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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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128/171

第128話お早いお帰りですこと

 朝の食堂は、まだ人がまばらだった。


 宿のご主人が、あくびを噛み殺しながら、卓をひとつずつ拭いていく。

 壁の映像の板だけが、昨日の昼から、同じ場所を映し続けていた。


『――ご覧ください、市場の島、三番通りの跡です。英雄スターグリント、昨日の昼から夜通し、一歩も動いておりません。宿敵ドクター・オブシディアンの復活は、昼前と見られております。エバーポートNEWS、徹夜の張り込み中継です。……ChECk☆it☆OuT☆』


【コメント】アリアの声、かすれてる

【コメント】徹夜明けのチェキラ

【コメント】決め台詞に元気がない

【コメント】お嬢、朝から板の前

【コメント】これ見るためにログインしたのか


 わたくしは、板のいちばん正面の卓に腰を下ろした。

 ご主人が、何も言わずにお茶を置いていってくださった。


「宿敵の方の、お目覚めですもの。拝見しておきませんと」


「お連れのお嬢さんは、今朝は?」


 ご主人が、お盆を抱えたまま尋ねた。


「小夜さんは、朝からお使いですの。丁子屋さんの品を、桟橋の荷預かりまで」


【コメント】お使いか

【コメント】スタロは?

【コメント】ログアウト中。昨日、夜中までスタロの配信で瓦礫運んでた


 板の中は、白っぽい朝の光に満ちていた。


 瓦礫は、もう片付けられていた。三番通りの跡には、平らな石畳と、宿屋の土台の石だけが残っている。

 その土台の脇に、スターグリント様が、腰を下ろしていた。昨日と同じ格好で。マントのない背中で。


 ただ、白い歯は、見せていなかった。

 口を結んで、目の前の、何もない石畳の一点を、じっと見つめていた。


【コメント】金ピカ、笑ってない

【コメント】初めて見た、笑ってない顔

【コメント】カメラの方も見てない

【コメント】本気で待ってる

【コメント】昨日の「葬り去る」、本気だったんだな


 ご主人が、三杯目のお茶を置いていかれたころだった。


 石畳の一点に、光の粒が、ひとつ、浮かんだ。


 ふたつ。みっつ。

 粒は、ゆっくりと集まって、人の背丈の形になっていく。白衣の裾。手袋。最後に、黒曜石の仮面。


『――復活で――』


 アリア様の声が、終わる前だった。


 石畳が、爆ぜた。


 仮面が形になりきるより先に、銀の体が、白衣に叩きつけられていた。

 地を這うほど低く沈んだ構えから、肩ごとぶつかる体当たり。黒い盾が咲いて、咲いたまま砕けた。白衣が浮く。浮いたところへ、真上から拳が落ちる。石畳が割れて、白衣が跳ね返った。


 跳ね返ったところを、銀の脛が、下から蹴り上げた。


 オブシディアン様の体が、宙に上がった。屋根の高さまで。盾が、背中に、腹に、ばらばらに咲いては割れていく。

 その下で、スターグリント様が、もう一度、低く沈んだ。


【コメント】うわ

【コメント】起きた瞬間に

【コメント】一言もなし

【コメント】おい、この流れ

【コメント】決め技の型だろ、これ

【コメント】ニュースで一回だけ見た。いつもは技の名前叫ぶやつ

【コメント】叫んでない

【コメント】金ピカが黙ってるの、いちばん怖い


 わたくしは、お茶を置いた。

 板の中の、宙に浮いた白衣の向こう。崩れ残った隣の通りの屋根の上に、背の高い影が、ひとつ、立っていた。


 黒い外套。

 顔のあるべきところに、表情のない、のっぺりとした仮面。


「……まあ」


 いつぞや、両替所の向かいの倉庫の屋根にいらした、見物の方だった。


【コメント】ん?

【コメント】屋根の上

【コメント】誰かいる

【コメント】下町の、両替所のときの!

【コメント】投げ文の奴じゃね?

【コメント】カンパネッロ!?


 わたくしは、口を閉じて、数えはじめた。


【コメント】お嬢、黙った

【コメント】……あれ、数えてないか?


