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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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119/171

第119話何発でも、お受けくださいますの?

 黒い硝子玉が、雨のように降ってきた。


 店先の屋根で、ひとつ割れた。石畳で、ひとつ割れた。割れるたびに黒い泡が噴き出して、あっという間に固まっていく。屋根の庇(ひさし)が、黒い石の塊になった。通りの真ん中に、腰の高さほどの黒い岩がいくつも生えた。


 逃げ遅れた荷車引きの方の足もとで、ひとつ割れた。

 泡は、膝の上まで、一気に這い上がった。


「う、動けねえ……!」


【コメント】うわ

【コメント】泡の雨

【コメント】人の足、固めてる

【コメント】三番通りが、黒い岩だらけ

【コメント】スタロ、そっち行った!


 スタロ様が、光の足場を蹴って、荷車引きの方の前に降りた。固まりかけた泡に拳を叩きつける。ひびが入る。もう一度。荷車引きの方の足が、黒い石の中から抜けた。

 スタロ様は、その方を肩に担いで、路地の奥へ跳んだ。すぐに戻ってきて、次の人のところへ。


 オブシディアン様は、空の上から、ゆっくりと降りてきた。

 青い宝石を掲げた手袋の下で、白衣の裾が、ふわりと揺れる。靴の底は、石畳から指一本分だけ浮いていた。


「さて、お嬢さん」


 男は、わたくしから十歩ほど離れたところで、宙に浮いたまま止まった。


「さっきの花火を、もう一度見せてくれないか。今度は、こちらも心構えをしておく」

「まあ。何発でも、お受けくださいますの?」

「ああ。何発でも」


【コメント】挑発してる

【コメント】お嬢の爆破を、わざと受けるって

【コメント】殻で受け切れる自信があるんだ

【コメント】お嬢、乗るな

【コメント】乗るよなあ


 オブシディアン様の背中に、銀色の影が降ってきた。

 スターグリント様の拳が、白衣の背中へ振り下ろされる。黒い盾が、背中と拳のあいだに、ぱっと咲いた。


「私を無視するな、オブシディアン!」

「すまないね、スターグリント。君のことは、十年かけてよく知っている。……知らないものの方が、面白いんだ」


 男は、背中で盾を砕かせながら、わたくしから目を離さなかった。


 スタロ様は、通りの端で、固められた方を肩に担いでいた。指をさすどころではなかった。

 わたくしは、黙って、数えはじめた。


 通りの向かいの、宝石商の方の戸口を見た。

 宝石商の方は、まだ、そこにいた。戸の陰から、震えながら、通りの真ん中の白衣を見つめていた。

 柔らかい目だった。

 その目を、お借りした。


 ――黒い岩の向こう。宙に浮く白衣。その背中に、銀の拳。


 三十。


 オブシディアン様の足もとが、白く光った。

 熱い風が、日傘の縁を叩いた。


【コメント】撃った

【コメント】金ピカ、また巻き込まれた

【コメント】通りの石畳ごと

【コメント】両側の店、二軒いった


 煙が晴れると、通りの真ん中に、黒い殻がひとつあった。

 ぴしり、とひびが入って、殻は割れた。オブシディアン様が、宙に浮いたまま、裾についた砂を払っていた。


 少し離れた石畳に、スターグリント様が仰向けに転がっていた。

 跳ね起きて、まず、自分の背中を振り返った。紺のマントの裾が、焦げて縮れていた。


「……マントが」


 スターグリント様は、宙に浮かぶ硝子の目の方を、ちらりと見た。

 それから、わたくしの方へ、白い歯を見せたまま、指を一本立てた。


「市民! 中継中だ! 次からは、狙いを私の三歩横にしてくれたまえ!」


【コメント】マントの心配

【コメント】自分の体より見栄え

【コメント】三歩横(具体的)

【コメント】初めて笑顔が引きつってた

【コメント】二人とも無傷なのは変わらないけどな

【コメント】お嬢、さっきより大きくしてなかった?

