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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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118/171

第118話十年目の、お手合わせですのね

 銀色の胸甲(きょうこう)が、途切れた渡り橋の端に着地した。


 白い石が、網の目のようにひび割れた。橋がぐらりと揺れる。スターグリント様は、それを気にも留めずに、オブシディアン様をまっすぐ指さした。


「オブシディアン! 今日こそ、終わりにしてやる!」

「それは、十年前から聞いている台詞だよ。この街でも、よその街でもね」

「ならば、何度でも言ってやるとも!」


 オブシディアン様は、白衣の裾を払って、肩をすくめた。

 手袋の手のひらの上で、宝石商の飾り窓から盗んだ青い宝石が、朝の光をきらりと返した。


【コメント】金ピカ来た

【コメント】十年前から

【コメント】宿敵歴、十年

【コメント】ずっと捕まえられてないってことか

【コメント】それはそれでどうなんだ

【コメント】よその街?

【コメント】上層の別の島のことだろ

【コメント】いや、街って言ったぞ

【コメント】まだ行けないエリアがあるとか? 次のアプデ?

【コメント】別鯖の街の話だったりして

【コメント】NPCが別鯖のこと知ってるわけないだろ

【コメント】それはそう

【コメント】悪役の言うことをいちいち真に受けるな


 空の上の方から、小さな光る球が、ふわりと降りてきた。

 硝子の目だ。ニュースの中継を撮っている、あの空飛ぶ目だった。宿の食堂で何度も聞いた声が、通りの店先の映像の板から、一斉に流れ出した。


『――緊急中継です! 市場の島、三番通りの渡り橋から! 上層の英雄スターグリントと、宿敵ドクター・オブシディアン! 十年目の決戦です! ChECk☆it☆OuT☆!』


【コメント】アリアだ

【コメント】緊急中継でもそれ言うのか

【コメント】中継きた

【コメント】十年目の決戦(今日たまたま)


「ハーッハッハッハ!」


 スターグリント様が、橋の上を駆けた。

 速い。銀色の体が、ひと息で白衣の目の前にいた。大きな拳が、仮面の真ん中へまっすぐに振り下ろされる。


 拳は、仮面に届かなかった。


 白衣の袖から噴き出した黒い泡が、拳と仮面のあいだで、一瞬のうちに固まっていた。黒く光る、石の盾。

 拳が、盾を砕いた。砕けた向こうに、もう一枚。それも砕けた。その向こうに、もう一枚。


【コメント】殴ってる殴ってる

【コメント】盾が何枚も出てくる

【コメント】割っても割っても

【コメント】ミルフィーユかよ


「硬い! 硬いな!」

「ああ、君の拳は効かないね。だが、私の泡も、君の胸には効かない。……いつものことだ」


 オブシディアン様は、後ろへ跳びながら、黒い硝子玉をひとつ放った。

 玉は、スターグリント様の足もとで割れた。噴き出した泡が、銀のすね当てを、石畳ごと包み込む。

 スターグリント様は、笑いながら、その足を力ずくで引き抜いた。黒い石が、ばらばらと砕けて散った。


【コメント】泡、胸甲にはくっつかないのか

【コメント】足にはくっつく

【コメント】で、力ずくで引っこ抜く

【コメント】十年これやってるのか、この二人


 わたくしは、石段から立ち上がって、日傘を肩に預けた。

 隣で、小夜さんが、丁子屋の袋を二つ、ぎゅっと胸に抱え込んでいた。


「……瑠璃華。あれ、こっちまで来ない?」

「小夜さんは、果物屋さんの、敷き布の陰へ。あちらの柱の陰なら、少しは安心ですわ」

「あなたは?」

「わたくしは、ここで十分ですの」


 小夜さんは、わたくしの顔を一度だけ見て、それから、袋を抱えたまま、果物屋の方の屋台の陰へ走っていった。


「スタロ様。三十秒、お待ちいたしますわ」

「――待て!」


 通りの向こうで、スタロ様が叫んだ。

 スタロ様は、まだ果物屋の方の屋台の柱を抱いていた。両足は、黒い泡で、石畳に縫い止められたままだった。


「今撃ったら、金ピカも巻き込むだろ!」

「スターグリント様は、丈夫な方ですもの」

「そういう問題じゃ――」


【コメント】正論

【コメント】お嬢、英雄ごといく気だ

【コメント】丈夫な方(二回目)

