第126話閑話 素晴らしい結果、だってよ
☆ スターライトロード視点 ☆
壁の向こうへ飛び降りて、光の足場を三つ蹴った。
通りの外れで、縄をほどいた最後の一団に追いついた。像だった人を背負った奴、子どもの手を引いた奴。ゲイリーが、まだ固まったままの二人を両脇に抱えて、その先頭を走っていた。
「止まるな! 広場まで!」
島の反対側の広場に、全員が転がり込んだ。その瞬間だった。
背中が、明るくなった。
振り返ったときには、もう、通りのあった方角が、まるごと白く光っていた。音は、少し遅れて、腹の底を叩いた。
【コメント】うわ
【コメント】でっか
【コメント】ここまで光が来てる
【コメント】スタロ、間に合った?
【コメント】全員広場にいる!
【コメント】ゲイリーも
息を吐いた。
広場の端で、小夜が、果物屋のおっちゃんの袖を掴んだまま、通りの方を見ていた。丁子屋の袋を、二つとも抱えて。
【コメント】お嬢の配信、真っ暗になったって
【コメント】は?
【コメント】お嬢も巻き込まれた?
「……やっぱり、か」
*
足もとが、揺れた。
沈む揺れじゃなかった。下から、持ち上げられるような揺れだった。
広場の誰かが、空を指さした。塔のてっぺんの上で、黒い卵に、ひびが走っていた。殻がぼろぼろと剥がれて、青い光がこぼれ出す。
青い石が、ゆっくりと塔の中へ沈んでいった。
広場の縁から見えていた隣の島の塔が、少しずつ、目の高さに戻ってくる。
【コメント】親石、戻ってく
【コメント】島、上がってる
【コメント】止まった
【コメント】高さ、揃った!
ゲイリーの両脇で、黒い石が、湯気みたいに溶けて消えた。抱えられていた二人が、地面に足をついて、ぽかんと自分の手を見ていた。
広場のあちこちで、同じことが起きていた。誰かが笑い出して、誰かが泣き出して、誰かが隣の奴の肩を叩いた。
【コメント】泡、全部溶けた
【コメント】オブシディアン、落ちたってことか
【コメント】十年の宿敵が?
【コメント】お嬢がやったのか、これ
小夜が、こっちを見た。
「スタロ」
「ああ」
「見に行く」
止める理由は、なかった。
*
三番通りは、なかった。
崩れた石と、ねじれた鉄骨と、割れた硝子。それが、通りの端から端まで、平らに積もっていた。宿屋は、土台しか残っていなかった。おっちゃんの屋台も、俺が建て直した柱も、どこにあったのか分からない。
黒い壁の輪も、残っていなかった。
【コメント】百歩って、どんだけ大股なんだよ
【コメント】これ、歩幅じゃなくてメートルだろ
【コメント】一歩一メートルは無理だろ
【コメント】金ピカの一歩なら、いける
瓦礫の真ん中で、金ピカが、片膝をついていた。
マントは、跡形もなかった。胸甲には、焦げ跡ひとつない。それなのに、立ち上がるのに、一拍かかった。
空に浮かんだ硝子の目に向かって、白い歯を見せた。
「……三歩横だ。文句は、言えん!」
笑い声が、一度だけ、かすれた。
【コメント】金ピカ生きてる
【コメント】ど真ん中だったよな、あそこ
【コメント】胸甲が守ったのか
【コメント】さすが英雄の鎧
【コメント】文句言えないの草
「金ピカ」
呼ぶと、白い歯が、こっちを向いた。
「おお、白い少年! 市民を逃がしたのは君か! 見事だった!」
「あの指輪。あいつも巻き込まれるって、知ってたのか」
「うむ? 百歩先まで咲く、と言ったはずだが!」
「あいつの足もとも、百歩の内だろ」
「ハーッハッハッハ!」
金ピカは、両腕を広げて、広場の方を振り返った。小さく、手を振っている人たちが見えた。
「見たまえ! 島は浮いている! 宿敵は落ちた! 市民は、手を振っている! 素晴らしい結果じゃないか!」
「答えになってない」
「通りが消えたのも、宿屋が消えたのも、オブシディアンが現れたからだ! 奴さえ来なければ、誰も、何も、壊さずに済んだ!」
【コメント】言い切った
【コメント】全部オブシディアンのせい
【コメント】撃ったのお嬢だけどな
【コメント】指輪渡したの金ピカだけどな
【コメント】指さしたのスタロだけどな
【コメント】やめろ、スタロに刺さる
【コメント】本人は、全部オブシディアンのせいだって
【コメント】すごい、一ミリも自分のせいだと思ってない
俺は、言い返そうとして、やめた。
どこかで、似た言い方を聞いたことがあった。
日傘を差して、ころころ笑う声で。わたくしは、悪い方の敵ですの。
「……あいつと、似たこと言うんだな」
「誰とだね?」
「なんでもない」
金ピカは、気にした様子もなく、瓦礫の一角に、どかりと腰を下ろした。宿屋の土台の、少し手前だった。
「さて。私は、ここで待つ」
「何を」
「宿敵が、戻ってくるのをだ。奴は、落ちた場所に戻ってくる」
「捕まえるのか」
「捕まえる? ハーッハッハッハ!」
金ピカは、白い歯を見せたまま、笑った。
笑い声だけが、何もない通りに、やけによく響いた。
「そんな甘っちょろいことはせんよ。確実に、この手で葬り去る! こんな機会は、滅多にないのでね」
背中が、冷たくなった。
【コメント】え
【コメント】葬り去る?
【コメント】ヒーローの台詞か、それ
【コメント】戻ってきたとこを、待ち伏せして?
【コメント】十年の宿敵相手だぞ
【コメント】だから、なんだろ
【コメント】金ピカがやったら、今度こそ戻ってこないんじゃ……
【コメント】やめろ、怖いこと言うな
*
小夜は、金ピカの方を見ていなかった。
壁の輪があったあたり。あいつが立っていたあたり。瓦礫の山の、ほかと何も変わらない一角を、じっと見ていた。
「瑠璃華、どこで起きるの」
「拠点だろ。プレイヤーだから、すぐ起きてる」
「……そっか」
小夜は、袋を抱え直した。
「じゃあ、迎えに行く」
【コメント】小夜ちゃん……
【コメント】迎えに行く
【コメント】怒る?
【コメント】たぶん、怒る
【コメント】怒っていい
後ろで、瓦礫を踏む音がした。
果物屋のおっちゃんが、自分の屋台があったあたりを、腕組みして見下ろしていた。
「兄ちゃん」
「……ああ」
「明日も、暇か」
一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。
それから、笑いが出た。
「暇だよ」
「そうか。じゃあ、また頼まあ」
【コメント】おっちゃん……
【コメント】横木、まだ渡してなかったもんな
【コメント】スタロ、笑った
【コメント】この人たちが一番強い
小夜の背中を追って、歩き出した。
振り返ると、金ピカは、瓦礫の上で腕を組んで、硝子の目に向かって、まだ何か喋っていた。
白い歯を見せたまま。宿敵が落ちた場所から、一歩も目を離さずに。




