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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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129/171

第129話贈り物は、普段使いにはいたしませんの

 かちん、と、小さな音がした。


 お昼の食堂で、宿のご主人が淹れてくださったお茶を、いただこうとしたときだった。持ち上げたカップの縁に、指輪の花びらが当たっていた。


 もう一度、そっと持ち直す。

 かちん。


「……まあ」


【コメント】鳴った

【コメント】指輪、カップに当たってる

【コメント】お嬢の眉が一ミリ動いた

【コメント】それはそうと、前の配信で誰かが言ってた「ナンバーズ」、調べてきた

【コメント】まとめ班きた

【コメント】百から上の番号のやつな。よその地方の掲示板まで潜った

【コメント】強さは、店のどんな武器よりも上。ものによっては桁が違う

【コメント】代わりに、悪い状態がずっとつきっぱなしになる

【コメント】じわじわ体力が減り続けるとか、手が勝手に動くとか

【コメント】最後は操作がおかしくなりすぎて、アカウントごと使い物にならなくなった奴もいるらしい

【コメント】全部「らしい」な

【コメント】眉唾

【コメント】で、百八番の呪いは?

【コメント】誰も知らん


 わたくしは、カップを受け皿に戻した。

 それから、指輪を、根もとから抜いた。


「お茶の席で器を鳴らすなんて、無作法ですわね」


【コメント】外した!

【コメント】呪いの話、読んでた?

【コメント】いや、お嬢はコメント見ない

【コメント】カップが鳴ったから外しただけ

【コメント】理由がお茶会のマナー

【コメント】結果が同じなら、もう何でもいい


 飾り棚に、ご主人の小物入れが並んでいた。貝殻を張った、手のひらほどの小箱。ひとつ譲っていただいて、指輪を中に寝かせた。

 蓋を閉めて、ドレスの隠し(ポケット)にしまう。


「殿方からいただいた贈り物ですもの。普段使いにはいたしませんわ。ここぞという時のために、大切にしまっておくものですの」


【コメント】ここぞという時は、使う気

【コメント】島ひとつ分の「ここぞ」

【コメント】その時が来ないことを祈る


 階段の上から、小夜さんが降りてきた。

 手に、小さな書き付けを持っていた。


「瑠璃華。午後、銀行の島まで付き合ってくれる? 鈴村さんの、上の滞在費。聞き取りが延びそうだから、少し下ろしてきてほしいって」


 書き付けには、鈴村さんの、きれいな字が並んでいた。判子も、ちゃんと添えてあった。


「まあ。お使いのお供でしたら、喜んで」


 壁際で、スタロ様が、腕を組んだまま顔を上げた。


「俺も行く」

「まあ。スタロ様も、銀行にご用事ですの?」

「さっき通りで聞いた。銀行に、人が押しかけてるって。……人が集まるとこは、揉める」


【コメント】スタロ、ついてくる

【コメント】揉めそうなとこには必ず行く男

【コメント】あと、お嬢の見張りな


   *


 銀行の島へ渡る浮遊艇は、いつになく混んでいた。

 誰も景色を見ず、隣の人と顔を寄せていた。「次は銀行の島が傾く」「金庫が落ちる前に下ろしておけ」――そんな囁きが、あちこちから漏れていた。


【コメント】噂、回ってる

【コメント】市場の島、昨日の今日だからな

【コメント】話が広まるの、早すぎない?


 小夜さんは、書き付けを、両手で握り直していた。


 銀行の島は、白い石の、角張った建物ばかりだった。

 真ん中の、柱の太い館の正面階段に、人が、黒い帯のように連なっていた。


「本日の払い戻しは、お一人様、上限がございます! どうか、落ち着いて――」


 玄関で、銀行の方々が、声を枯らしていた。

 誰も、聞いていなかった。


 行列の脇を、妙に身軽な方々が、すいすいと抜けていく。払い戻しを終えたご婦人のふくらんだ財布に、するりと手が伸びる。ご婦人が振り返った時には、もう、人混みの向こうだった。


【コメント】スリだ

【コメント】あいつらプレイヤーだろ

【コメント】札ついてない。捕まるまでは出ないからな

【コメント】下ろしたての金、狙い放題

【コメント】取り付け騒ぎに群がってる


 スタロ様は、もう、隣にいなかった。


 光の足場をひとつ蹴って、行列の脇へ。財布を抱えて逃げかけた背中の襟首を掴んで、引き戻す。財布をもぎ取って、ご婦人の手に押しつけた。


「スリだ! みんな、財布押さえろ!」


 声が、階段じゅうに響いた。

 その間にも、少し離れたところで、別の財布が、別の手に消えていた。


【コメント】スタロ、もう走ってる

【コメント】一人捕まえた

【コメント】その間に二人やられてる

【コメント】数が多すぎる


 小夜さんは、階段の上の玄関を見上げていた。

 それから、わたくしの袖を、きゅっと掴んだ。


「行こ。窓口、上だから」

「ええ。参りましょう」


 わたくしたちは、行列の脇を、一段ずつ上った。

 お嬢様は、人混みでも、急いだりはいたしません。小夜さんも、わたくしの袖を掴んだまま、わたくしの歩みに合わせてくれた。


 玄関まで、あと三段だった。


 大きな扉が、ぎい、と鳴った。

 銀行の方々が、内側から、扉を閉めにかかっていた。


「本日の払い戻しは、ここまでとさせていただきます!」


 階段じゅうから、怒鳴り声が上がった。

 背中から、人の波が、どっと押し寄せた。


 袖が、引かれた。

 それから、袖が、軽くなった。


「――瑠璃華っ!」


 小夜さんの声は、扉の向こうからだった。


 押し流された人たちと一緒に、閉まりかけた扉の隙間へ、小夜さんの小さな背中が呑まれていくのが、一瞬だけ見えた。

 扉が、閉まった。


【コメント】小夜ちゃん!

【コメント】中に入っちゃった

【コメント】閉じ込められた?

【コメント】中にも人、いっぱい押し込まれてたぞ

【コメント】スリも何人か、一緒に入った


 わたくしは、押し戻されて、階段の中ほどに立っていた。閉じた扉を、見上げた。

 扉の前の段では、締め出された方々が、拳で扉を叩いている。その人垣の中を、身軽な方々が、まだ、人の隙間を縫っていた。


 指先が、ドレスの隠しの上の、小箱の形に触れた。


【コメント】お嬢、今、ポケット触った

【コメント】まさか

【コメント】ここぞ、って今か!?

【コメント】やめろ、小夜ちゃん中だぞ

【コメント】島ひとつ分だぞ!?


 わたくしは、小箱から、指を離した。


「……スタロ様。いつもどおり、三十秒でございますわ」


 人垣の向こうで、スタロ様が、スリの方をひとり、石段に押さえつけていた。

 兜だけが、こちらを向いた。


「――待て! 先に聞かせろ!」


 叫び声が、怒鳴り声の間を割って届いた。


「どこまで飛ぶ! 扉の向こうに、小夜がいるんだぞ!」


【コメント】聞いた!

【コメント】撃つ前に聞く、って言ってたやつ

【コメント】三十秒の質問タイム、本当に始まった

【コメント】お嬢、答えるのか?

【コメント】「お答えできることでしたら」って言ってたしな


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