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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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111/171

第111話小夜さんの、晴れ舞台ですわ

 式典の島から、宿のある島へ戻ってくると、桟橋で、小さな硝子の目が、わたくしたちを待っていた。


 硝子の目の下に、女の方がひとり、立っていた。細身の上着に、胸もとの小さな光る札。昨日から、宿の食堂の壁で何度も聞いた声の方だった。


「エバーポートNEWSの、美城アリアと申します。先ほどの式典の件で、少しだけ、お話を伺えますか」


 板から聞こえる声より、ずいぶん落ち着いた話し方だった。


【コメント】おかえり

【コメント】ニュースの人だ

【コメント】朝の中継の声の人

【コメント】ChECk☆it☆OuT☆の人

【コメント】カメラ回ってないと普通なんだ

【コメント】取材きた

【コメント】お嬢、映る気満々では


「まあ。わたくしで、よろしければ」


 わたくしは、日傘を傾けて、一歩前に出た。

 アリア様の目は、わたくしの横を、すうっと通り過ぎていった。


「いえ。そちらの、お嬢さんに」


 アリア様が見ていたのは、小夜さんだった。


【コメント】www

【コメント】素通りされた

【コメント】お嬢じゃない

【コメント】一歩前に出たのに

【コメント】日傘の角度が完璧だったのに


「わたし……?」

「式典で、島の持ち主の方を、最後まで支えていらした方ですよね。中継に映っておりました。それに、スターグリントと握手をされた方の、お連れの方でいらっしゃる」


 アリア様は、にこやかに続けた。


「下町では、あの方は、悪辣非道のお嬢様、と呼ばれているそうですね。そのご友人から見た、九条院さんのお話を。少しだけ」


 小夜さんは、わたくしの顔を見た。

 それから、鈴村さんの顔を見た。鈴村さんは、穏やかに、小さく頷いた。


「……少しだけ、なら」


   *


 宿の食堂の壁の板に、小夜さんが映ったのは、その日の夜のことだった。


 板に映った小夜さんは、いつもの服に、いつもの前掛けで、少しだけ肩をすくめて立っていた。首もとで、磨いた首飾りが光っていた。


『――ズバリ伺います! 九条院さんとは、どういうご関係ですか!?』

『……友達。だと、思う。向こうがどう思ってるかは、知らないけど』


【コメント】小夜ちゃん映ってる

【コメント】アリア、カメラ回ると別人

【コメント】ガチガチ

【コメント】友達だと思う

【コメント】向こうがどう思ってるかは知らない、のとこ

【コメント】お嬢、今どんな顔してる


 わたくしは、食堂の卓で、両手を胸の前で組んでいた。


「まあ。小夜さんが、映っておりますわ」

「……そう、だね」


 隣の席で、小夜さんは、さじを持ったまま、板から目を逸らしていた。

 耳の先が、赤かった。


『――下町では、九条院さんの行くところ、だいたい何かが吹き飛ぶと伺いました! お友達として、正直、どうなんですか!?』

『……吹き飛ぶ、ね。うん』

『あなたも、いつもその現場に、ご一緒に!?』


 板に映る小夜さんは、少し考えるように、首飾りに指を当てた。


『いつも一緒、じゃないよ。わたしは、店があるし。……ただ』

『ただ?』

『いつも、近くにいるだけ。お使いとか、炭を取りに行ったりとか。気がついたら、近くにいる』


【コメント】いつも近くにいるだけ

【コメント】……

【コメント】いや、普通の答えだろ

【コメント】普通の答えなんだけどさ

【コメント】下町の掲示板の「白くなったとこ、全部あの子の通り道」って書き込み、覚えてる?

【コメント】今これ、そこに貼られてる

【コメント】やめろって

【コメント】本人、何も知らないで正直に答えてるだけだぞ


 食堂のあちこちで、ほかのお客様方が、板と小夜さんの顔を見比べていた。

 皆様、今日はずいぶん、小夜さんのお話に熱心だった。


「小夜さん、大人気ですわね」

「……やめてよ」


『――最後に! 今日の式典、目の前で人が光の粒になりましたけど――怖くは、ありませんでしたか!?』


【コメント】それ聞く!?


 板に映る小夜さんが、黙った。


 長い間だった。アリア様が、少しだけ首を傾げるくらい。小夜さんは、首飾りを握ったまま、どこか、板の外の遠いところを見ていた。


『……怖かった』


 それだけだった。

 アリア様が、明るい声で言葉を継いだ。


『でも、英雄が、守ってくれましたからね! それでは、本日の英雄の勇姿を、もう一度! ChECk☆it☆OuT☆!』


 板に映る小夜さんは、何も言わなかった。

 何か言う前に、映像は、スターグリント様のサムズアップに切り替わっていた。


【コメント】怖かった

【コメント】間が長かった

【コメント】英雄が守ってくれた、に何も返さなかった

【コメント】そりゃ、目の前であれ見たらな

【コメント】怖かった、の直後にChECk☆it☆OuT☆

【コメント】今のは決め台詞、使っちゃだめなとこだろ

【コメント】締めがサムズアップなの、編集の悪意を感じる


 食堂の卓で、小夜さんは、さじを置いた。


「……瑠璃華」

「なんですの?」

「瑠璃華は、今日の、あれ。……どう思った?」


 あれ、というのが何のことか、わたくしには、すぐに分かった。

 島の縁で、白い上着の方が、ひとつの粒になって昇っていったこと。


「悪い方を、最後まで、まっすぐに片付けていらっしゃいましたわ。降参したふりをして、あとでまた悪いことをなさる方も、いらっしゃいますもの」

「……ふり、だったのかな」

「さあ。わたくしには、分かりませんわ。けれど、スターグリント様は、そうお考えになったのでしょう」


 小夜さんは、しばらく、わたくしの顔を見ていた。

 それから、小さく、息を吐いた。


「……そっか」


【コメント】小夜ちゃん、何か言いたそう

【コメント】言わなかった

【コメント】お嬢の答え、お嬢らしい

【コメント】お嬢の物差しでは、スターグリントと同じ側なんだよな

【コメント】小夜ちゃんの物差しは、たぶん違う


 食堂の戸口から、鈴村さんが入ってきた。

 手に、湯気の立つカップを三つ載せた盆を持っていた。


「小夜さん。ニュース、拝見しましたよ」


 鈴村さんは、小夜さんの前に、カップをひとつ置いた。


「立派でした。正直に、ご自分の言葉で。……下町の皆さんも、きっと見ていらっしゃいますよ」


 小夜さんは、カップを両手で包んで、うつむいた。


「……見られてるの、なんか、やだな」

「ええ。慣れないうちは、そういうものです」


 鈴村さんは、小さく笑って、残りのカップを、わたくしと、空いた席の前に置いた。

 空いた席は、スタロ様の席だった。式典のあと、スタロ様は、まだ一度も宿に姿を見せていらっしゃらなかった。


【コメント】スタロ、帰ってきてない

【コメント】式典のあと、どっか行ったきり

【コメント】あの顔のまま

【コメント】ゲイリーは手配書の前だろうし


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