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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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120/171

第120話お嬢様は、ここで見ておりますわ

 ゲイリー様の拳が、宙に浮く白衣に届く寸前で、黒い盾が咲いた。


 拳は、盾を砕いた。

 そのまま、二枚目も砕いた。三枚目に、深いひびが入った。


「……おや」


 オブシディアン様が、初めて、少しだけ身を引いた。


【コメント】ゲイリー!

【コメント】三枚抜きかけた

【コメント】金ピカより割ってないか

【コメント】ただの素手で?

【コメント】素手で三枚目にひび


 ゲイリー様は、宙で体をひねって、わたくしの二歩先の、黒い岩の上に着地した。拳の布が、黒い粉で汚れていた。


「硬えな。でも、割れねえほどじゃねえ」

「面白い。君は、何も考えずに殴っているね」

「考えたら、腹が減るだろ」


 オブシディアン様は、くすりと笑った。

 それから、ゲイリー様の足もとへ、黒い硝子玉を三つまとめて落とした。


 泡が、ゲイリー様の腰の上まで、一気に這い上がった。


「……おい。おい、待て」

「待たないよ。君の相手は、また今度だ」


【コメント】腰まで固められた

【コメント】ゲイリー、動けない

【コメント】礼金……

【コメント】礼金、遠のいた


 ゲイリー様は、腰から下を黒い石に包まれたまま、上半身だけで、じたばたともがいた。

 わたくしと、目が合った。


「……お嬢ちゃんも、か」

「ええ。お揃いですわね」

「揃えたくなかった」


   *


 オブシディアン様は、ふわりと高く昇っていった。

 三番通りの真上で止まると、白衣の両袖を、大きく広げた。


 黒い硝子玉が、通りじゅうに降り注いだ。


 軒先で。路地の入口で。屋台の陰で。逃げようとしていた人たちの足もとで、次々に割れた。

 悲鳴が、あちこちで上がって、それから、途中で止まった。


【コメント】うわ

【コメント】通りじゅう

【コメント】人が固まってく

【コメント】これ、像だ

【コメント】黒い像が並んでる

【コメント】三番通りが、黒い石像の通りになった


 逃げる途中の格好のまま、人が、黒い石に包まれていた。走りかけた足。振り返りかけた顔。子どもの手を引いた腕。どれも、つやつやとした黒の中で止まっていた。

 顔だけは、出ていた。目が、動いていた。


 スタロ様が、通りの端から端まで、跳んでいた。

 黒い石を拳で割る。ひとり、掘り出す。路地の奥へ運ぶ。戻る。次を割る。


 空から、まだ硝子玉が降っていた。

 白い影は、運ぶ途中で、ときどき真上へ跳ね上がった。落ちてくる黒い玉の下に、足場を一枚、差し出す。玉は宙で板に当たって割れ、噴き出した泡は、板ごと固まって、ただの黒い塊になって石畳に落ちた。その下にいた方は、振り向きもせずに、走り抜けていった。

