第149話閑話 止まってたのは、いなかったから
☆ 考察配信視点 ☆
「はい、どうも。港の目利き、クマです。……同時視聴、三千と少し」
「しじみです。上でお嬢が暴れた分だけ、こっちの数字も増えるね」
「嫌な増え方だな」
薄暗い部屋に、机がひとつ。映像の窓が、今夜は四つ浮かんでいる。
くたびれた外套の中年男と、髪を短く刈った若い女。顔の前には、いつもの熊と蜆の札。
「お嬢たちは、明日の昼の便で、下に帰ってくるらしい。だから今夜は、帰ってくる前の下町の話だ。白い区画。……先に言っとくぞ」
「全部、憶測」
「しじみ」
「はいはい」
【コメント】待ってた
【コメント】三千
【コメント】白い倉庫の回の続き?
【コメント】上の話はしないの?
「上の話は、上にいる連中がいくらでもしてる。俺は、ずっと下にいた。下の話をする」
男が、窓のひとつを引き寄せた。
港の裏の路地。白い壁の炭問屋と、その向かいの、白い壁が一枚だけまじった古い板塀。
「お嬢が上に行ってから、下で新しく白くなった場所は、ひとつもない」
「ひとつも?」
「ひとつも。……壊れなかったわけじゃないぞ。三日前の夜、俺が撮った」
映像が進んだ。板塀の前に、目元に布を巻いた男が三人。手に、太い角材。
「壊せば白くなる、ってまだ信じてる連中だ。プレイヤーだぞ。板塀を半分ぶち抜いた。……で、次の日。普通に戻った。古い板塀のまま」
【コメント】壊し屋、まだいたのか
【コメント】プレイヤーが壊したのに白くならない
【コメント】お嬢が撃たないとダメってこと?
【コメント】お嬢が撃ったとこでも白くならないとこ、前からあっただろ
「白い倉庫の回で、場所だ、って話をしたな」
「たぶんな、って言ってたやつ」
「たぶんな。……だが、場所だけが条件なら、この何日かで止まる理由がない。場所は、どこにも行ってない」
男は、机を指で、とん、と叩いた。
「止まったってことは、何かが、下にいなかったってことだ」
【コメント】お嬢だろ
【コメント】お嬢とあの子、一緒に上にいたから、どっちか分からん
「お嬢か。お嬢と一緒に上に行った誰かか。まだ誰も名前を挙げてない何かか。……俺は、三つ目を捨ててない」
*
「で、上のスレ」
女が、二つ目の窓を引き寄せた。白い文字の箇条書きが、四行。
「読むね。夜の桟橋で、組の男が落とした紙を、雑貨屋の子が拾って渡してた。下の出張所の金が昼の便で上がる時刻に、桟橋にいた。上の組がいっせいに動いた昼、役所の扉の前でずっと待ってた。今日の昼、吹っ飛ばされた組が戻る時刻に、また桟橋にいた」
【コメント】揃いすぎだろ
【コメント】帰りの便を待ってただけだろ
【コメント】便の時刻に、毎回、何か起きてるんだよ
【コメント】あの子が待ってる時刻に
【コメント】で、白いのが止まってた間、あの子は上
【コメント】おっさん、どう思う
「どうも思わん」
男は、腕を組んだ。
「場所に条件がある。そこまでは、見て確かめた。その条件が人だってのは、俺は確かめてない。確かめてないことに人の名前をつけて流すのは、俺の仕事じゃない」
「でも、一覧はわたしが読んじゃった」
「読むのは構わん。掲示板に書いてあることだ。……読んだ奴が、そこから先を勝手に足さなきゃいい」
【コメント】おっさん、逃げた
【コメント】逃げてない、止めたんだよ
【コメント】足すなって言われても、みんな足すだろ
【コメント】もう足されてるよ、上のスレで
「それより、こっちだ」
三つ目の窓には、切り抜きが三枚並んでいた。両替所の向かいの屋根。港の鐘楼。崩れ残った宿屋の屋根。どれにも、黒い外套の人影がひとつ。
「上の組が、全部の島で同じ時刻に動いた。前なら、こういうとき、どこかの屋根に必ずこいつが立ってた。……今回、一度も出てない」
