第124話勇敢な市民に、贈り物ですの?
黒いかまくらの欠片が、通りじゅうに降ってきた。
「ハーッハッハッハ!」
笑い声が、壁を越えて飛び込んできた。
銀色の影が、壁の縁を蹴って、真上から落ちてくる。拳が、日傘の柄にかかった手袋の手めがけて、まっすぐに振り下ろされた。
黒い盾が咲いた。
盾ごと、白衣が吹き飛んだ。オブシディアン様は、石畳の上を滑って、壁の輪の向こう側の端で、ようやく止まった。
【コメント】金ピカ!
【コメント】かまくら割った
【コメント】盾ごとぶっ飛ばした
【コメント】白衣、吹っ飛んだ
オブシディアン様は、砕けた盾の欠片を払いながら、壁の上を見上げた。
「……十年目で、いちばん重い拳だね。せっかく、整えたのに」
「当然だ! 中継中だからな!」
【コメント】理由が中継
【コメント】十年、カメラがある日だけ本気なのか
【コメント】それはそれで一貫してる
スターグリント様は、わたくしの前に着地しなかった。
もう一度跳んで、壁の上に立った。紺のマントは、裾から半分が焦げて消えていた。
その真上に、アリア様の硝子の目が浮いていた。
スターグリント様は、硝子の目の方へ、白い歯を見せた。
「市民の諸君! 英雄は、閉じ込められても、出てくるものだ!」
【コメント】カメラ見た
【コメント】まずカメラ
【コメント】ブレない
【コメント】お嬢、喉まで固まってるんだぞ
スターグリント様は、銀の胸甲の継ぎ目に指を差し込んで、何かを引き抜いた。
小さな、銀の輪だった。陽を受けて、きらりと光った。
「勇敢な市民に、英雄から贈り物だ!」
銀の輪が、放物線を描いて飛んできた。
わたくしは、日傘の柄を手首に掛けて、空いた人差し指を、すっと立てた。
輪は、指の先に吸い込まれるように落ちてきて、根もとまで、ころりと収まった。
ひやりとした。
指輪の表には、細かな花びらが、ぐるりと一周、彫り込まれていた。
【コメント】入った
【コメント】指で受けた!?
【コメント】曲芸か
【コメント】指輪
【コメント】英雄から指輪
【コメント】プロポーズ?
【コメント】違う
【コメント】絶対違う
『――ご覧ください! 英雄スターグリントから、勇敢な市民へ、指輪の贈呈です! これは……歴史的瞬間です!』
【コメント】アリアが一番盛り上がってる
【コメント】歴史的(たぶん違う)
「まあ。殿方から指輪をいただくなんて」
わたくしは、指輪をはめた手を、陽にかざした。
「お嬢様に指輪を贈るのでしたら、もう少し、段取りというものが」
「段取りは、後だ! よく聞きたまえ、勇敢な市民!」
スターグリント様は、壁の上で、硝子の目とわたくしの両方に向けて、大きく腕を広げた。
「それは、百八番、満開! 爆ぜる力を、百歩先まで咲かせる指輪だ! 届かせられるのは、十歩先まで! だが、咲いた花の十歩の内なら――どんな殻の上からでも、芯まで届く!」
銀の指が、壁の向こう側の白衣を、まっすぐに指した。
「君の花火を、うんと広げてやりたまえ! 爆ぜる力と、崩れる建物とで、大きな痛手になる! ハーッハッハッハ!」
【コメント】百八番?
【コメント】何の番号だよ
【コメント】よその地方じゃ、番号のついた装備をナンバーズって呼んでるらしい。百から上は、呪いの品だって話がある
【コメント】急に詳しい奴きた
【コメント】呪い?
【コメント】ナンバーズ?
【コメント】なんで金ピカが持ってるんだよ
【コメント】使えないから、しまってたんじゃね
【コメント】で、それをお嬢に渡すのか
【コメント】でも、届くのは十歩先まで?
【コメント】お嬢の射程が? 十歩?
【コメント】指輪つけたら、縮むってことか
【コメント】呪いって、それか
隣で、ゲイリー様が、首だけをこちらへねじった。
わたくしの指輪を見て、それから、壁の上の英雄を見上げた。
「……おい、金ピカ。俺には、ねえのか」
スターグリント様が、壁の上で、ぴたりと動きを止めた。
「……金ピカ?」
白い歯を見せたまま、少しだけ首を傾げた。それから、自分の胸甲の金の縁を、ちらりと見下ろした。
「私のことかね?」
「ほかに誰がいるんだよ」
「ふむ。……金ピカで目立つのも、英雄の商売のうちだ! 褒め言葉として受け取っておこう! だが、君は、自分で拾いたまえ!」
「拾えるもんなら、とっくに拾ってるよ」
【コメント】ゲイリー、ねだった
【コメント】金ピカ、本人が受け取った
【コメント】褒め言葉にした
【コメント】前向きすぎる
【コメント】自分で拾え(英雄の助言)
壁の向こう側で、オブシディアン様が、ゆっくりと身を起こしていた。
仮面の奥が、わたくしの指を見ていた。
笑っていなかった。
「……百八番。君、そんなものを、まだ持っていたのか」
「英雄の倉には、色々あるのだ!」
「そうか。……十歩先まで、だね」
白衣の裾が、ふわりと持ち上がった。
靴底が、石畳から離れていく。指一本分では済まなかった。壁の縁の高さを越えて、まだ昇る。その先の空には、黒い卵が浮いていた。
「では、十歩の外で、先に仕事を済ませよう。荷物は、あとで取りに来る」
白衣が、黒い卵の方へ昇っていく。
足もとで、島が、ずしん、と一段沈んだ。壁の外で、縄がいっせいに鳴った。誰かの短い悲鳴が、壁を越えて聞こえた。
【コメント】親石を先に持ってく気だ
【コメント】距離取られた
【コメント】十歩の外に行かれたら、終わりじゃん
【コメント】で、戻ってきてお嬢を持ってくのかよ
【コメント】あの卵、持ってかれる!
「逃がさんっ!」
スターグリント様が、壁を蹴った。
銀色の尾が、白衣を追って、空へ昇っていく。
「市民! 十歩だ! 十歩の内まで、私が連れ戻す! それまで――」
声が、空の上で、ちぎれた。
そのとき、壁の縁に、白い装甲の手がかかった。
蛍光の線が、壁の上に、ぐいと体を引き上げた。
「――瑠璃華!」
スタロ様だった。
肩で息をしていた。壁の外側で、ずっと殴っていた拳が、白い粉で汚れていた。
スタロ様は、壁の上から、わたくしの喉もとの黒い石を見た。
それから、わたくしの指の、銀の輪を見た。
「……百歩、って言ったよな。あいつ」
スタロ様の顔が、壁の外の、通りの方を振り返った。
縄に繋がれた、黒い像の方々。屋台の柱。その陰の、小夜さん。
わたくしは、指輪をはめた指で、日傘の柄に触れた。
「スタロ様。三十秒、お待ちいたしますわ」