 降りてくる。割る。運ぶ。また跳ね上がる。白い光の線が、通りの上と下を、縫うように行き来していた。


【コメント】玉、空中で止めてる

【コメント】足場を傘にしてる

【コメント】拾って、運んで、受けて

【コメント】一人で三人分働いてる


 速い。けれど、通りには、黒い像が、何十も並んでいた。


 銀色の影が、通りに降りてきた。

 スターグリント様が、手近な黒い像の前に着地して、拳をひとつ振るった。黒い石が、まるごと粉々に砕けた。中にいた荷運びの方が、勢い余って、石畳の上を三回転がった。


「心配無用! 英雄が来た!」


 スターグリント様は、転がった荷運びの方には目もくれずに、宙の硝子の目へ親指を立てた。

 それから、隣の像も、そのまた隣の像も、同じように一撃で砕いた。中の方々が、そのたびに、石畳の上に放り出されて転がった。


【コメント】速い

【コメント】一撃で割ってる

【コメント】中の人、毎回すっ転んでる

【コメント】助けてはいる、助けては

【コメント】一人割るたびにカメラ見てる


 三つ目の像を砕いたところで、スターグリント様は、空を見上げた。

 オブシディアン様が、通りの上で、次の硝子玉を指に挟んでいた。


「待て、オブシディアン!」


 銀色の影は、また空へ戻っていった。

 残った黒い像は、まだ、何十もあった。


 店先の映像の板から、アリア様の声がした。


『――英雄スターグリント、市民を三名、一瞬で救出! そして、ご覧ください、通りの端から端まで、白い光の線が走っています! あれは……あれは、どなたでしょう!?』


 硝子の目が、通りを跳び回るスタロ様の方を、追いかけはじめていた。


【コメント】アリアがスタロに気づいた

【コメント】上層のニュースに、スタロが映った

【コメント】「あれは、どなたでしょう」

【コメント】スターライトロードだよ!!

【コメント】下町のヒーローだよ!!


【コメント】スタロ、全部ひとりで掘り出す気だ

【コメント】間に合わない

【コメント】数が多すぎる

【コメント】それでも止まらないんだよな、こいつ


 スタロ様が、果物屋の方の屋台の前に降りた。

 屋台の柱の脇で、果物屋の方が、膝まで黒い石に埋まっていた。その陰で、小夜さんが、袋を抱えたまま、足首を固められていた。


「兄ちゃん、俺はいい! 嬢ちゃんを先に!」


 スタロ様は、小夜さんの足もとの石を、二度叩いて割った。

 小夜さんの足が抜けた。


「小夜、下がってろ」

「……やだ」


 小夜さんは、丁子屋の袋を石段に置いた。

 それから、通りに落ちていた木槌を拾い上げて、果物屋の方の膝の黒い石を、両手で叩きはじめた。


「わたしも、割る」


【コメント】小夜ちゃん!

【コメント】木槌

【コメント】さっき、おっちゃんがスタロにやってたやつ

【コメント】バトンが回ってる


 果物屋の方の足が抜けると、果物屋の方は、隣の黒い像の方へ、這うように向かっていった。宝石商の方の戸口の前で、固められていた若い娘の方の石を、素手で叩きはじめる。

 宝石商の方が、店の奥から、金槌を持って飛び出してきた。


 ひとりが抜けると、そのひとりが、次の誰かの石を叩いていた。

 通りのあちこちで、かん、かん、と、石を叩く音が、増えていった。


 スタロ様が、一瞬だけ、足を止めた。

 通りを、端から端まで見渡した。


 兜の奥の表情は、見えなかった。

 けれど、蛍光の線が、一度だけ、ゆっくりと明るくなった。


【コメント】みんなで割ってる

【コメント】スタロが助けた人が、次の人を助けてる

【コメント】スタロ、止まった

【コメント】ライン、光った

【コメント】……ちょっと泣きそう


 わたくしは、膝から下を黒い石に包まれたまま、日傘を傾けて、その通りを眺めていた。


「まあ。皆様、お掃除がお上手ですのね」


【コメント】お掃除

【コメント】今のを、お掃除で済ませた

【コメント】お嬢、自分の足は誰にも割ってもらってない

【コメント】頼んでもいない

【コメント】たぶん、割ってもらう気もない


「お嬢ちゃん」


 隣で、腰まで埋まったゲイリー様が、低く言った。


「あんたは、あれを片付けねえのか」


 ゲイリー様が、空を顎で指した。

 三番通りの上で、オブシディアン様が、黒い硝子玉を撒き終えて、手袋を払っていた。


「片付けますわ。けれど、あの方、何度お片付けしても、殻の中から出ていらっしゃいますの」

「じゃあ、どうすんだ」

「どうするか、ここで見ておりますの」

「……動けねえだけだろ、今は」


【コメント】ゲイリー、正論

【コメント】動けないだけ

【コメント】お嬢、言い返さない

【コメント】否定しないの、ちょっとこわい


 オブシディアン様が、通りの上で、くるりと向きを変えた。

 島の真ん中の方へ。市場の島の、いちばん高い、白い塔の方へ。


 盗んだ青い宝石を掲げたまま、オブシディアン様は、ゆっくりと、そちらへ飛んでいった。

 スターグリント様が、銀色の尾を引いて、その後を追った。


 足もとの黒い石が、かすかに、きしんだ。

 石畳が、ほんの少しだけ、傾いたような気がした。


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