 銀の体が、石畳を蹴った。

 落ちてくる白衣へ、下から、まっすぐに。ぶつかった瞬間、空気が、板の中でもはっきり分かるほど歪んだ。銀の腕が、白衣の胴を、がっちりと抱え込む。


 五。


 そのまま、二つの体が、真下へ落ちはじめた。落ちるのではなく、引きずり下ろされていく速さだった。白衣の頭が、石畳へ向いている。


 落ちていく二人の横へ、影が飛び込んだ。


 屋根の縁を一度だけ蹴って、まっすぐに。肘が、白衣の胴に回った銀の肘の継ぎ目を、下から突き上げた。

 腕が、ほどけた。白衣が、宙に放り出されて、少し離れた石畳へ転がり落ちた。


 スターグリント様だけが、そのまま、石畳に叩きつけられた。


 金色が、地面の下で弾けた。石畳が波打って、土台の石がひとつ跳ね上がり、通りの端まで転がっていく。土煙の真ん中に、人ひとりが丸ごと入るほどの穴が、えぐれていた。


【コメント】は?

【コメント】外した!?

【コメント】自分だけ地面に

【コメント】今の、肘?

【コメント】穴、でか


 影は、穴の縁に降りていた。

 土煙の中から、銀の体が身を起こした。

 その胸甲の真ん中に、影の膝が、突き刺さった。


 スターグリント様の体が、後ろへ滑った。踵が、石畳に二本の線を引いた。


【コメント】金ピカが下がった!?

【コメント】胸甲だぞ、あそこ

【コメント】効いてないはずなのに、押された

【コメント】さっきの一発で、何か切れてる?

【コメント】殴ってない、こいつ


 仮面の奥で、くぐもった声がした。


「それ、必殺技だろ? こんなところで使うなんて、ヒーローとしてどうなんだい?」


 十。


「――貴様ッ! この街にはいないと思っていたが……よりにもよって、このタイミングで出てきやがってッ!」


 スターグリント様の声が、初めて、割れていた。


【コメント】知り合い!?

【コメント】この街にはいない、って何

【コメント】よその街で会ってるのか

【コメント】また「よその街」


 影は、答えなかった。

 転がっていたオブシディアン様の襟首を、片手で掴み上げた。肩に担ぐ。その間も、仮面は、スターグリント様の方を向いたままだった。


 十五。


 銀の体が、もう一度、跳びかかった。

 影の膝が、ふっと上がった。


 板の中が、ぐるりと回った。

 空、石畳、屋根、空。硝子の目が、膝で跳ね上げられたのだと、少し遅れて分かった。


『きゃっ――!? か、硝子の目が! 映像、乱れております! 少々お待ちください!』


 十八。


 ようやく、映像が止まった。

 跳ね飛ばされた硝子の目は、石畳の上に転がったまま、まだ映し続けていた。斜めに傾いた画面の中に、石畳と、宿屋の土台の石と、スターグリント様の背中だけが映っていた。


 影も、白衣も、どこにもいなかった。


 二十。


 わたくしは、数えるのを、やめた。


【コメント】いない

【コメント】カメラ狙うのは反則だろ

【コメント】オブシディアンごと

【コメント】二十秒もかかってないぞ

【コメント】金ピカから、獲物を奪った

【コメント】あの金ピカから?

【コメント】お嬢、数えてたよな

【コメント】間に合わなかった

【コメント】お嬢の三十秒より早い奴、初めて見た


 スターグリント様は、斜めの画面の中で、誰もいない屋根の上を、見上げていた。

 しばらく、そのまま動かなかった。


 それから、ゆっくりと振り返って、足もとに転がっていた硝子の目を、拾い上げた。

 画面が、ぐいと持ち上がった。斜めだった石畳がまっすぐになって、その真ん中に、スターグリント様の顔が、大きく映った。


 白い歯が、戻っていた。


「……市民の諸君! 宿敵は、またしても逃げおおせた! だが、英雄は、決して諦めない! ハーッハッハッハ!」


【コメント】自分でカメラ拾った

【コメント】自撮り

【コメント】顔、近い

【コメント】戻った

【コメント】一瞬で、いつもの顔

【コメント】さっきの顔、見なかったことにしていいか

【コメント】だめだろ

【コメント】あの仮面、誰なんだよ

【コメント】金ピカは知ってるっぽかったぞ

【コメント】カルティエの手先だって噂、あったよな

【コメント】南の船乗りが付けた名前だっけ、カンパネッロ

【コメント】カルティエが、オブシディアンを拾ってどうするんだよ

【コメント】知らん


 わたくしは、冷めかけたお茶を、ひと口いただいた。


「まあ。お早いお帰りですこと」


 板の中で、アリア様が、ようやく新しい硝子の目を飛ばしてきたところだった。

 窓の外は、もう、すっかり昼の光だった。


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