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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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15/96

第15話悪党の皆様へ、招待状を差し上げますわ

 締め切りを一本片付けて、私はタブレットを膝の上に載せた。


 昼下がりの部屋は静かだった。窓の外で、どこかの家の布団を叩く音がしている。机の上には、書き終えたばかりの原稿の控えと、冷めたコーヒー。今回は、渡り鳥が磁場を感じ取る仕組みについての記事だった。

 送信を終えると、指が自然に配信サイトを開いていた。最近は、それが癖になっている。


 登録者、三百十二人。

 一回目の配信のあと、一人だった数字だ。


 見るたびに少しだけ胸が温かくなる。けれど今日は、その下に並んだ数字の方が気になった。

 三回目、四回目の配信の同時視聴。どちらも百五十前後で、ぴたりと止まっている。


 アーカイブのコメント欄を、下から遡っていく。


【コメント】今日は爆発なしか

【コメント】小夜ちゃんとの掛け合いは好き

【コメント】事件待ちの時間が長い

【コメント】歩いてるだけの回もそれはそれで

【コメント】次は何棟ですか


 責めるような書き込みは、ひとつもなかった。

 でも、私にも分かっていた。


 一回目は、自分で探しに行った。

 二回目は、鈴村さんが依頼をくれた。

 三回目は、雑貨屋で茶葉を買っただけだった。四回目は、小夜さんに同行した先で、たまたま事件に出会った。


 四回目の翌朝の炭の仕入れは、配信をせずに行った。

 大黒屋さんの倉庫は、元通りに建っていた。大黒屋さんは私の顔を見るなり、黙って炭俵を二つ、小夜さんの背負子に括りつけてくれた。お代は、いらないと言われた。受け取ってもらえるまで粘ろうとしたら、小夜さんに腕を引かれて、そのまま工業区を出た。


 どれも、運がよかっただけだ。

 鈴村さんのような人が、毎回屋台の前で待っていてくれるわけじゃない。小夜さんの仕入れ先で、毎回誰かが強盗をしているわけでもない。事件が起きなければ、私はただドレスを着て街を歩いているだけの人になる。見に来てくれた人たちに、何も見せられないまま。


 それは、嫌だった。


 私はタブレットを持ち直して、お気に入りの一番上のアーカイブを開いた。

 困ったときは、いつもここに戻ってくる。


 再生位置を少し飛ばす。確か、このあたりだった。


『――次のご相談。好きな人がいるけど、自分から話しかける勇気がない。向こうから声をかけてくれるのを、ずっと待ってます。……はいはい、なるほどね』


 万里花様は、紅茶のカップを置いて、少しだけ身を乗り出した。


『よろしくて? 追いかけないことと、何もしないことは、違いますのよ。お嬢様は追いかけない。けれど、お招きはするの。来ていただきたいお相手がいるなら、ちゃんと招待状をお出しなさいな。お茶会でも、夜会でも』


 それから、いつものように肩の力を抜いて笑った。


『……って言うと格好いいけど、要するに、飲み会の幹事やれってこと。自分で場を作っちゃえば、向こうから来るしかないでしょ。待ってるだけの人のとこには、誰も来ないよ』


 私は、再生を止めた。


 招待状。


 何度も見た動画のはずなのに、今日初めて聞いたような気がした。

 追いかけない。でも、招く。

 事件が来るのを待つのではなく、事件の方から来ていただけるように、場を用意する。


 悪い人たちを、お招きすればいい。


 指が、勝手にメモ帳を開いていた。

 白い画面の上に、文面を打ち込んでいく。書き出しは、何度も書き直した。記事の見出しを考えるときと同じだ。一行目で、読む人の手を止めさせなければならない。

 丁寧に。でも、読んだ人が素通りできないように。


 二十分かけて、ようやく形になった。


 読み返して、私はひとりで頷いた。

 悪くない。いや、たぶん、今まで書いたどの見出しよりもいい。


 窓の外の布団を叩く音は、いつの間にか止んでいた。

 私は時計を見て、それから、枕元のヘッドギアに手を伸ばした。


   *


 東の歓楽街は、夕暮れから目を覚ます街だった。


 通りの両側に、提灯と色硝子の灯りが延々と連なっている。酒場の呼び込み、賭場の太鼓、どこかの二階から降ってくる三味線の音。昼間は閉じていた扉が次々に開き、酒と香の匂いが通りに溢れ出していた。

