第110話三十秒、お待ちしておりましたのに
割れた雲の穴から、銀色の何かが、まっすぐに落ちてきた。
芝が、えぐれた。
着地の揺れで噴水が割れ、水が根元から噴き上がって、雨のように降った。白い上着の方が二人、芝の上を転がっていった。
土煙の中で、大きな影が、ゆっくりと立ち上がった。
昨日、宿の壁の板に映っていた、銀の胸甲の男だった。
「ハーッハッハッハ! 式典の皆さん、もう大丈夫だ!」
【コメント】来た
【コメント】スターグリント
【コメント】昨日ニュースで見た人
【コメント】本物
【コメント】噴水、一撃で壊れた
【コメント】着地だけで二人いった
【コメント】二十一
白い上着の方々の銃口が、一斉に、そちらを向いた。
連射の音が、また鳴った。火花が、銀の胸甲の上で、雨のように散った。
スターグリント様は、避けもせずに、まっすぐに歩いた。足場の一枚も、使わなかった。昨日の板の中で、青い筋を胸で受けていたときと、何も変わらなかった。
ひとり、ふたりと、芝に沈んでいく。三人目が、東屋の柱の陰に逃げ込んだ。
スターグリント様は、柱ごと、その方を殴った。
白い東屋の屋根が、半分、傾いた。
【コメント】東屋
【コメント】柱ごと
【コメント】中に人質いるんだぞ
【コメント】二十四
【コメント】屋根、傾いてる
【コメント】小夜ちゃん!
東屋の中で、悲鳴が上がった。
傾いた屋根の下で、名士の方々が、頭を抱えてうずくまっていた。島の持ち主の紳士と、その背中に手を添えた小夜さんも。
スタロ様が、新しい光の足場を蹴って、東屋の中へ飛び込んだ。
傾いた梁を、両腕で、下から支えた。
「出ろ! 今のうちに、全員、外へ!」
名士の方々が、這うようにして東屋から出ていく。小夜さんが、紳士の腕を肩に回して、最後に出てきた。
二十八。
残りの白い上着の方々は、もう、逃げ出していた。
ゲイリー様が、目の前を走り抜けようとした一人を、卓ごと殴り倒した。ほかの方々は、スターグリント様が追いかけて、ひとりずつ芝に沈めていった。
東屋の入口の脇にいた給仕の頭は、銀の籠手の拳を、連射銃ごと胸に受けて、芝の上を転がっていった。
三十。
わたくしは、日傘の柄を握ったまま、それを見ていた。
術式は、とうに組み終えていた。お借りする目の当ても、ついていた。
芝の上で、給仕の頭が、胸を押さえて丸くなっていた。
「……まあ」
【コメント】三十
【コメント】終わってた
【コメント】お嬢、撃ってない
【コメント】先を越された
【コメント】頭、まだ芝で転がってるぞ
【コメント】初めて見た、この形
*
芝の上に、白い上着の方々が、何人も転がっていた。
胸を押さえていた給仕の頭が、東屋の前の、島の縁ぎりぎりの芝まで這っていって、膝をついた。両手を上げていた。銃は、とうに放り出されていた。
東屋から出たばかりの小夜さんと紳士は、まだ、その近くにいた。
「……降参だ。降参する。浮き石なんざ、いらねえ。牢でも何でも入る」
スターグリント様は、その方の前に立った。
見下ろして、笑った。
「牢に入れば、いずれ出てくる」
「……は」
「出てきた君は、また誰かの島を狙う。それでは、エバーポートは安全にならない」
スターグリント様は、給仕の頭の襟首を、片手で掴んで持ち上げた。
紳士の体を支えた小夜さんは、そのすぐ二歩先に立っていた。
銀の籠手の中で、光が、ひとつ、弾けた。
光の粒が、ひとつ、昇っていった。
【コメント】……
【コメント】え
【コメント】降参してたのに
【コメント】今、何した
【コメント】始末
【コメント】生中継で
【コメント】NPCがNPCを
スターグリント様は、空になった手を、軽く払った。
それから、宙に浮かんだ硝子の目の方へ、くるりと振り返った。
「エバーポートは、今日も安全だ!」
白い歯。
右手の親指が、ぐっと立った。
【コメント】サムズアップ
【コメント】この直後に
【コメント】サムズアップするな
【コメント】ニュース的には、たぶん「英雄、式典を守る」
【コメント】上層の人たち、拍手してる
【コメント】名士さんたち、普通に拍手してる
芝の上で、名士の方々が、少しずつ立ち上がりはじめていた。誰かが手を叩いた。それが、すぐに広がった。
わたくしも、その拍手に加わった。
「まあ。お見事ですわ。三十秒、お待ちしておりましたのに。わたくしの出番は、ございませんでしたわね」
【コメント】拍手した
【コメント】お嬢、拍手してる
【コメント】知ってた
【コメント】出番取られて、ちょっと残念そうなのが一番こわい
小夜さんの手は、紳士の体を支えたまま、動かなかった。
光の粒が昇っていったあたりを、見上げていた。
顔から、色が抜けていた。唇が、何かの形に、少しだけ開いて、そのまま止まっていた。首飾りを握った指の関節が、白かった。
「小夜さん?」
小夜さんは、わたくしを見た。
見て、何か言おうとして、やめた。
「……ううん」
それだけ言って、紳士を支え直した。
【コメント】小夜ちゃん、真っ青
【コメント】目の前だったもんな
【コメント】そりゃ怖いよ
【コメント】……怖い、だけかな
*
スターグリント様が、大股で、こちらへ歩いてきた。
硝子の目が、ふわりと、その肩の後ろについてくる。スターグリント様は、わたくしの前で足を止めると、わたくしの頭の上を、ちらりと見た。
賞金首の赤い札が出るはずのところを。何も出ていない、そこを。
「勇敢なお嬢さんだ! 逃げずに、最後まで、そこに立っていたな!」
大きな手が、差し出された。
わたくしは、日傘を肩に預けて、その手を取った。
籠手越しでも、固い手だった。
「お褒めにあずかり、光栄ですわ。悪い方々を、まっすぐに片付けていらっしゃるお姿、素敵でございました」
「ハーッハッハッハ! 市民の声援が、私の力だ!」
スターグリント様は、握った手を、硝子の目の方へ、高く掲げた。
もう片方の手で、また、親指を立てた。
【コメント】握手
【コメント】ツーショット
【コメント】この島を落とした女と、この島を守った男の握手
【コメント】世界で一番やばいツーショット
【コメント】スターグリント、頭の上見て、賞金首の札がないのを確かめてた
【コメント】札がないから、善良な市民
【コメント】判定上、問題はございません(英雄版)
少し離れたところで、スタロ様が、傾いた東屋の前に、立ち尽くしていた。
スタロ様は、こちらを見なかった。
白い上着の方が昇っていった、島の縁の上の空を、ずっと、見上げていた。拳は、握られたままだった。
ゲイリー様が、芝の上に転がった白い上着の方々を、ひとりずつ、見下ろして回っていた。
「……さっきの頭、上の手配書で見た顔だった。賞金のでかい方の」
それから、空を見上げて、ぼそりと言った。
「……また、横取りだ」
傾いた東屋の屋根から、白い瓦が一枚、芝の上に落ちて、割れた。




