第133話お友達を、悪く書く方々ですもの
市場の島の大通りの角に、大きな光の板が掲げられている。
建物の三階ほどの高さ。白い壁一面が、そのまま映像の板になっていて、ふだんはエバーポートNEWSの中継が流れている。通りを行く方々は、立ち止まりもせずに、ちらりと見上げては過ぎていく。
板の下には、小さな店があった。「辻の告知屋」と、光る文字の看板。ニュースの合間に、近所のお店の広告や、ちょっとした読み物を流して、お代をいただく商売なのだという。
その朝、板の前に、人だかりができていた。
【コメント】なんだあれ
【コメント】人、多くない?
【コメント】ニュースの合間の広告の時間だよな
【コメント】広告じゃない、読み物だ
【コメント】……え
板いっぱいに、絵が映っていた。
籠を抱えた、小柄な女の子の後ろ姿。その横に、大きな文字が三行。
――上でも下でも、騒ぎの場所にいつもあの子がいる。
――仮面の男が出た朝、あの子だけいなかった。
――閉まった銀行から、あの子だけ金を持って出てきた。
その下に、小さく。「あなたの街の、気になる噂。辻の告知屋」。
【コメント】あの三行まとめ
【コメント】掲示板のやつ、そのまま流してる
【コメント】誰か、金払って流させたんだろ
【コメント】告知屋、お代もらえば何でも流すからな
【コメント】絵、小夜ちゃんじゃん
【コメント】名前は出してないけど、どう見ても
【コメント】籠まで描いてる
【コメント】最悪
わたくしの隣で、小夜さんが、足を止めていた。
手に提げた籠が、かすかに揺れていた。昨日の夜市で、果物屋の方からいただいた果物が、まだ少し残っている籠だった。
小夜さんは、板を見上げたまま、動かなかった。
「……これ、わたし?」
小さな声だった。
人だかりの何人かが、その声に振り返った。
小夜さんの顔を見て、それから、手の籠を見た。もう一度、板の絵を見た。
「……本人だ」
誰かが、呟いた。
人だかりが、波が引くように、小夜さんの周りから一歩、後ずさった。
【コメント】やめろ
【コメント】本人いるのに
【コメント】みんな下がった
【コメント】小夜ちゃん、固まってる
【コメント】スタロは?
【コメント】スタロの配信だと、朝から古い一角の片付け
【コメント】いないのか、今日
「わたし……」
小夜さんは、籠の取っ手を、両手で握りしめた。
「わたし、何も、してない。お使いに、行ってただけ。銀行も、鈴村さんに頼まれて、それで……」
誰も、答えなかった。
後ずさった方々は、小夜さんの言葉を聞いているのに、聞いていない顔をしていた。小さな声で何か言い交わして、目を逸らす。
板の絵が、ゆっくりと消えた。
ニュースの中継に戻る、明るい音が流れた。
『――それでは、エバーポートNEWSに戻ります! 続いては、銀行の島から。払い戻し再開を待つ、長い長い行列です! ChECk☆it☆OuT☆!』
【コメント】空気読め、アリア
【コメント】アリアは悪くない
【コメント】でも次の合間に、また流れるんだろ
【コメント】一定時間ごとに流す仕組みらしい
【コメント】最悪の仕組み
わたくしは、板の下の、小さな店を見ていた。
硝子の戸の向こうで、店主らしい殿方が、帳面に何かを書きつけていた。板を見上げる人だかりを、満足そうに数えている。
戸の脇には、次に流す読み物の見本が、小さな光の板に映っていた。籠を抱えた女の子の絵。今度は、横顔だった。
「……まあ」
わたくしは、日傘を、ゆっくりと閉じた。
「わたくしのお友達を、悪く書いていらっしゃるのね」
【コメント】あ
【コメント】日傘、閉じた
【コメント】まずい
【コメント】スタロいないぞ
【コメント】古い一角の片付けだろ、間に合わない
【コメント】……黙って数えてるやつだ、これ
閉じた日傘の先を、石畳に、そっと立てた。
それきり、わたくしは何も申し上げなかった。
十。
板の隅に、小さな光の文字が浮かんだ。次の読み物まで、あと二十秒。
硝子の戸の向こうで、店主らしい殿方が、横顔の絵の見本を指で弾いて、板の方へ送る支度をしていた。
二十。
板の下の人だかりの端で、果物の籠を頭に載せた売り子の少年が、立ち止まって、板を見上げていた。
ぽかんと口を開けた、柔らかい目だった。
「瑠璃華……?」
小夜さんが、わたくしの方を振り向いた。
【コメント】小夜ちゃん、気づいた
【コメント】スタロ、来ない
【コメント】次の読み物、あと十秒って
【コメント】横顔、流れる前に
「お友達を悪く書く方々は、悪い方々ですもの」
三十。
その目を、お借りした。
――光の板。その下の、硝子の戸。帳面をめくる殿方。板の前の、人だかり。
大通りの角が、白く光った。
【コメント】撃った
【コメント】板ごと
【コメント】店ごと
【コメント】板の前にいた人たちごと
【コメント】光の粒、いっぱい
【コメント】噂を見てただけの人も
【コメント】読んでただけだぞ!?
煙が晴れると、大通りの角には、何もなかった。
白い壁も、光の板も、硝子の店も。焦げた石畳の上に、板の欠片が、きらきらと光りながら散らばっていた。
通りの向こうの、別の建物の壁の板が、まだニュースを流していた。
アリア様が、何かを読み上げていた。誰も、聞いていなかった。
わたくしは、日傘を開き直して、小夜さんの方を振り返った。
「これで、小夜さんを悪く書く方は、いらっしゃいませんわ」
小夜さんは、焦げた角を見つめていた。
顔が、白かった。
【コメント】小夜ちゃん、真っ青
【コメント】お嬢は本気で守ったつもりなんだよな
【コメント】それが一番こわい
【コメント】「あの子を悪く言ったら吹き飛ぶ」が広まる
「……わたしのために、怒ってくれたのは、分かる」
小夜さんは、籠を胸に抱えたまま、小さく言った。
「分かるよ。……でも」
通りのあちこちで、人が、立ち止まっていた。
みんな、小夜さんを見ていた。そして、小夜さんと目が合いそうになると、慌てて逸らした。
「これで、もう、誰も」
小夜さんの声が、少しだけ、かすれた。
「わたしの前では、何も言わなくなるね」
小夜さんは、歩き出した。
大通りの人波が、小夜さんの前で、すうっと左右に割れた。誰も、小夜さんに触れないように。誰も、小夜さんの方を見ないように。
わたくしの前でだけ割れていた人の波が、今日は、小夜さんの前で割れていた。
【コメント】道が開いた
【コメント】つらい
【コメント】小夜ちゃん、一人で歩いてる
【コメント】お嬢、追いかけないの?
【コメント】追いかけないんだよ、お嬢様は
わたくしは、日傘を差して、小夜さんの背中を見ていた。
それから、いつもの歩き方で、その後ろについていった。
急がずに。
けれど、離れずに。