 悪党出没マップの印は、ここに五つ。市場通りより多い。


 わたくしは、通りの入口で配信を始めた。


「ごきげんよう、皆様。九条院瑠璃華ですわ。今宵は、皆様にお知らせがございますの」


【コメント】お知らせ?

【コメント】歓楽街だ

【コメント】治安最悪エリアに自分から来てる

【コメント】今日は何を消すんですか


 同時視聴、百四十八。

 今夜は、この数字をもっと大きくしてみせる。


 歓楽街の真ん中あたりに、瓦版屋が店を出していた。

 町の噂や出来事を刷って売る店だ。店先の板壁には、刷り上がったばかりの瓦版が何枚も貼り出されていて、仕事帰りの人たちが足を止めて読んでいる。賭場の番付、どこそこの酒場の喧嘩、行方知れずの猫。

 ここに貼れば、今夜のうちに歓楽街じゅうに届く。


 わたくしは、店番の老人の前に立った。


「ごめんくださいまし。こちらを、一枚刷っていただけるかしら。できるだけ大きく。それから、今夜のうちに、この街の目立つところに貼っていただきたいの」


 差し出した紙を、老人は眼鏡をずらして受け取った。

 最初の一行で、老人の手が止まった。


 ――悪党の皆様へ。


 老人が、わたくしの顔を見上げた。

 わたくしは微笑んだ。


 老人は、ゆっくりと紙に目を戻した。

 読み進めるにつれて、眼鏡の奥の目が、少しずつ見開かれていく。


【コメント】何書いたんだ

【コメント】じいちゃんの顔

【コメント】読み上げてくれ

【コメント】嫌な予感しかしない


 わたくしは、老人の肩越しに、自分の書いた文面をもう一度眺めた。

 我ながら、よく書けていると思う。


  悪党の皆様へ


  今宵、九つの鐘の頃、東の歓楽街・噴水広場にて、

  九条院瑠璃華がお待ち申し上げております。


  腕に覚えのある方、懐の寂しい方、

  わたくしのことが気に入らない方、

  どなた様でもお気軽にお越しくださいませ。


  お茶のご用意もございます。


 老人は、紙をそっと台の上に置いた。

 それから、震える指で眼鏡をかけ直し、わたくしの方を見ずに言った。


「……刷り代は、三倍いただきます」

「まあ。お安いものですわ」


 わたくしは、先日いただいた投げ銭の中から、言われた額をそのまま払った。


 刷り上がりは早かった。

 墨の匂いがまだ残る大判の一枚が、瓦版屋の板壁のいちばん目立つところに貼り出される。老人の孫らしき少年が、残りの束を抱えて通りへ駆け出していった。


 足を止める人が、すぐに増えはじめた。

 酔った職人が最初の一行を声に出して読み、腹を抱えて笑った。その隣で、頬に傷のある大男が黙って最後まで読み、貼り紙の端を一枚ちぎって懐にしまった。着飾った女の人が二人、顔を見合わせて早足で去っていく。子どもがひとり、「お茶のご用意もございます」のところだけを、何度も繰り返して読み上げていた。


【コメント】大男、持って帰ったぞ

【コメント】来る気満々じゃん

【コメント】ガキが一番楽しそう

【コメント】これ悪党以外も来るだろ絶対

【コメント】古着屋の二階です 行きます。今度こそ離れて見ます

【コメント】三階です 同じく


 わたくしは、貼り紙の前にできた人垣を、満足して眺めた。

 読んでくださっている。こんなにも大勢の方が。


 背後で、瓦版屋の老人が、誰にともなく呟いた。


「……今夜は、早めに店を閉めるか」


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