【コメント】それでも殻が割れない

【コメント】あの泡、何でできてんだ

【コメント】魔法にしちゃ、出し方が雑すぎる。玉が割れるだけだぞ

【コメント】十年、金ピカとやり合ってられる理由が分かった


 店先の映像の板から、アリア様の声が流れていた。


『――ご覧ください! 英雄と宿敵の戦いに、日傘の少女が割って入りました! えっ、下町の、あの……? いえ、とにかく、勇敢な市民です!』


【コメント】アリア、お嬢のこと知ってて言い直した

【コメント】勇敢な市民(公式)

【コメント】上層のニュースに、お嬢が勇敢な市民として載った


「ふむ」


 オブシディアン様は、割れた殻の欠片をひとつ、手袋の指でつまみ上げた。

 内側を、光にかざして眺める。


「火だけではないね。……何かが混ざっている。何が混ざっているのかは、まだ分からない。面白い。実に面白い」


 男は、欠片を、ぽいと捨てた。


「もう一度」


 わたくしは、もう一度、三十を数えた。


 二十八を数えたところで、スターグリント様が、何も言わずに真上へ跳んだ。


 屋台の陰で、小夜さんの肩を押さえている果物屋の方がいた。柔らかい目だった。その目を、お借りした。


 ――黒い岩。宙の白衣。


 白。


 殻。

 割れて、無傷の白衣。


「もう一度」


 三度目は、屋根の上の鳩の目だった。


 ――真下の、白衣。


 白。


 殻。


【コメント】金ピカ、撃つ直前に跳んだ

【コメント】お嬢が黙って三十秒たったら来る、って覚えたな

【コメント】十年戦ってる奴の学習速度

【コメント】これで五発目

【コメント】全部、殻で受けられてる

【コメント】通りの店が、一発ごとに減っていく

【コメント】お嬢、表情変わってない

【コメント】これ、まずくないか

【コメント】効いてないの、まだ信じられん


 その殻が割れたとき、オブシディアン様は、ほんの少しだけ、肩で息をしていた。

 それでも、仮面の切れ目の奥は、楽しそうに笑っていた。


「素晴らしい。……では、私の番だ」


 白衣の袖から、黒い硝子玉が、ひとつ、こぼれ落ちた。

 わたくしの足もとで、割れた。


 冷たいものが、靴の上を這い上がってきた。

 足首。ふくらはぎ。黒い泡が、ドレスの裾ごと、わたくしの両足を、石畳に縫い止めていく。


【コメント】お嬢!

【コメント】足、固められた

【コメント】お嬢、もともと動かないけど

【コメント】動かないのと、動けないのは違う

【コメント】スタロ、こっち!


「お嬢様は、もとより、走り回ったりはいたしませんの」


 わたくしは、日傘を肩に預けたまま、にっこりと微笑んだ。

 泡は、膝の下で止まっていた。


「――瑠璃華!」


 果物屋の方の屋台の陰から、小夜さんの声がした。

 丁子屋の袋を胸に抱えたまま、小夜さんが、柱の陰から半分だけ身を乗り出していた。


「足! それ、足っ!」

「ご心配なく、小夜さん。ここが、わたくしのお席ですもの」

「そういうことじゃないでしょ……!」


 小夜さんは、身を乗り出しかけて、果物屋の方に腕を掴まれて、引き戻された。


「次は、わたくしの番ですわね」


 そのときだった。

 宝石商の方の戸口から、大きな影が、身を屈めて出てきた。


 熊の毛皮の胴着。腰の銭袋。

 宝石商の方が、その背中に向かって、震える声で叫んでいた。


「と、取り返してくれたら、礼金は、約束どおり、はずむ……!」

「聞いた。はずむんだな」


 ゲイリー様は、首を左右に鳴らすと、宙に浮く白衣を見上げた。


「なんだ、あの浮いてる奴。……あの仮面、手配書のいちばん上の段に貼ってあったな」


【コメント】ゲイリー!

【コメント】また礼金目当て

【コメント】宝石商に雇われてた

【コメント】手配書のいちばん上の段(オブシディアン)

【コメント】金の匂いに一直線


 ゲイリー様は、通りの真ん中の黒い岩をひとつ踏み台にして、跳んだ。

 大きな拳が、宙に浮く白衣めがけて、まっすぐに飛んでいった。


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