第135話まだ、お客様がお揃いではございませんもの
連絡艇の桟橋は、昼前から、ひどく混んでいた。
小夜さんは、鈴村さんの判子を握りしめて、人のあいだを縫うように歩いていった。わたくしは、日傘を差して、三歩うしろを歩いていた。
【コメント】こんにちは
【コメント】桟橋だ
【コメント】小夜ちゃんのお使い
【コメント】お嬢、三歩うしろ
【コメント】散歩です(尾行)
【コメント】昨日配信切ったあと、何話したんだろ
【コメント】それは聞かないお約束
混んでいる、と言っても、乗り場の混み方ではなかった。
連絡艇を待つ方々は、硝子の待合所の中にいる。荷を担ぐ方々は、荷揚げ場の方にいる。桟橋の上に立っているのは、そのどちらでもない殿方ばかりだった。
五、六人ずつ、固まっている。固まりごとに、身なりが揃っていた。袖口に赤い布を巻いた一団。揃いの黒い革の手袋の一団。襟に銀の留め金を光らせた一団。どの固まりも、ほかの固まりの方を、見ないようにしていた。
【コメント】なにこれ
【コメント】客じゃないよな
【コメント】荷役でもない
【コメント】グループごとに服揃ってる
【コメント】睨み合ってるわけでもない
【コメント】見ないようにしてる、が一番こわい
「――おい、お嬢ちゃん」
桟橋の柱の陰から、低い声がした。
熊の毛皮の胴着が、柱にもたれていた。手の中で、くしゃくしゃの紙の束をめくっている。手配書だった。
「ゲイリー様。お仕事ですの?」
「仕事になりそうで、ならねえんだよ」
ゲイリー様は、手配書の束を顎でしゃくって、桟橋の固まりを示した。
「赤い袖が、市場の島の東の組。黒い手袋が、銀行の島の裏の組。銀の留め金は、庭園の島の向こうの、名前も知らねえ組だ。……手配書で見た顔が、ここだけで七つある」
「まあ。お顔が広いのですね」
「俺じゃねえ。あいつらがだ」
ゲイリー様は、手配書を懐にしまった。
「上の組ってのは、島ごとに縄張りを分けてる。夜市の世話役に雇われたとき、そう聞いた。よその島の組とは、同じ通りも歩かねえってな。……それが、同じ桟橋に、昼間っから並んでる」
「どなたかを、お待ちなのかしら」
「さあな。だから、仕事にならねえんだ。賞金首が七人並んでて、一人に手ぇ出したら、残りの六人と、三つの組が、全部こっち向く」
【コメント】ゲイリー、賞金稼ぎとして冷静
【コメント】縄張り分けてる組が同じ場所に
【コメント】嫌な予感しかしない
【コメント】何かの前触れだろこれ
*
荷揚げ場の脇で、小夜さんが、桟橋の係の方と話していた。
「下からの荷、今日の昼の便で着くって聞いて」
「ああ、串屋の旦那の。着いてるよ。判子だけ押して」
係の方は、帳面を差し出しながら、小夜さんの顔を見た。
ほんの一瞬、目が止まった。それから、何事もなかったように、帳面に目を戻した。
小夜さんは、判子を押した。
手が、少しだけ震えていた。
【コメント】今の
【コメント】係の人、小夜ちゃんの顔見て止まった
【コメント】昨日のニュース板の件、ほかの島まで回ってる
【コメント】見ないふり、されてる
「……これ、全部?」
「全部だ。それと、嬢ちゃん」
係の方は、声を落とした。
「帰りの便、早めにしときな。……今日のうちに、もう一本出るかどうか、分からねえ」
「え」
「浮遊艇の連中が、昼から艇を出さねえって言い出してな。連絡艇の方も、こう人が多くちゃ、乗り場を閉めるかもしれねえ」
*
浮遊艇の乗り場では、運転士の方々が、また舵から手を離していた。
座り込んではいなかった。艇の前に立って、腕を組んで、桟橋の固まりの方を見ていた。
その中に、白髪まじりの頭があった。
「……ああ、あんたたちか」
