↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
136/171

第136話閑話 拾って、返しただけです

☆ 夜歩きのユキト視点 ☆


「……はい。夜歩きのユキトです。今日は、ちゃんと夜です」


 声は、喉の奥で潰す。

 連絡艇の桟橋の、荷揚げ場の木箱の陰。昼間あれだけ人で埋まっていた桟橋は、すっかり空いていた。柱の光の板だけが、誰もいない白い石の上を、青白く照らしている。


【コメント】きた

【コメント】ちゃんと夜で草

【コメント】今日はどこ

【コメント】桟橋か

【コメント】昼に組の連中が並んでたとこ


「……昼の、あれの続きを見に来ました。組の人たち、夕方に一度いなくなって、それから、ちょっとずつ戻ってきてます」


 硝子の目を、木箱の縁から少しだけ出す。

 桟橋の端に、赤い袖の男が二人。待合所の硝子の向こうに、黒い手袋が三人。昼と同じだ。互いの方を、見ないようにしている。


【コメント】いる

【コメント】夜も張ってるのか

【コメント】何を待ってるんだよ

【コメント】ユキト、見つかったら終わりだぞ

【コメント】いつも見つかってないのが奇跡


 そのときだった。

 桟橋の入口の方から、足音がひとつ、近づいてきた。


 小さい足音だった。

 組の連中の、重たい靴の音じゃない。


「……え」


 硝子の目の端に、前掛けが映った。

 籠も、背負子も持っていない。両手を前掛けのポケットに突っ込んで、小柄な女の子が、ひとりで桟橋を歩いてきた。


【コメント】え

【コメント】小夜ちゃん!?

【コメント】雑貨屋の子

【コメント】ひとりで!?

【コメント】こんな時間に

【コメント】お嬢は?

【コメント】お嬢、今日はもう配信終わってる。寝る時間

【コメント】お嬢抜きで、ここに来たのか


 俺は、息を止めた。

 止めたつもりだったけど、たぶん、硝子の目には、俺の鼻息が全部入っていた。


「……追います。いや、追うっていうか。……動けないです、今」


   *


 雑貨屋の子は、組の連中の方を、見なかった。


 まっすぐ、柱の光の板の前まで行って、止まった。

 板には、昼から流れっぱなしの便の一覧が映っていた。赤い「運休」の文字は、昼よりずっと増えて、ほとんどの行を埋めていた。いちばん下の、下町行きの連絡艇の行だけが、まだ白い文字のままだった。


 雑貨屋の子は、その一覧を、長いこと見上げていた。

 片手が、ポケットから出て、首もとの首飾りに触れた。


【コメント】運休の一覧見てる

【コメント】帰りの便、確かめに来たのか

【コメント】ほとんど赤い

【コメント】下町行きだけ、まだ白い

【コメント】……

【コメント】いや待て、組の連中のど真ん中だぞここ

【コメント】わざわざ夜に、ここに来る理由ある?

【コメント】便の確認なら昼にもできるだろ


 赤い袖の男のひとりが、柱の方へ歩いてきた。

 板を見に来たのか、ただの通りすがりか。雑貨屋の子の真後ろを、肩が触れるくらいの近さで、通り過ぎた。


 男の袖口から、何かが、ひらりと落ちた。


 小さな紙だった。

 石畳の上で、一回、裏返った。


 雑貨屋の子が、それに気づいた。

 しゃがんで、拾い上げた。紙の表に、ちらりと目を落とした。

 それから、立ち上がって、男の背中に声をかけた。


「……あの。落としました」


 男が、振り返った。

 雑貨屋の子の手の中の紙を見て、一瞬だけ、顔が固まった。それから、ひったくるように紙を取って、懐にしまった。礼も言わずに、桟橋の端へ戻っていった。


 雑貨屋の子は、男の背中を少しだけ見ていた。

 それから、また、板の方に向き直った。


【コメント】今の

【コメント】拾って返しただけ

【コメント】ひったくってったぞ、あの男

【コメント】感じわっる

【コメント】今の紙、ちらっと映った

【コメント】字までは読めん

【コメント】待て

【コメント】お嬢の配信で、運転士が言ってた紙か

【コメント】それを、小夜ちゃんが手に持ってた


「……拾って、返しただけです」


 俺は、喉の奥で言った。


「皆さん、見てましたよね。落としたのは向こうです。拾って、返しただけです」


【コメント】見てた

【コメント】ユキトの言う通り

【コメント】でも、紙の中身は見たよな、今

【コメント】見たっていうか、目に入っただけだろ

【コメント】顔、変わってた?

【コメント】画質で分からん

【コメント】切り抜かれるぞ、これ

【コメント】もう切り抜いてる奴いる


 雑貨屋の子は、板の前に、まだ立っていた。

 赤い「運休」の文字が、一行ずつ、板の上から流れていく。それが一番下まで流れきって、また一番上から始まるまで、ずっと、見上げていた。


 それから、ポケットに手を戻して、来た道を、ひとりで帰っていった。

 組の連中は、誰も、その背中を見なかった。


 俺も、追わなかった。

 追う理由が、なかったからだ。


「……今日は、ここまでにします。何も、起きませんでした」


【コメント】何も起きなかった

【コメント】起きなかった、よな?

【コメント】おやすみユキト

【コメント】明日の昼の鐘、何かあるんだろ

【コメント】雑貨屋の子、明日も桟橋来るのかな


   *


 配信を切って、宿の寝台に転がった。

 寝る前に、掲示板を開いた。開かなきゃよかった。


 ――【決定的】雑貨屋の子、深夜の桟橋で組の男に紙を渡す【夜歩き】


 俺の映像だった。

 三十秒ほどに切ってあった。男が袖から紙を落とすところは、入っていなかった。雑貨屋の子が紙を持って、男に声をかけて、男が受け取って懐にしまうところだけが、何度も繰り返されていた。


 俺の声は、消されていた。


 俺は、その下に書き込んだ。


 ――撮った本人です。落としたのは男の方で、あの子は拾って返しただけです。元の映像、全部残ってます。


 書き込んで、しばらく、画面を見ていた。


 切り抜きの方には、もう、数えきれないくらいの返事がついていた。

 俺の書き込みには、ひとつだけ、返事がついた。


 ――じゃあ、なんであの子、紙を見たあと一瞬止まったんだ?


 俺は、画面を閉じた。

 夜歩きなんて名乗ってるくせに、その夜は、なかなか眠れなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。