【コメント】五


 果物屋の方が、敷き布の上から、スタロ様が放り出した木槌を拾い上げた。

 両手で抱えて、スタロ様の足もとの黒い石を、がん、と叩く。


「兄ちゃん、足! 足、動かせ!」


 黒い石に、ひびが入った。

 スタロ様が、もう一度力を込めた。石が割れて、片足が抜けた。


「……ありがとう、おっちゃん!」

「礼はいいから、行け!」


【コメント】おっちゃん!

【コメント】木槌で

【コメント】今朝の屋台、さっそく恩返し

【コメント】十五


 スタロ様は、柱を果物屋の方に預けて、通りを駆け出した。

 渡り橋の方ではない。通りの両側の店先で、腰を抜かしている人たちの方へ。ひとり、またひとりと、腕を掴んで、路地の奥へ押し込んでいく。


 二十。


 渡り橋の上では、二人の戦いが続いていた。

 銀の拳が、黒い盾を砕く。砕けた欠片が、雲の下へ落ちていく。オブシディアン様は、橋の手すりの上を、まるで平らな道のように駆けていた。


 島の縁の手すりの脇で、荷運びの方がひとり、背負っていた荷を放り出したまま、橋を見つめていた。

 柔らかい目だった。

 その目を、お借りした。


 ――橋の上。銀の背中。その向こうに、白衣。手袋の中で光る、青い石。


 二十九。


 三十。


 渡り橋の、こちら側の端が、白く光った。


【コメント】撃った

【コメント】金ピカごと!

【コメント】橋、全部落ちた

【コメント】二人とも落ちる!


 橋は、もう、どこにもなかった。

 島の縁から先は、ただの空だった。光の粒が、いくつか、白い煙と一緒に昇っていく。


 その空の真ん中に、黒い殻がひとつ、浮いていた。


 落ちていなかった。

 殻が、内側から割れた。オブシディアン様が、何もない空中に、立っていた。手袋の手のひらで、盗んだ青い宝石が、心臓のように脈を打って光っていた。


【コメント】浮いてる

【コメント】空中に立ってる!?

【コメント】あの宝石、光ってる

【コメント】あれ、浮き石じゃね?

【コメント】盗んだの、浮き石のかけらか!


 雲の下から、銀色の光の尾が、まっすぐに昇ってきた。

 スターグリント様だった。胸甲には、焦げ跡ひとつ、ついていなかった。


「ハーッハッハッハ! 今のは効いたぞ、勇敢な市民! だが、下がっていたまえ!」


 スターグリント様は、わたくしに向かって親指を立てた。


【コメント】無傷

【コメント】お嬢の爆破、胸で受けてる

【コメント】で、お嬢を「勇敢な市民」扱い

【コメント】撃たれたのに褒めてる

【コメント】この英雄、頭おかしい


「まあ。わたくし、勇敢な市民ですの?」


 オブシディアン様が、空中で、ゆっくりとこちらへ向き直った。

 青い光に照らされて、仮面の細い切れ目の奥が、わたくしを見ていた。


「……爆ぜる前に、何の所作もなかった。日傘も、指も、口も、動いていない」


 男は、楽しそうに、首を傾げた。


「実に、興味深い。……スターグリント、少し待っていてくれたまえ。先に、あちらのお嬢さんと話がしたい」


 白衣の袖から、黒い硝子玉が、十も、二十も、こぼれ落ちた。

 三番通りの、店先の屋根の上へ。石畳の上へ。逃げ遅れた人たちの、足もとへ。


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