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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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148/172

第148話保証人の方が、お帰りになりますもの

 朝の桟橋で、スタロ様が、白髪まじりの運転士の方から、封書を一通受け取っていた。


 わたくしと小夜さんが待合所に着いたときには、話はもう済んでいたらしい。運転士の方は、帽子をかぶり直して、自分の艇の方へ歩いていくところだった。

 スタロ様は、桟橋の端に立ったまま、手の中の封書を見下ろしていた。


【コメント】おはよう

【コメント】出発の日

【コメント】スタロ、何かもらってる

【コメント】昨日の、渡してほしいもの?

【コメント】手紙か


 わたくしは、日傘を差して、スタロ様のそばまで歩いていった。


「おはようございます、スタロ様。お手紙ですの?」

「……ああ」


 スタロ様は、封書を少しだけ傾けて見せた。

 古い紙だった。角が、何度も手でこすられたように丸くなっている。表には、宛名がひとつだけ書いてあった。所は、どこにも書いていなかった。


「宛名だけで、届きますの?」

「届かないから、俺に頼んだんだと」


 スタロ様は、封書を、装甲の胸の内側にしまった。


「昔、あのおっさんが世話になった人らしい。何年も前に、下町のどこかに引っ込んだって聞いたきりで、どこに住んでるのかは知らないって」

「まあ。下町にいらっしゃるのに、どなたもご存じないのかしら」

「さあな。……探す」


 それだけ言って、スタロ様は、桟橋の端に腰を下ろした。

 昨夜と同じ場所だった。けれど今朝は、両足を、雲の上には投げ出していなかった。


【コメント】宛名だけの手紙

【コメント】下町のどこかに引っ込んだ人

【コメント】スタロ、探す気だ

【コメント】人探しは得意そう

【コメント】下町の人、スタロにはなんでも話すしな


   *


 昼の鐘が鳴った。


 桟橋の脇の、ひとかじり欠けていた白い石の縁が、ゆらりと歪んだ。

 欠けた石の縁と一緒に、鉄の帯を巻いた木箱が、三つ。昨日、横取りしようとした方々と一緒にわたくしがお片付けした箱が、桟橋の板の上に、ごとりごとりと戻ってきた。

 待ち構えていた紺の制服の方々が、すぐに駆け寄った。蓋を確かめて、頷き合う。


【コメント】戻った

【コメント】金の配達、一日遅れで到着

【コメント】だから配達って言うな

【コメント】これで銀行、開くんだろ

【コメント】決まった額まで、な


 紺の制服の方の一人が、待合所の前で声を張り上げた。


「本店は、本日、これより払い戻しを再開いたします! お一人さま一日あたり、決まった額まで! 銀行の島行きの艇は、こちらから!」


 待合所に詰めていた方々の半分が、いっせいに立ち上がった。

 残りの半分は、下町行きの便を待つ方々だった。その中の何人かが、窓際の長椅子の小夜さんの方を、ちらちらと見ていた。


「……また、あの子だ」

「金が戻る時刻に、また桟橋に」

「帰るだけでしょう、今日は」


 小夜さんは、膝の上で背負子の紐を握ったまま、窓の外の連絡艇を見ていた。


 役所の島から戻った鈴村さんが、白い札を懐に、待合所の長椅子の端に腰かけていた。


   *


 熊の毛皮が、待合所の戸口に現れたのは、そのすぐあとだった。


 ゲイリー様は、肩に何も担いでいなかった。懐から、手配書の束が、少しはみ出していた。

 ゲイリー様は、まっすぐ鈴村さんの前まで歩いてきて、足を止めた。


「代表。世話になった」

「いえ、こちらこそ」

「俺は、上で頑張る」


 ゲイリー様は、懐の手配書の束を、ばしんと叩いた。


「上は、手配書の額が違う。昨日で、二つ取れた。下に戻ったら、また安い札しかねえ。……だから、残る。嬢ちゃんたちは、気をつけて帰れ」


【コメント】ゲイリー、残るのか

【コメント】手配書の額が違う

【コメント】上で稼ぐ気だ

【コメント】ちょっと寂しいな

【コメント】見送る側の顔してる


 鈴村さんは、少しのあいだ、ゲイリー様の顔を見ていた。

 それから、いつもの穏やかな声で言った。


「ゲイリー様。上でのゲイリー様の保証人は、私でございます」

「……おう。だから、礼を」

「乗り場の審査のとき、係の方が、保証人は同行者の行いにも責を負う、と。……私が下へ戻りますと、ゲイリー様は、同行者ではなくなります。上には、いられません」


 待合所が、しんとした。


「……は?」

「聞いてねえ」

「係の方が、はっきりと。ゲイリー様は、膜の向こうで、運賃の板をご覧になっておりましたが」


【コメント】wwww

【コメント】保証人が帰ったら、いられない

【コメント】そりゃそうだ

【コメント】審査のとき、運賃の板見てて聞いてなかった

【コメント】一貫してる

【コメント】「俺は、上で頑張る」返して


 ゲイリー様は、懐の手配書の束を見下ろした。

 束の上で、昨日の受取の紙が二枚、ひらひらと揺れていた。


「……乗る」

「はい。お席は、ご用意してございます」


 鈴村さんが、連絡艇の方を手で示した。

 ゲイリー様は、手配書の束を懐に押し込みながら、のしのしと昇降口の方へ歩いていった。


 小夜さんが、窓際の長椅子で、背負子の紐を握ったまま、小さく吹き出した。

 上へ来てから、二度目の笑い方だった。


   *


 連絡艇の中は、思っていたより狭かった。


 窓際に小夜さん。その隣にわたくし。通路を挟んで、鈴村さんと、腕を組んで目を閉じたゲイリー様。いちばん後ろの席に、白い装甲が、窮屈そうに膝を折って座っていた。


「……スタロ様も、ご一緒ですのね」

「見張りだ」


【コメント】昨日言ってたやつ

【コメント】見張り(いちばん後ろの席)

【コメント】全員そろって帰る

【コメント】よかった


 昇降口が閉まる直前、ゲイリー様が身を乗り出して、白い街に向かって怒鳴った。


「いつか正面から乗り込んでやるからな! 覚悟してろよ!」


「ゲイリー様」


 鈴村さんが、穏やかに言った。


「そういうことを、大声でおっしゃらなければ、評判もじきに落ち着きましょう。そうすれば、保証人なしでも、正面から上がれるようになりますよ」


 ゲイリー様は、口を開けたまま、昇降口から首を引っ込めた。


【コメント】殴り込み予告にしか聞こえない

【コメント】正面からって、正規にって意味だよな?

【コメント】たぶん

【コメント】それを大声で言うから審査に通らないんだよ

【コメント】鈴村さん、正論しか言わない


 昇降口が閉まって、艇が、桟橋を離れた。

 窓の外で、白い石の街が、ゆっくりと上の方へ遠ざかっていった。硝子の塔。島から垂れる滝。役所の島の三本の塔。


 桟橋の端に、帽子を手にした運転士の方が立っていた。

 こちらに向かって、帽子を、一度だけ振った。


 いちばん後ろの席で、白い装甲が、胸の内側を、片手でそっと押さえていた。


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