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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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143/172

第143話昨日の続きは、お叱りいたしませんの

 昼の鐘が、鳴った。


 上層でただ一度の鐘だった。島々の塔に、低く、長く、響いていった。

 桟橋の欠けた端の先が、ゆらりと歪んだ。


 白い石の板が、杭が、昨日の形のまま、雲の上へつながった。その先端に、連絡艇の白い腹が、横付けのまま戻っていた。

 そして、そのすぐ上の低い空に、五隻の艇があった。


 ばらばらの高さで、ばらばらの方角へ、傾いたまま浮いていた。昨日、昇っていく途中で、わたくしが空でまとめてお片付けした、その場所に。

 甲板の上で、組の方々が、ひとり、またひとりと身を起こしていく。頭を振る方。自分の手のひらを、確かめるように握って開く方。鉄の帯を巻いた木箱を、昨日のまま両腕に抱えている方。


【コメント】戻った

【コメント】ほんとに鐘で戻った

【コメント】箱も戻ってる

【コメント】いちばん低い艇、赤い袖

【コメント】折り目の子、いる

【コメント】母ちゃん、見てる


 縄の前で、灰色の上着の背中が、ほんの少しだけ前に出た。衛兵の方が、腕を伸ばして止めた。


 白い布の方が、顔を上げた。桟橋の上の、銀の胸甲を見下ろした。


「……スターグリントだ」

「戻るとこを、待ってやがった」


 甲板の上の声が、ひとつずつ、途切れていった。昨日まで桟橋の端だった所で、スターグリント様が、白い歯を見せていた。


「――飛べ! 舵を握れ!」


 五隻が、いっせいに舵を切った。近すぎた。艇と艇が、宙で腹をぶつけ合った。舵に手を伸ばした腕を、隣の艇から鳴った連射が弾いた。ぶつかった拍子に、鉄の帯の木箱がいくつか、艇の縁からこぼれて、桟橋の先端の板に落ちた。


「どけ! 昨日、先に手を出したのは、てめえらだろうが!」

「紙を寄越したのは、そっちだろうが!」


 逃げ道は、空にしかなかった。空へ出るには、隣の艇が邪魔だった。そして隣の艇には、昨日の「よその組」が乗っていた。

 どの艇も、離れかけては隣の艇に腹を押さえ込まれ、桟橋の先の上から動けずにいた。


【コメント】結局やり合うのか

【コメント】逃げたいのに、隣が昨日の相手

【コメント】紙の恨み、そのまま


 桟橋の上から、銀の胸甲が跳んだ。


「ハーッハッハッハ! 待っていたぞ、悪党ども!」


 同時に、桟橋の根もとから、光の足場の音が駆けていった。

 スタロ様は、光の足場を三つ蹴って、押し合う艇のいちばん手前に飛び込んで、白い布の方を一人、甲板から引きずり出していた。


「ささない!」


 スタロ様が、こちらを見ないまま、怒鳴った。


「今日は、ささない! 一人も、ささない! ……だから、撃たないでくれ! 頼む! 俺が全部、捕まえる!」


【コメント】ささない、って言った

【コメント】ささないって言ったら、待たない約束だろ

【コメント】撃たれるぞ!?

