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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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147/172

第147話下へは、ご一緒に参りますの?

 夜の桟橋は、昼の騒ぎが嘘のように静かだった。


 つながったばかりの先端に、連絡艇が横付けされたまま、白い腹を灯りに浮かべていた。衛兵の方々の張った縄は、もう外されている。待合所の硝子の向こうで、番の方が一人、帳面に何か書きつけていた。

 島と島のあいだの空には、星と、ネオンの色が、半分ずつ混じっていた。


【コメント】こんばんは

【コメント】夜の桟橋

【コメント】昼にあれだけあったのに、誰もいない

【コメント】お嬢、どこ行くの


 桟橋のいちばん端に、白い装甲が腰かけていた。

 両足を、雲の上に投げ出していた。装甲の光の線は、昼と同じように暗いままだった。


【コメント】スタロ

【コメント】ずっとここにいたのか

【コメント】配信、昼から切ってる

【コメント】寝ろって


 わたくしが板の上を歩いていくと、兜が、少しだけこちらへ動いた。

 それから、また雲の方へ戻った。


「……何か用か」

「ええ。小夜さんに、お伝えするよう言われましたの」


 わたくしは、スタロ様の隣に、日傘を閉じて立った。


「今日の午後、役所で、決まりがひとつできましたのよ。罰を受けた方には、同じ件で、重ねて罰を与えない。牢に入った方は、牢で償う」


 兜が、こちらを向いた。


「……十二人も、か」

「牢にいらっしゃる方は、皆様そうですわ」

「スターグリントが、出てくるのを待ってても、か」

「ええ。英雄の方であっても、ですって」


 スタロ様は、しばらく、動かなかった。

 それから、兜が、ゆっくりと下を向いた。

 投げ出していた足を、片方、桟橋の上に引き上げた。膝に、腕を乗せた。


 長いこと、そのままだった。


【コメント】スタロ……

【コメント】ずっとそれ考えてたんだな

【コメント】決まりができたの、お嬢の一言からなのに

【コメント】本人、それ言ってない

【コメント】言わないんだ

【コメント】というか、たぶん自分の手柄だと思ってない


「……どこから、出てきたんだ。その決まり」

「尊敬するお方の、お言葉からですわ。……わたくしが、少しだけ、お伝えいたしましたけれど」


 兜が、こちらを向いた。

 何か言いかけて、やめた。昼の桟橋で、一度だけ振り返ったときと、同じ間だった。


 今度は、やめたままには、ならなかった。


「……ありがとな」


 わたくしは、首を傾げた。


「何のお礼ですの?」

「いい。分からなくていい」


 スタロ様は、膝の上の腕に、兜を乗せた。

 装甲の光の線が、ほんの少しだけ、明るくなった気がした。


【コメント】言えた

【コメント】昼は言えなかったやつ

【コメント】何のお礼ですの?(本気)

【コメント】分からなくていい、で済ませるスタロ、大人

【コメント】線、ちょっと明るくなった


   *


「それで、スタロ様」


 わたくしは、雲の向こうの、ずっと下の方を見た。下町の灯りは、ここからは見えなかった。


「明日のお昼の便で、わたくしたち、下へ戻りますの。小夜さんも、鈴村さんも。……スタロ様は、こちらにお残りになるのかしら」

「……残るつもりだった」


 スタロ様は、桟橋の向こうの、牢のある島の方を見た。


「牢の前に、俺が立ってるつもりで。……けど、決まりができたなら、俺がいなくてもいい」

「ええ」

「それに、下にも、直しきってないものがある。東の長屋も、北の長屋も。上に来てから、ずっと放ってある」


 兜が、少しだけ持ち上がった。


「帰る。明日の便で」


【コメント】帰るって

【コメント】よかった

【コメント】下にスタロいないの、正直不安だった

【コメント】長屋のこと、ずっと気にしてたんだな

【コメント】ヒーローが帰ってくる


「まあ。では、下へは、ご一緒に参りますのね」

「……お前が下に帰るなら、なおさらだ」

「まあ」

「俺がいなくても、お前は三十数えて撃つだろ」

「ええ。スタロ様がいらっしゃらなくても、お約束どおり、ちゃんとお待ちいたしますわ」

「それが困るんだよ」


【コメント】それな

【コメント】待ってから撃つから困る

【コメント】見張りに帰るヒーロー

【コメント】正直すぎる


   *


 板を踏む音がして、振り返った。


 待合所の方から、白髪まじりの方が、帽子を手にして歩いてきた。罷業の日に、空でスタロ様に受け止められた、あの運転士の方だった。昨日、わたくしたちを役所の島まで乗せてくださった方でもある。

 運転士の方は、スタロ様の顔、というより兜を、しばらく見ていた。


「……兄ちゃん。明日、下へ帰るのか」

「ああ」

「そうか」


 運転士の方は、帽子を指で回した。

 何か迷っているような回し方だった。


「明日の朝、出る前に、ちょっと寄ってくれ。……頼みたいことがある」

「頼み?」

「下町で隠居してる、昔の知り合いに、渡してほしいもんがある。それだけだ」


 それだけ言って、運転士の方は、帽子をかぶり直して、待合所の方へ戻っていった。


【コメント】おっさん

【コメント】罷業の日の

【コメント】昨日も、役所の島まで乗せてくれた人

【コメント】渡してほしいもの?

【コメント】何だろ


 スタロ様は、運転士の方の背中を、黙って見送っていた。

 それから、雲の方へ向き直って、また両足を投げ出した。


「お休みなさいまし、スタロ様」

「……もう少ししたら、寝る」


 わたくしは、日傘を開いて、桟橋を引き返した。

 背中で、光の足場を蹴る音はしなかった。


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