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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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137/171

第137話お二組様が、まだでございますわね

 鈴村さんは、朝のうちに役所の島へ発った。


「今日も、扉の向こうで一日です。お昼は、向こうでいただきます」


 宿の戸口でそれだけ言って、襟を正して、浮遊艇の乗り場の方へ歩いていった。

 その背中が角を曲がるのを待って、小夜さんが、前掛けの紐を結び直した。


「わたし、桟橋、見てくる」

「お使いですの?」

「ううん。……下に帰る便、まだ出てるか、見るだけ」


【コメント】おはよう

【コメント】小夜ちゃん、今日はお使いじゃないのか

【コメント】帰る便の確認

【コメント】ゆうべも一人で見に行ってたよな

【コメント】あの切り抜きの件、お嬢は知らないんだっけ

【コメント】寝てたからな

【コメント】知らないほうがいい、たぶん


「では、わたくしも。たまたま、同じ方角へ」

「……それ、前にも聞いた」


   *


 桟橋は、昨日よりも混んでいた。


 柱の光の板には、浮遊艇の便がずらりと並び、行き先の横に、赤い「運休」の文字がほとんど隙間なく灯っていた。いちばん下に一行だけ、白い字が残っている。


 ――連絡艇 下町より 昼の鐘着

 ――連絡艇 下町行き 昼の鐘ののち 折り返し一便のみ


 小夜さんは、その一行を、しばらく見上げていた。


「……一便、あるんだ」

「お乗りになりますの?」

「乗らないよ。鈴村さん、まだ終わってないし」


 小夜さんは、首飾りに指を添えた。


「乗れるって、分かってたいだけ」


【コメント】乗らないけど、確かめたい

【コメント】わかる

【コメント】帰り道があるって分かってたら、もう少し頑張れるやつ

【コメント】一便だけってのが不穏すぎる


 待合所の硝子の前で、荷を提げたご婦人が二人、こちらを見て、それから顔を寄せ合った。


「……ほら、あの子。大通りの板に、書かれてた」

「ああ、銀行の」


 小夜さんの指が、首飾りの上で止まった。

 わたくしが振り向いたときには、ご婦人方は、もう反対の方を向いて、硝子の待合所の中へ入っていくところだった。


「何のお話かしら」

「……知らない」


【コメント】聞こえてた

【コメント】板の件、まだ言われてる

【コメント】金払えば何でも流す板なのに

【コメント】ゆうべの切り抜きまで回ったら、もっとひどくなるぞ


   *


 桟橋の真ん中に、スタロ様がいた。


 赤い袖の固まりの前に立って、何か話しかけていた。返事はなかった。スタロ様は、黒い手袋の固まりの前へ移った。そこでも、誰もスタロ様を見なかった。銀の留め金の固まりの前でも、同じだった。


「朝から、ずっとあれだ」


 柱の陰で、ゲイリー様が言った。手配書の束が、昨日より分厚くなっていた。


「一人ずつ顔見て、名前聞いて回ってる。誰も答えねえのにな」

「まあ。熱心でいらっしゃいますのね」

「見分けたいんだろ。誰が頭で、誰が下っ端で、誰が数合わせで連れてこられただけか」


 ゲイリー様は、手配書をめくった。


「……七つが、九つに増えた。全部、でけえ札だ。金ピカもまだ来てねえ。今日こそ、俺のもんだ」


 赤い袖の固まりのいちばん端で、ひとりだけ、木箱に腰かけている方がいた。袖の赤い布が、まだ新しくて、折り目がついたままだった。

 スタロ様は、その方の前で、膝をついた。


 何を話したのかは、聞こえなかった。

 ただ、その方が、ほかの誰とも違って、スタロ様の兜を見上げて、何か短く答えた。首を、横に振った。それから、自分の袖の赤い布を、指でつまんで見せた。


 スタロ様は、しばらく動かなかった。

 やがて、その方の肩に、一度だけ手を置いて、立ち上がった。


「あれは、数合わせだな」


 ゲイリー様が、手配書から目を上げずに言った。


「手配書に顔がねえ。袖の布も、きのう巻いたばっかだ。来いって言われて、来ただけだろ」


【コメント】スタロ、見分けようとしてる

【コメント】次は俺が見分けるって言ってたもんな

【コメント】一人だけ答えた

【コメント】折り目ついたままの袖、つらい

【コメント】ゲイリー、フラグ立てるな

【コメント】今日こそ俺のもんだ(今日も持ってかれる)


