳場から、呆れた顔で見ていた。


「……勝手に決めないでよ」


 けれど、追い返しはしなかった。


【コメント】決まった

【コメント】小夜ちゃん、断る元気もない

【コメント】日向雑貨店、用心棒つき


   *


 ゲイリー様が座り込んで、ほどなくして、鈴村さんが、上の封のついた木箱をひとつ抱えて、白い坂を上ってきた。


「小夜さんのお店にも、お分けいたします。上の、茶葉と、乾いた果物です」

「……ありがとう」


 小夜さんは、木箱を受け取って、半分空いた棚を見た。


「置いても、誰も買いに来ないけど」


 鈴村さんは、店の前のゲイリー様と、白くなった坂とを見た。


「評議会は、明後日から始まります。最初の席は、下町の方々だけで。……お店のことは、どうか、ご無理をなさらないでください。続けるのも、閉めるのも、小夜さんがお決めになることですから」


 小夜さんは、木箱の蓋に、手を置いたまま黙っていた。


「船は、いつでも出ます」


 鈴村さんは、そう言い添えて、軽く頭を下げた。

 坂を下りていく紺の上着を、小夜さんは、見送らなかった。棚の、空いたところを見ていた。


 わたくしは、扉の一画目の、薄い黒い跡を見た。

 昨日より、少しだけ、薄くなっている気がした。


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