運転士の方は、わたくしと小夜さんの顔を見て、少しだけ眉を下げた。
「今日は、どこにも渡せねえ。前のとは、違う理由でな」
「何か、ございましたの?」
「注文が来た。明日の昼の鐘に、何十人も、島の端まで運べってな」
運転士の方は、桟橋の固まりの方を、顎で示した。
「赤い袖から一件。黒い手袋から一件。銀の留め金から一件。……ばらばらの組から、ばらばらに来た注文がよ、刻限だけ、ぴったり同じなんだ」
【コメント】同じ時刻
【コメント】ばらばらの組が、同じ時刻に
【コメント】これ、港のときの、両方に同じ紙が来てたやつか
【コメント】考えすぎ、って言いたい
【コメント】まさか
「断ったんですか」
小夜さんが、聞いた。
「断った。全員でな。……長いこと艇を回してると、分かるんだよ。こういう注文を受けた日は、ろくなことにならねえ」
運転士の方は、組んでいた腕をほどいて、帽子のつばを下げた。
「それにな。注文に来たやつが、懐から紙を出して、刻限を読み上げた。ちらっと見えた。小さくて、几帳面な字の紙だ」
【コメント】几帳面な字
【コメント】投げ文
【コメント】仮面の
【コメント】上でも撒いてるのか
*
「――瑠璃華」
背中から、聞き慣れた声がした。
スタロ様だった。光の足場から桟橋に降りて、白い装甲の線を明滅させながら、こちらへ歩いてくる。古い一角の片付けから、まっすぐ来たらしい。肩に、煤がついていた。
「片付けの連中に聞いた。桟橋に、上の組が集まってるって」
「ええ。ご覧のとおりですわ」
スタロ様は、桟橋の固まりを、端から端まで見渡した。
それから、わたくしの方を向いた。
「撃つなよ」
「撃ちませんわ」
スタロ様が、ほんの少しだけ、目を見開いた。……ように、見えた。兜の上からでは、分からないけれど。
「……撃たないのか」
「ええ。まだ、お客様がお揃いではございませんもの」
【コメント】え
【コメント】揃う?
【コメント】お客様って、あいつら?
【コメント】揃ってから撃つって意味?
【コメント】お嬢が待つの、一番こわいんだが
「揃うって、何がだよ」
「皆様、どなたかを、お待ちのご様子ですもの。お茶会は、お客様が全員お揃いになってから始めるものですわ」
わたくしは、日傘を傾けて、桟橋の固まりを眺めた。
赤い袖。黒い手袋。銀の留め金。それぞれが、それぞれの方角を見ないようにして、同じ刻限を待っている。
「途中から始めては、お席に着きそびれる方が、出てしまいますわ」
スタロ様は、何も言わなかった。
しばらくして、低い声で、ひとことだけ言った。
「……俺は、始まる前に止める」
「まあ。ご立派ですわ」
【コメント】噛み合ってない
【コメント】噛み合ってないのに、二人とも本気
【コメント】始まる前に止めるヒーローと、揃ってから始めるお嬢様
*
桟橋の端の柱で、光の板が明るい音を鳴らした。
『――エバーポートNEWSより、お知らせです! 本日夕刻より、浮遊艇の一部の便が、運休となります! 運休となる便は、こちら! ChECk☆it☆OuT☆!』
板いっぱいに、便の一覧が流れた。行き先の横に、赤い「運休」の文字が、上から順に、ひとつ、またひとつと灯っていく。
桟橋の固まりは、誰も、板を見上げなかった。
小夜さんが、下から届いた荷を胸に抱えたまま、わたくしの隣に来た。
荷は、小さな木箱がひとつ。蓋に、坂の角の串屋の焼き印が押してあった。下町で、毎朝見ていた焼き印だった。
「……帰れなく、なるのかな」
小夜さんは、木箱の焼き印を、指でなぞっていた。
【コメント】串屋の焼き印
【コメント】下町のマーク、なんか懐かしい
【コメント】帰りたいのに
【コメント】便が止まる
【コメント】帰れなくなるやつだ、これ