「言われてみれば」
【コメント】ほんとだ
【コメント】見に来る必要がなかったんじゃね
【コメント】現場に、あの子がいたから
【コメント】おい
「繋げるな」
男の声が、少しだけ低くなった。
「出てない、ってことが分かってるだけだ。なんで出てないのかは、誰も知らん」
*
【コメント】話変わるけど
【コメント】金ピカがお嬢に渡した、百八番の指輪
【コメント】あのとき、百から上は呪いの品って書いてた奴いたよな
「……ああ。あれ書いたの、俺だ」
「え、クマさんだったの」
「たまたま見てた。よその地方の話を追ってる最中でな」
男が、四つ目の窓を開いた。中身は文字だけだった。よその地方の掲示板の、短い書き込みがいくつか。
「向こうで、番号のついた装備を手に入れた奴がいる。七十七番。運が良くなる、って話だ。急所に入る回数が増えた、って報告はある。……それだけだ。本人は何も言わん。周りが騒いでるだけ」
「それだけ?」
「それだけ。向こうじゃ、こういう番号つきの装備を、まとめてナンバーズって呼んでる」
【コメント】ナンバーズ
【コメント】まとめ班が言ってたやつだ
【コメント】運が良くなる、ってふわっとしてんな
【コメント】七十七だから縁起がいいってだけでは
「百から上の方は、ひとつだけ顛末を聞いた。百四番。つければ、達人みたいに避けられるようになる代物だったらしい」
「強いじゃん」
「つけた途端、目に見えるもの全部が、ゆっくりになった。自分の手もだ。剣を一回振るのに、日が暮れる」
「うわ」
「アカウントごと壊れた、ってのは尾ひれだ。そいつはログアウトして、友達に来てもらって、自分の手を装備のところまで持っていってもらって、外した。……それでも、二度とつけない、とさ」
【コメント】友達に手持ってってもらうの、想像したら笑う
【コメント】笑えねえよ
【コメント】じゃあ百八番は?
【コメント】お嬢、自分ごと吹っ飛んでただろ
【コメント】あれが呪い?
「あれが呪いなのか、あの指輪のふつうの使い方なのかも、分からん。金ピカは、自分も巻き込むなんて一言も言ってなかったしな」
「金ピカの胸甲も、番号ついてたりして」
「……言わん」
「知ってるの?」
「知らんから、言わん」
【コメント】知らんから言わん
【コメント】決め台詞が増えた
【コメント】ナンバーズ、か
*
「最後。しじみ、行ってきたんだろ」
「行ってきた。今朝。坂の上の、雑貨屋」
女が、最後の窓を引き寄せた。
閉じた店の扉が、映っていた。板いっぱいに、墨の字。
「『出ていけ』って。値札の板にも、店の前の石にも書いてある。何日も前から、このまま」
「プレイヤーが書いたなら、次の日には消えてる」
「だから、書いたのはNPCだと思う。……組の長屋のときと、同じ」
【コメント】は?
【コメント】誰があんなこと
【コメント】あのときは、スタロがたわしで消すまで残ってた
【コメント】そのスタロも、上だ
【コメント】帰ってきたら、たぶん真っ先にこすりに行くぞ、あいつ
【コメント】書いた奴らには、何の罰もないのか
【コメント】罰って言えば、上の役所で、決まりができたって
【コメント】ひとつの過ちに、二度の罰は与えない
【コメント】牢の十二人、それで守られるんだろ
【コメント】折り目の袖の子も、あの中だ
【コメント】金ピカの前に戻ってたら、それっきりだった
【コメント】牢なら、いつか生きて出てこられる
【コメント】あの子の方には、何の罰も出てないのにな
男は、しばらく黙って、その扉の窓を見ていた。
「――はい。今夜はここまで」
「憶測、信じるな」
「しじみ。それは、俺の台詞だ」
窓が、ひとつずつ閉じていった。
最後まで残ったのは、扉の字の窓だった。