 スタロ様が、こちらに気づいて、まっすぐ歩いてきた。


「あの赤い袖の若いのが、話してくれた」


 スタロ様は、桟橋の固まりの方へ、兜を向けたまま言った。


「箱を運ぶ係で、連れてこられたんだと。……昼の鐘の連絡艇で、下の出張所の金が、銀行の島の本店へ上がってくる。よその組がそれを狙ってる。先に押さえろ。そういう紙が、組に来たらしい」


 ゲイリー様が、手配書をめくる手を止めた。

 待合所の脇に、揃いの紺の制服の方が四人、立っていた。胸に、銀行の島の紋が縫いつけてあった。


「……銀行の護衛か。本店が閉まって、下の金まで掻き集めてんだな」

「卓のときと、同じだ」


 スタロ様の声が、低くなった。


「たぶん、全部の組に、同じ紙が来てる」

「だから、誰も動かねえのか」


 ゲイリー様は、桟橋を顎で指した。


「先に動いた組が、残り全部に囲まれる。そのうえ、金はまだ着いてねえ。……鐘を待ってんだよ、どいつもこいつも」


【コメント】そういうことか

【コメント】港の木箱の上層版だ

【コメント】両方に同じ紙、ってやつ

【コメント】睨み合いじゃなくて、待ちだったのか

【コメント】見ないようにしてたの、そういう

【コメント】下の出張所って、お嬢が前に吹っ飛ばした両替所?

【コメント】それ


「瑠璃華。撃つなよ」

「ごきげんよう、スタロ様」

「今日は、始まる前に俺が止める。金が着く前に、あいつらを散らす。だから、撃つな」

「ええ。始まる前には、撃ちませんわ」


 スタロ様は、少し黙った。


「……始まっても、撃つな」

「まあ」


 わたくしは、日傘を傾けて、にっこり笑った。

 スタロ様は、もう一度黙って、それから、組の固まりの方へ戻っていった。


【コメント】「まあ」で返した

【コメント】約束しなかった

【コメント】スタロ、言い直したの偉い

【コメント】偉いけど通じてない


   *


 浮遊艇の乗り場では、運転士の方々が、艇の前に腕を組んで並んでいた。


 白髪まじりの運転士の方に、わたくしは声をおかけした。


「昨日のご注文、三件でしたわね」

「……ああ。赤い袖と、黒い手袋と、銀の留め金だ」


 運転士の方は、帽子のつばの下から、わたくしを見た。


「今朝、もう二件来た。肩に白い布を巻いた連中と、首に青い布の連中。どっちも、知らねえ島の組だ。刻限は、同じ昼の鐘」

「五件、でございますのね」


 わたくしは、桟橋を見渡した。

 赤い袖。黒い手袋。銀の留め金。


「三組様。……お二組様が、まだでございますわね」


 運転士の方が、わたくしの顔を、長いこと見ていた。


【コメント】数えてる

【コメント】お嬢、客数えてる

【コメント】昨日の「お揃い」の続きだこれ

【コメント】運転士のおっさん、ドン引きしてる

【コメント】おっさんがお嬢を見る目が、組を見る目と同じになってる


   *


 待合所の硝子の壁の上に、大きな時計があった。

 長い針が、真上の少し手前で、かちりと動いた。


 小夜さんが、わたくしの袖を、指先で引いた。


「瑠璃華」

「はい」

「……今日は、わたしのために、何もしないでね」


 一昨日の大通りの角のことを、おっしゃっているのだと分かった。


「ええ。今日は、小夜さんのためではございませんわ」


 小夜さんは、袖を離さないまま、わたくしの顔を見上げた。


「……それ、安心していいやつ?」


【コメント】よくない

【コメント】よくないです

【コメント】全然よくない

【コメント】小夜ちゃんの勘が正しい


 桟橋の入口が、ざわりと割れた。


 肩に白い布を巻いた殿方が六人。少し遅れて、首に青い布を巻いた殿方が五人。どちらも、ほかの固まりの方を見ないようにして、桟橋の端と端に分かれて立った。


 わたくしは、日傘の柄を、軽く握り直した。


「――皆様、お揃いですわね」


【コメント】来た

【コメント】五組

【コメント】揃っちゃった

【コメント】スタロ!!

【コメント】時計!


 スタロ様が、桟橋の真ん中で振り返った。

 ゲイリー様が、手配書の束を懐に押し込んだ。

 小夜さんの指が、わたくしの袖を、強く掴んだ。


 時計の長い針が、真上で止まった。


 島の塔の上から、鐘が、ひとつ鳴った。


 五つの固まりが、同時に、桟橋の先の空を向いた。


 雲の下から、連絡艇の白い腹が、ゆっくりと昇ってきた。


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