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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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139/171

第139話本日も、開かないそうですわ

 遠くで、低い音がした。


 ひとつではなかった。銀行の島の裏から。庭園の島の向こうから。市場の島の東の端から。島々のあちこちで、黒い煙が、まるで申し合わせたように、同時に立ちのぼっていった。


【コメント】は?

【コメント】よそも!?

【コメント】同じ時刻に

【コメント】昼の鐘、ここだけじゃなかった

【コメント】これ告知なしのイベント?


 わたくしは、日傘を傾けて、煙の柱を、ひとつずつ数えた。


「まあ。ほかにも、お茶会のご予定がございましたのね」


【コメント】やめろ

【コメント】二次会にするな

【コメント】行く気だこの人


 スタロ様は、もう、そこにいなかった。光の足場の音だけが、いちばん近い煙の方へ、遠ざかっていった。


「……鈴村さんのとこ、行く」


 小夜さんが、言った。首飾りを握ったまま、光の板の赤い一行から、目を離さずに。


「帰りの船、なくなったって。言わなきゃ」


 白髪まじりの運転士の方が、帽子を拾って、立ち上がった。

 列のいちばん端に、組の方々に見向きもされなかった、小さな古い艇が一隻、残っていた。


「……役所の島までなら、乗せてやる。まっすぐは飛べねえぞ。煙の中は、舵が利かねえ」

「わたくしも、同じ方角へ」

「だろうな」


 ゲイリー様が、縄でぐるぐる巻きにした銀の留め金の殿方を、肩に担いで乗り込んできた。


「役所の島の詰所に、こいつを突き出す。……一つは一つだ」


 担がれた殿方の頭の上に、賞金首の赤い札は出ていなかった。額が書いてあるのは、手配書の紙の中だけ。上の組の方だった。


【コメント】ゲイリー、捕虜ごと乗った

【コメント】一つは一つだ(切実)

【コメント】おっさん、また乗せてくれるのか

【コメント】罷業の日から、ずっとこの人の艇だな


   *


 艇の舵の脇に、手のひらほどの光の板がはめ込まれていた。運転士の方が指で弾くと、板が明るい音を鳴らした。


『――緊急中継です』


 美城アリア様の声は、ひどく落ち着いていた。


『本日正午、上層の各島で、犯罪組織どうしの衝突が同時に発生しています。目撃された方によりますと、どの組も「向こうが攻めてくると知らせがあった」と話していたとのことです。島をまたぐ移動は、お控えください』


 板の下の端を、細い字幕が、右から左へ流れていた。


 ――本日のオススメニュース 銀行の島の硝子の大金庫、本日も開きません


【コメント】アリア、今日は真面目

【コメント】緊急のときはちゃんとしてる

【コメント】下の字幕

【コメント】オススメニュース、止まってないw

【コメント】誰か止めろ

【コメント】大金庫、本日「も」


 艇は、煙の柱を避けて、大きく迂回していった。煙の下をくぐるように、倉庫の屋根すれすれの低さまで下りていく。

 眼下を、銀行の島の裏手が流れていく。白い倉庫の並ぶ細い路地。その奥に、硝子でできた丸い屋根が、昼の光を跳ね返していた。


 路地で、殴り合いが起きていた。

 黒い手袋の一団と、首に青い布を巻いた一団。路地の入口に、荷車が一台、横倒しになっていた。荷車引きの方が、その陰で頭を抱えていた。


「スタロ様が、いらっしゃいませんので」


 わたくしは、日傘を傾けた。


「三十秒、お待ちいたしますわ。……この艇が、あの路地の上を過ぎるくらいまで」


 運転士の方の手が、舵の上で固まった。

 それから、艇が、目に見えて遅くなった。


「おっさん、何してんだ」

「遅く飛びゃ、過ぎるまで時間がかかるだろうが」

「秒は秒だろ」


 ゲイリー様が言った。

 運転士の方は、何も言い返さなかった。艇は、のろのろと進み続けた。


【コメント】おっさん!

【コメント】速度落として時間稼ごうとしてる

【コメント】三十秒は三十秒なんよ

【コメント】ゲイリーの正論

【コメント】気持ちは分かる

【コメント】荷車の人、逃げて


 板の中では、アリア様が、市場の島の東の端の路地に立っていた。

 殴り合いの真っただ中に、硝子の目ごと、まっすぐ突っ込んでいく。


『え!? どちらの組の方ですか!? お名前は!?』

『あ、く、黒手袋の、ゴンゾウ……』

『ありがとうございます!』


 艇の中で、ゲイリー様が、手配書の束を引っ張り出した。


「……今、名乗ったな」


【コメント】名乗った

【コメント】名乗るなw

【コメント】アリアの勢いに負けた

【コメント】乱闘中に名前聞くな

【コメント】ゲイリー、手配書めくるの速い


 二十。

 荷車引きの方が、荷車の陰から這い出して、路地の外へ転がり出ていった。


 二十五。

 艇は、路地の上を、ちょうど過ぎるところだった。

 縄で巻かれた銀の留め金の殿方が、舷べりから身を乗り出して、眼下の殴り合いを見下ろしていた。


 二十九。


 柔らかい目だった。その目を、お借りした。


 ――白い倉庫の谷間。黒い手袋と、青い布。


 三十。


 白。


 路地が、空へ抜けた。

 倉庫の屋根が、二棟、三棟。爆風が、路地の奥の硝子の丸い屋根に届いて、網の目の罅が、てっぺんから縁まで、一息に走った。


 丸い屋根が、ぱかりと、二つに割れた。


【コメント】――

【コメント】路地ごと

【コメント】倉庫も

【コメント】金庫

【コメント】大金庫

【コメント】開いた

【コメント】開いたぞ!!

【コメント】本日も開きません(開いた)


 割れた屋根の下が、昼の光にさらされていた。

 磨き上げられた、広い床だった。何も、載っていなかった。


【コメント】空っぽ

【コメント】空っぽじゃん!

【コメント】だから下の金を引き上げてたのか

【コメント】銀行、ほんとに金なかった

【コメント】で、引き上げた金は、さっきお嬢が空で

【コメント】言うな

【コメント】字幕、まだ流れてる

【コメント】「本日も開きません」


 板の下の端を、細い字幕が、変わらずに流れていった。


 ――本日のオススメニュース 銀行の島の硝子の大金庫、本日も開きません


「まあ」


 わたくしは、割れた丸い屋根を見下ろした。


「開かないそうですわ」


【コメント】開いてるんだよ

【コメント】わざとか?

【コメント】わざとだろ

【コメント】わざとじゃない方に一票

【コメント】字幕だけ平和


 板の中で、アリア様が、空を見上げていた。


『――あっ! 上空に! 現場の映像に切り替えます! ChECk☆it☆OuT☆!』


 板いっぱいに、銀の胸甲が映った。

 スターグリント様が、市場の島の東の端の煙の中へ、一直線に降りていくところだった。


『ハーッハッハッハ! 市民諸君、もう大丈夫だ!』


 板の中で、石畳が網の目に割れた。そのあとのことは、煙で、よく見えなかった。


【コメント】金ピカ来た

【コメント】ここで決め台詞

【コメント】使いどころ、合ってる

【コメント】煙で見えないの、助かる

【コメント】金ピカのは、戻らないやつだからな


 縄の殿方は、まだ舷べりから身を乗り出したまま、自分の目で、空っぽの床を見下ろしていた。

 小夜さんは、板も、眼下も、見ていなかった。艇の行く手の、硝子の塔が三本並んだ島だけを、見ていた。


「……鈴村さん、まだ、扉の向こうだよね」


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