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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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122/171

第122話閑話 塔の中から、小声で

☆ 夜歩きのユキト視点 ☆


「……はい。夜歩きのユキトです。昼だけど」


 声は、喉の奥で潰す。

 階段の踊り場の、手すりの陰。俺は、白い壁に背中をぴったりつけて、しゃがんでいた。頭の上の、そのまた上の階から、どかん、どかん、と、何かを殴る音が降ってくる。


「今、市場の島の、中央塔の中です。……ニュースは窓の外からしか撮れないんで。中、行きます」


【コメント】きた

【コメント】ユキト、塔の中にいるのかよ

【コメント】どうやって入った

【コメント】まさか、忍び込んだ?

【コメント】声ちっさ

【コメント】いつもの


 手元の硝子の目が、ぶれる。俺の手が震えてるからだ。

 仕方ない。島ごと、さっきから傾いてる。階段が坂になってる。手すりを掴んでないと、下の階まで転げ落ちる。


 一段ずつ、這うように上がる。

 階段は、塔の内側の壁に沿って、ぐるぐると巻いていた。手すりの向こうは、底の見えない縦穴だ。下から、ひやりとした風が吹き上げてくる。


「……ここ、親石が上がってきた穴です。たぶん」


 どかん、という音が、近くなる。


 最上階の、ひとつ手前の踊り場で、止まった。

 扉が、半分開いていた。その隙間に、硝子の目を寄せる。


「……見えますか。これ、親石です。島を浮かせてる、でかい浮き石」


 丸い部屋だった。

 床の真ん中に、さっきの縦穴の口が開いている。その真上に、人の背丈よりでかい、淡い青の石が浮いている。その下半分から上に向かって、黒い泡が、じわじわと這い上がっている。もう、半分以上が呑まれていた。


 石の前に、白衣の背中。

 部屋の入口に、銀色の背中。


【コメント】うわ、近い

【コメント】オブシディアンと金ピカ

【コメント】ニュースより近い

【コメント】さすがユキト

【コメント】死ぬなよ


 金ピカの拳が、黒い盾を砕く。砕けたそばから、次の盾が生える。

 ニュースの中継だと、派手に見えた。でも、ここからだと分かる。金ピカの肩が、上下に大きく動いている。拳の振りが、最初に見た映像より、明らかに遅い。


「……スターグリント、息、上がってます」


 オブシディアンが、振り返りもせずに、楽しそうに言った。


「十年だよ、スターグリント。十年、君の拳を受けてきた。いい加減、割れ方の癖も覚える」

「黙れ!」

「この島の親石をいただいたら、私は自分の島を作る。誰にも殴られない、静かな研究所をね。……君にも、遊びに来てほしいな」


【コメント】動機、それ?

【コメント】自分の島

【コメント】研究所欲しいだけの宿敵

【コメント】この島の人たち、どうなるんだよ

【コメント】考えてないだろ、あいつ


 俺は、硝子の目を、もう少しだけ隙間に寄せた。

 部屋の隅に、灰色の制服の塔番が、腰を抜かして座り込んでいるのが見えた。俺がここまで来られたのは、あの人が持ち場の入口を離れて、上で腰を抜かしていたからだ。ありがとう、塔番。


 そのとき、コメント欄が、急にざわついた。


【コメント】ユキト

【コメント】ユキト、ちょっと

【コメント】今、お嬢の配信見てる奴いる?

【コメント】お嬢、三番通りで板見てる

【コメント】板に映ってるの、その塔だぞ

【コメント】お嬢の配信に、ユキトのいる塔が映ってる

【コメント】爆破お嬢様が見てるぞ


「……は?」


 声が、出た。小声じゃなかった。慌てて、口を押さえる。


【コメント】声でかい

【コメント】ユキト逃げろ

【コメント】お嬢、黙った

【コメント】黙ったらやばいやつ

【コメント】三十秒数えてるって

【コメント】選挙のとき、板見てるだけで台の裏が吹っ飛んだだろ

【コメント】逃げろって!!


 知ってる。

 知ってるよ。俺だって、あのお嬢の切り抜きは、全部見てる。板を見てるだけで、板の向こうが吹っ飛ぶ。どうやってるのかは、誰にも分からない。分からないけど、起きる。


 ここは、板の向こうだ。


 俺は、踊り場から、階段を転がるように下りた。手すりを掴む。離す。掴む。一階分。もう一階分。

 硝子の目が、壁と天井と自分の靴を、ぐるぐる映した。


【コメント】画面酔う

【コメント】いつものユキト

【コメント】あと十!

【コメント】五!


 二階分下りたところで、足を滑らせて、踊り場に腹ばいに倒れた。


 頭の上で、世界が白くなった。


 音は、少し遅れて来た。

 階段の上から、白い石の粉が、滝みたいに降ってきた。天井が、みしみしと鳴った。俺は、硝子の目を胸に抱えて、頭を抱えて、ひたすら丸くなっていた。


 ……静かになった。


 そっと、顔を上げる。

 さっきまでしゃがんでいた踊り場から上が、まるごと、なかった。階段が、空の途中で、ぷつりと終わっていた。青い空が、見えた。


【コメント】……

【コメント】生きてる?

【コメント】ユキト!

【コメント】塔のてっぺん、なくなってる

【コメント】二階分下りてなかったら、拠点の寝台だったな

【コメント】お嬢の三十秒に、二階分で勝った男


「……生きてます」


 自分の声が、ひどく掠れていた。


「生きてます。……てっぺん、ないです」


 硝子の目を、空に向ける。

 崩れた階段の先、空中に、黒い殻がひとつ、浮いていた。ぴしりと割れて、白衣が、何事もなかったように出てくる。親石は、まだそこにあった。黒い泡も。


 そして、瓦礫の中から、銀色の腕が突き出した。

 煤まみれの金ピカが、空中の硝子の目に向かって、何か叫んでいた。ここまでは、聞こえなかった。


【コメント】オブシディアン、また無傷

【コメント】金ピカ、なんか叫んでる

【コメント】三歩横どころじゃない、って言ってたらしい

【コメント】ニュースで流れてた

【コメント】金ピカ、完全に誰が撃ったか分かってる


 足もとが、また、ぐらりと揺れた。

 さっきより、大きく。


 俺は、崩れた壁の穴から、外を覗いた。

 隣の島が、見えた。さっきまで、この塔と同じくらいの高さに見えていた、隣の島の白い塔のてっぺんが――今は、少しだけ、見上げる位置にあった。


「……皆さん」


 俺は、もう一度、声を喉の奥で潰した。


「この島、下がってます」


【コメント】下がってる?

【コメント】沈んでる

【コメント】隣の島と比べたら分かる

【コメント】ニュース、まだそれ言ってないぞ

【コメント】ユキトの方が先に気づいた

【コメント】これ、落ちるのか?


 塔の上の方で、オブシディアンが、笑っていた。

 その声だけは、なぜか、ここまで、よく聞こえた。


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