【コメント】分かってて頼んでる


 わたくしは、日傘を傾けた。


「ご安心なさいまし、スタロ様。こちらの方々は、昨日お叱りしましたので、今日はもうお叱りいたしませんわ」


 スタロ様の背中が、止まった。


「二度目の過ちには、二度目のお叱りを。けれど、ひとつの過ちに二度のお叱りは、互いのためになりませんわ。……尊敬するお方の、教えですの」


 昨日と同じ方々が、昨日と同じ相手と、昨日と同じ箱を奪い合っていた。


「あちらの方々は、昨日の続きをなさっているだけですもの。そういうわけですわ」


 スタロ様は、一度だけ、振り返った。

 何かおっしゃりかけて、やめた。それから、引きずり出した方を抱えて、桟橋へ降りていった。


【コメント】撃たない宣言

【コメント】マリカ様のやつ

【コメント】恋愛相談の名言を、組の抗争に

【コメント】昨日の続きだからセーフ判定

【コメント】判定、お嬢基準

【コメント】スタロ、身構え損


 一人を桟橋に押さえつけて、縄を巻いて、次の一人へ。艇と艇のあいだで鳴り続ける連射の火花の中を、白い影が、上へ、横へ、縫うように抜けていく。


 艇の向こう側では、銀の胸甲が拳を振るうたびに、そこだけが、ふっと静かになった。


 縄の前の女の方が、静かになった艇の方へ、顔を向けた。包みを抱いた腕に、力が入るのが分かった。いちばん低い艇ではなかった。女の方は、また、いちばん低い艇を探した。


【コメント】静かになるたびに、母ちゃん、見てる

【コメント】自分の子の艇じゃないか、確かめてる

【コメント】やめてくれ、これ

【コメント】……お嬢が撃ってたら、どうなってた?

【コメント】また全員吹っ飛んで、明日また鐘で戻って、明日また金ピカの前

【コメント】それ、毎日やるのか

【コメント】撃たなかったから、捕まえる時間ができたんだな

【コメント】お嬢は、たぶん、そういうつもりじゃない

【コメント】つもりじゃないのが、お嬢なんだよ


 隣で、手配書の束をめくる音がした。


「……わけ分かんねえ。けど、撃たねえなら、それでいい」


 ゲイリー様は、手配書の束を懐にねじ込んで、縄をくぐった。桟橋の先端すれすれに、いちばん低い艇が傾いて浮いていた。熊の毛皮が、助走をつけて跳び、舷べりに両手をかけて、よじ登っていった。


「三つ。俺の分だ。金ピカに、持ってかれてたまるか」


【コメント】ゲイリー、いちばん低い艇

【コメント】折り目の子の艇だ

【コメント】手配書の顔、あの艇に二つ乗ってる


   *


 桟橋の根もとで、別の動きがあった。


 待合所の脇の、荷物置き場の陰。便を待つ方々の中から、外套の三人が、すっと縄をくぐった。桟橋の先端の板に転がった、鉄の帯の木箱の方へ。

 三人は、木箱をひとつずつ担いだ。そのまま、桟橋を根もとの方へ戻って、脇につながれた小さな艇の方へ歩いていった。


 外套の頭巾が、ひとつ、風でめくれた。その頭の上に、赤い札が、ぽつりと灯っていた。


【コメント】おい

【コメント】箱、持ってかれてる

【コメント】頭の上、赤い札

【コメント】プレイヤーだ、賞金首

【コメント】どさくさで横取りする気だ

【コメント】スタロも、金ピカも、ゲイリーも、艇の方


 縄の内側で、若い衛兵の方が一人、光線の長銃を抱えたまま、艇の殴り合いに見入っていた。

 柔らかい目だった。


「お待ちする理由は、ございませんでしたものね」


 小さな艇の舷べりに、最初の木箱が載った。


 その目を、お借りした。


 ――桟橋の脇。小さな艇と、外套の三つの背中。鉄の帯の木箱。


 白。


 桟橋の脇の白い石が、ひとかじり、空へ抜けた。小さな艇も、外套の三人も、鉄の帯の木箱も。

 光の粒が、三つ、昇っていった。木箱の中にあったものが、ばらばらと、雲の下へ降っていった。


【コメント】横取り組、消えた

【コメント】金、また空に撒いた

【コメント】二日連続

【コメント】あの三人は、拠点で起きて舌打ちしてるだろ

【コメント】金も、明日の昼にまた戻ってくる

【コメント】金の配達、一日遅れ

【コメント】それを配達って言うな


 若い衛兵の方が、長銃を抱えたまま、ぽかんと口を開けていた。足もとの白い石の縁が、ちょうど、その方の爪先の手前で途切れていた。


 艇の上の殴り合いは、まだ続いていた。縄の前の女の方は、こちらを一度も振り返らなかった。


【コメント】母ちゃん、こっちの爆発、見てもいない

【コメント】それどころじゃないんだよ

【コメント】撃ったのは、新しく悪いことした三人だけ

【コメント】基準、通ってるのが一番こわい


 衛兵の方々の隊長らしい方が、縄の前で、硝子の板に向かって叫んでいた。


「下町行きの便は、本日、取りやめ! 桟橋は、調べが済むまで閉める! 繰り返す、本日の便は――」


 待合所の窓の内側で、小夜さんが、背負子の紐を、ゆっくりと腕から外した。


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