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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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140/171

第140話扉の前で、お待ちしておりましたの

 役所の島は、静かだった。


 三本の硝子の塔は、昼の光の中に、いつもどおり白く立っていた。

 ただ、どの窓辺にも、人が鈴なりになっていた。硝子に額を寄せて、島々の向こうの煙を、黙って眺めていた。


【コメント】役所の島、無事

【コメント】ここだけ平和

【コメント】窓に人が張りついてる

【コメント】見てるだけなの、上の人っぽい


 艇が桟橋に着くなり、小夜さんが飛び降りた。


 走っていった。桟橋から塔の入口へ、白い廊下へ、前掛けをはためかせて。灰色の制服の方々が、硝子の板を抱えたまま、驚いたように道をあけた。

 わたくしは、日傘を畳んで、その後ろを歩いていった。


「おい、詰所はどっちだ」


 ゲイリー様が、縄の殿方を肩に担いだまま、通りすがりの書記の方を呼び止めていた。


【コメント】ゲイリーは詰所へ

【コメント】一つは一つ


   *


 三本目の塔の、長い廊下の突き当たりに、その扉はあった。


 扉の上の小さな光が、赤く灯っていた。

 閉まっているあいだは、中の方は出入りできない。前に、そう伺った。


 小夜さんは、扉の前で立ち止まった。

 叩こうとして、手を上げて、下ろした。


「……赤だ」

「ええ。赤ですわね」

「まだ、終わってないんだ」


 小夜さんは、扉の脇の壁に、背中を預けた。そのまま、ずるずると座り込んだ。前掛けの膝を、両腕で抱える。

 わたくしは、その隣に立った。


【コメント】待つのか

【コメント】小夜ちゃん、座り込んだ

【コメント】鈴村さん、中で何も知らないんだよな

【コメント】外で島が燃えてるのに

【コメント】扉、分厚そう


 廊下の端の壁に、光の板がはめ込まれていた。音は消してあって、絵だけが流れていた。


 市場の島の東の端。煙の中から、白い装甲の影が、誰かを背負って出てくる。下ろして、また煙の中へ戻っていく。出てくる。下ろす。戻る。

 画面の下の字幕が、右から左へ流れていた。


 ――各島の衝突、収まりつつあり


【コメント】スタロ

【コメント】スタロ、ずっと運んでる

【コメント】ひとりで

【コメント】さっきの指さしたあとで、これ

【コメント】あいつは、そういうやつなんだよ


 灰色の制服の方々が、何人も、廊下を通っていった。

 誰もが、扉の前に座り込んだ前掛けの女の子を、ちらりと見た。それから、隣の日傘を見て、足を速めた。


 その中の二人が、廊下の角で、立ち止まった。


「……下町の代表の、付き添いの子だろう」

「ええ。……ニュースにも、大通りの板にも出ていた」

「騒ぎの最中に、ずっと、ここに?」


 一人が、硝子の板に、指で何かを書きつけた。


【コメント】書いた

【コメント】何書いたんだよ

【コメント】大通りの板って、告知屋のあれか

【コメント】上の役所まで回ってる

【コメント】騒ぎの最中に、ずっとここに、って

【コメント】保護者のとこに来てるだけだろ

【コメント】それでも書かれる


 小夜さんは、顔を上げなかった。

 聞こえていたのかどうかは、分からなかった。


 わたくしは、角の方々の方へ、日傘の先を、ほんの少しだけ向けた。

 お二人は、硝子の板を胸に抱えて、廊下の向こうへ消えていった。


【コメント】日傘、向けた

【コメント】向けただけ

【コメント】向けただけで散った

【コメント】大通りの角の件、上の役人も知ってるな


   *


 扉の上の光が、赤から、青に変わった。


 扉が開いた。


 鈴村さんが、出てきた。襟のついた紺の上着。片手に、書類の束。後ろに、灰色の制服の、背の高い女の方が続いていた。


「――小夜さん」


 小夜さんが、壁から背中を離して、立ち上がった。

 鈴村さんは、廊下の窓の向こうの煙を見た。それから、小夜さんを見た。小夜さんの方を、ずっと、長く見ていた。


「……何が、ございましたか」

「桟橋、なくなった」


 小夜さんは、鈴村さんの上着の袖を、掴んでいた。


「帰りの船、なくなっちゃった。……下に、帰れない」


 鈴村さんは、書類の束を、もう片方の腕に抱え直した。

 空いた手を、小夜さんの頭の上に、そっと置いて、すぐに離した。


「そうでしたか。……怖い思いを、なさいましたね」


 小夜さんの口もとが、少しだけ震えた。


「……うん」

「桟橋は、明日には戻ります。船も、きっと。それまで、もう少しだけ、こちらで」


 小夜さんは、袖を掴んだまま、こくりと頷いた。


【コメント】鈴村さん……

【コメント】頭に手、置いた

【コメント】小夜ちゃん、やっと泣きそうな顔できた

【コメント】この人の前だと、小夜ちゃん子どもに戻る

【コメント】串屋の旦那、ほんとに保護者


 背の高い女の方が、廊下の窓の前に立って、硝子の板を胸に抱えたまま、煙を見ていた。

 長いこと、見ていた。


「……どの組も、『向こうが攻めてくる』という知らせで動いた、と」


 女の方は、硝子の板に流れてくる文字を、目で追っていた。


「今日のようなことが、下町では、何度も起きていたのでしょうね」

「ええ。下町でも、同じでした」


 鈴村さんが、静かに答えた。


「組と組の間に、紙が一枚入るだけで。どなたも、悪いことをするつもりなど、なかったのに」


 女の方は、硝子の板に、目を落とした。


「下にも、上にも。……決まりが要りますね。争いを、話し合いで調えるための」

「私も、そう思います」


 女の方は、硝子の板を、胸に抱え直した。


「明日、続きを。以上です」


【コメント】決まりが要る

【コメント】上の役所が、そう言った

【コメント】鈴村さんの話、通ったってこと?

【コメント】今日の騒ぎが、背中押した感じ

【コメント】両替所のときの人だ

【コメント】出た、以上です


 女の方が、廊下の角を曲がっていった。

 角の向こうで、さっきの書記の方々と、二言、三言、言葉を交わす声がした。


 入れ違いに、熊の毛皮が、廊下の角から現れた。

 ゲイリー様は、肩が軽くなっていた。代わりに、指の間に、細長い紙を一枚挟んでいた。


「……取れた。一つ」

「おめでとうございます、ゲイリー様」


 鈴村さんが、先に頭を下げた。

 ゲイリー様は、紙をひらひらさせて、少しだけ口の端を上げた。それから、すぐに下げた。


「名乗ったゴンゾウの方は、金ピカに持ってかれたけどな。……板で見た」


【コメント】ゲイリー、一つ取れた

【コメント】おめでとう

【コメント】祝ったのが鈴村さんなの、ちょっといい

【コメント】ゴンゾウ、金ピカに……

【コメント】名乗ったばっかりに


 鈴村さんは、わたくしの方を向いた。


「九条院様も。小夜さんに、ついていてくださったのですね」

「ええ。同じ方角でしたもの」


 鈴村さんは、穏やかに笑った。


「ありがとうございます。……では、宿へ戻りましょうか」


 小夜さんは、鈴村さんの袖を、まだ離していなかった。

 廊下の角を、一度だけ振り返った。


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