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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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14/92

第14話あなたって、相当に自己中よね?

 帰り道の背負子は、行きと同じく空っぽだった。


 大黒屋さんは、あれからしばらくして、ようやく椅子から立ち上がった。

 額の炭の粉を袖で拭い、倉庫の跡地をぐるりと見回し、それからわたくしたちの方を向いて、ひとことだけ言った。


「……明日、また来てくれ」


 それが炭のことなのか、それ以外の何かのことなのかは、分からなかった。

 小夜さんは深々と頭を下げて、わたくしの腕を掴んで、路地を引き返しはじめた。


【コメント】大黒屋さん強い

【コメント】「明日、また来てくれ」の重み

【コメント】建物も炭も明日には戻るしな

【コメント】戻るからって許されるわけじゃないんだよ

【コメント】それ毎回誰か言ってる


 運河沿いの道に出るまで、小夜さんはほとんど喋らなかった。


 工業区の路地は、来たときとは様子が違っていた。

 工場の戸口という戸口から、職人たちが顔を出している。煤けた前掛けのまま、腕を組んで、あるいは金槌を握ったまま、わたくしたちが通り過ぎるのを黙って見送っていた。誰も、道を塞ごうとはしなかった。むしろ、わたくしが近づくと、戸口の奥へ半歩ずつ引っ込んでいく。

 ある工場の前では、若い職人が板切れに何かを殴り書きして、門柱に釘で打ちつけているところだった。わたくしと目が合うと、その職人は金槌を取り落とした。


 板切れには、こう書いてあった。

 ――日傘の女、立入禁止。


「まあ」


 わたくしは足を止めて、その板切れを眺めた。


「日傘の方というのは、そんなにご迷惑をおかけするものなのかしら」

「……行くよ」


 小夜さんが、わたくしの腕を掴む手に力を込めた。


【コメント】出禁になってて草

【コメント】名指しされてないのに自分のことだと思ってない

【コメント】工業区にも手配書(手書き)が

【コメント】賞金首にはならないのに出禁にはなる


 鉄の橋に差しかかったところで、小夜さんはようやく足を止めた。欄干に両手をついて、煤けた運河の水面を見下ろす。


「……ねえ、瑠璃華」

「なんですの」

「わたし、今日、何しに来たんだっけ」

「炭の仕入れですわ」

「炭は?」

「明日ですわ」

「そうだね。明日だね」


 小夜さんは、欄干に額をこつんと当てた。

 しばらくそのままの姿勢でいてから、顔だけこちらへ向けた。


「あのさ。前から思ってたんだけど、っていうか、会ってまだ二日なんだけど」

「ええ」

「あなたって、相当に自己中よね?」


 わたくしは、日傘の柄を握ったまま、瞬きをした。


「そんなわけありませんわ!」


 思わず、声が大きくなった。


「わたくしほど、慈愛と協調性に長けたプレイヤーはおりませんことよ!」


【コメント】慈愛

【コメント】協調性

【コメント】今日一番笑った

【コメント】即答で否定してるの草

【コメント】一ミリも動揺してない

【コメント】古着屋の二階です 異議あり

【コメント】三階です 異議あり


 小夜さんは、欄干に額をつけたまま、肩を震わせた。

 怒っているのかと思った。違った。笑っていた。声を殺して、ひとりで。


「……慈愛」

「ええ」

「協調性」

「ええ。今日も、小夜さんのお仕事に同行して差し上げましたでしょう? 大黒屋さんも、ちゃんとお守りしましたわ」

「うん。そうだね。お守りしたね。大黒屋さんだけね」


 小夜さんは、ようやく顔を上げた。

 目の端に、涙が滲んでいた。笑いすぎたらしい。


「分かった。もういいや。あなたがそう思ってるなら、それでいいよ」

「当然ですわ」

「自覚ないのが一番すごいよね、ほんと」


 小夜さんは、背負子を揺すり上げて歩き出した。

 今度は、最初から半分の歩幅で。


 橋を渡りきり、倉庫街を抜けると、港に出た。

 昼前の海が、きらきらと光っていた。潮の匂いが戻ってくる。行きに通ったときは、まだ朝靄が低く垂れこめていて、沖の方までは見えなかった。


 今は、よく見えた。


 海の上の、ずっと高いところ。

 雲の少し下に、島が浮かんでいた。


 ひとつではない。大きな島と小さな島が、いくつも連なるように空に浮かんでいる。どの島の縁からも、白い筋のようなものが細く垂れて、途中で霧になって消えていた。滝だ、と気づくまでに少しかかった。島の上には尖塔がいくつも立ち並び、陽の光を受けて、白く輝いていた。尖塔の窓という窓には、昼だというのに、青白い光が灯っていた。

 島と島のあいだを、帆を張った小さな船が、ゆっくりと渡っていくのが見えた。空の上を。


 わたくしは、足を止めていた。

 半年、この街で暮らしてきた。拠点の窓から見えるのは、港と、工業区の煙ばかりだった。坂の上からでは、屋根に遮られて、あそこまでは見えない。


【コメント】浮島だ

【コメント】上の区画か

【コメント】あそこ行ったことある奴いる?

【コメント】ない

【コメント】どうやって行くのかも知らん

【コメント】晴れた日だけ見えるんだよな、あれ


 小夜さんも、隣で足を止めていた。

 空を見上げている。手が、襟元のあたりに添えられていた。


 襟の合わせ目から、細い鎖が覗いていた。

 その先に、小さな飾りがひとつ。陽の光で、ほんの一瞬だけ、きらりと光った。小夜さんの指が、それを包むように握っている。


「おばあちゃんがね」


 小夜さんが、ぽつりと言った。


「あそこに行ってみたいって、ずっと言ってたんだ。晴れた日に店先から見えると、手を止めて、いつまでも眺めてた。……結局、一回も行かなかったけど」

「その首飾りは」

「うん。おばあちゃんの。形見なの」


 小夜さんは、それだけ言って、首飾りを襟の中へしまった。

 それ以上は、何も言わなかった。わたくしも、何も聞かなかった。


【コメント】形見か

【コメント】いいな、そういうの

【コメント】あんまり深く聞かない方がよさそうな空気

【コメント】NPCの持ち物設定なんて大体そんなもんだろ


 海の上の島々は、何事もないように、ゆっくりと空を渡っていく。

 わたくしは、日傘を少しだけ傾けて、その光を見上げた。


「素敵な場所ですわね」

「うん」

「いつか、行ってごらんになったらよろしいのに」


 小夜さんは、少しだけ笑った。


「いつか、ね」


 それから、何かを振り払うように、ぱん、と自分の頬を両手で叩いた。


「さ、帰ろ。明日、また工業区まで行かなきゃいけないんだから。誰かさんのせいで」

「わたくしも、ご一緒いたしますわ」

「……来るの?」

「当然ですわ。明日こそ、炭を仕入れなくてはなりませんもの」

「今度は、大黒屋さんの建物ごと守ってね。人だけじゃなくて」

「善処いたしますわ」

「それ、もう信用しないって言ったよね」


 小夜さんは呆れたように言って、それから、ほんの少しだけ歩幅を広げた。

 わたくしは、三歩ぶん遅れて、その背中について行った。


 三歩ぶん遅れていれば、小夜さんはきっと、またどこかで振り返ってくれる。

 歩くのが遅くない? と、呆れた顔で。


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