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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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127/171

第127話ただいま、戻りましたわ

 天井に、見覚えのある染みがあった。


 雨漏りの跡のような、小さな茶色い輪。宿のお部屋の、寝台の真上の染みだ。今朝、わたくしはこれを見上げてから起き上がった。

 つまり、ここは、ゆうべから市場の島で借りているお部屋だった。三番通りの端で消し飛んだ宿屋とは、別の通りの宿だ。


「……まあ」


 指を持ち上げてみる。

 銀の輪が、ちゃんとそこにあった。花びらの彫り込みが、窓からの光を受けて、細かく光った。


【コメント】起きた!

【コメント】おかえり

【コメント】宿の部屋だ

【コメント】画面ついた!

【コメント】思ったより早かった

【コメント】指輪、ある

【コメント】落ちても持ち物はそのままなんだな

【コメント】賞金首じゃないからな

【コメント】頭の上、札なし。いつもどおり


 わたくしは、寝台の上で身を起こした。

 ドレスにも、日傘にも、焦げ跡ひとつない。喉もとまで泡に包まれていた体も、何事もなかったように軽かった。


【コメント】で、お嬢

【コメント】自分で自分を吹っ飛ばした感想は?

【コメント】聞き方

【コメント】知りたいだろ


 わたくしは、寝台の脇に立って、配信の硝子の目の方へ向き直った。

 指輪の花びらを、指の腹でなぞる。


「皆様、ただいま戻りましたわ。……とても、よく咲きましたわね」


【コメント】感想、言った

【コメント】聞こえてたのか?

【コメント】部屋だと、たまに拾うんだよな

【コメント】自分ごと咲いたんだが

【コメント】反省の色、ゼロ

【コメント】反省するところだと思ってないんだよ

【コメント】いつものお嬢で安心した

【コメント】安心するな


   *


 食堂へ降りると、壁の映像の板の前に、人だかりができていた。


『――繰り返します! 英雄スターグリント、十年の宿敵ドクター・オブシディアンを、ついに撃破! 市場の島は、元の高さを取り戻しました! なお英雄は、宿敵の復活に備え、現場に留まる構えです!』


 板の中で、瓦礫の上に腰を下ろしたスターグリント様が、硝子の目に向かって親指を立てていた。

 マントは、どこにもなかった。


【コメント】金ピカ、まだ座ってる

【コメント】ニュース、全部金ピカの手柄になってる

【コメント】勇敢な市民の「ゆ」の字もない

【コメント】撃ったのお嬢だぞ

【コメント】いいんだよ、お嬢は気にしない

【コメント】たぶん本当に気にしてない


「お戻りでしたか」


 穏やかな声がした。

 人だかりから少し離れた卓で、鈴村さんが、カップを手にしていた。


「今日の聞き取りは、昼で中断になりましてね。島がひとつ傾いたとなれば、役所の方々も、それどころではないようで。運転士さんの艇で、こちらへ」

「まあ。お騒がせいたしましたわ」

「ご無事で、何よりです」


 鈴村さんは、カップを置いて、わたくしを見上げた。

 その目が、ほんの一瞬だけ、わたくしの指に落ちた。


 それから、いつもの、穏やかな笑みに戻った。


「中継で、拝見しておりました。見事なものでした」

「ありがとうございます。わたくし、少々、張り切りすぎてしまいましたかしら」

「さあ。……島は、浮いておりますから」


 鈴村さんは、それ以上、何も言わなかった。

 カップに、新しいお茶を注いでいた。


【コメント】鈴村さん、いつも落ち着いてるな

【コメント】島は浮いてるから(全肯定)

【コメント】この人が一番お嬢に甘い

【コメント】下町の代表、大変だな


   *


 宿の戸が、勢いよく開いた。


「――瑠璃華っ!」


 小夜さんだった。

 丁子屋の袋を二つ、胸に抱えたまま、息を切らしていた。その後ろから、スタロ様が、のっそりと入ってきた。白い装甲が、まだ煤で汚れていた。


【コメント】小夜ちゃん!

【コメント】迎えに来た

【コメント】走ってきたな、これ

【コメント】怒る?

【コメント】顔、怒ってる


 小夜さんは、卓の鈴村さんに小さく会釈だけして、まっすぐわたくしの前まで来て、止まった。

 何か言おうとして、口を開けて、閉じた。もう一度、開けた。


「……自分ごと、吹き飛ばさないで」

「まあ。わたくし、ちゃんと、ここに戻ってまいりましたわよ」

「そういうことじゃない」


 小夜さんの声が、少しだけ、震えていた。


「瑠璃華が立ってたとこ、ほかと、何にも変わらなかった。瓦礫だけで。……見ても、どこだったか、分かんなかった」


 わたくしは、少し考えた。

 それから、日傘を卓に立てかけて、小夜さんの抱えている袋に、そっと手を添えた。


「丁子屋さんの品は、ご無事でしたのね」

「……無事だよ。ずっと抱えてたもん」

「でしたら、今日のお使いは、お約束どおりですわ」


 小夜さんは、わたくしの顔を、しばらく見ていた。

 それから、深く、深く、息を吐いた。


「……もう。ほんとに、もう」


【コメント】小夜ちゃん……

【コメント】お使いの心配で返された

【コメント】話、噛み合ってない

【コメント】噛み合ってないのに、なんか収まった

【コメント】小夜ちゃんがいちばん大人


 スタロ様は、壁にもたれていた。

 いつものように。けれど、腕は組んでいなかった。わたくしの指を、じっと見ていた。


「それ」

「指輪、ですの?」

「外せるのか」

「外せますわよ。ほら」


 わたくしは、指輪を根もとから少しだけ浮かせて、また戻した。


「外しとけ」

「まあ。殿方からいただいたものを、すぐに外すなんて」

「そういう話じゃない」


 スタロ様は、何か続けようとして、やめた。

 代わりに、映像の板の方を、顎で指した。瓦礫の上で、スターグリント様が、まだ硝子の目に何か喋っていた。


「……次は、撃つ前に聞くからな。何が、どこまで飛ぶのか」

「まあ。三十秒のあいだに、ですの?」

「三十秒のあいだに、だ」


【コメント】スタロ、真面目

【コメント】三十秒で質問タイム追加

【コメント】忙しすぎる三十秒

【コメント】お嬢、絶対答えないぞ

【コメント】答えても「よく咲きますわ」だぞ


 わたくしは、にっこりと微笑んだ。


「承知いたしましたわ。お答えできることでしたら、お答えいたします」


 スタロ様は、何も言わなかった。

 兜の奥で、深く、ため息をついたような気がした。


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