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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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109/171

第109話ふたたびのお庭、おめでとうございます

 白い浮遊艇の舵の前に、見覚えのある白髪まじりの頭があった。


「乗りな。式典だろ」

「まあ。ストは、まだ続いておりますのに」

「あんたたちの分だけだ、って言っただろ」


 運転士の方は、それだけ言って、舵を倒した。

 艇が、桟橋から静かに滑り出した。


【コメント】こんにちは

【コメント】スト中の運転士さん

【コメント】専属になってる

【コメント】約束守る人だ

【コメント】串一本のために


 艇の上は、ずいぶん賑やかだった。


 鈴村さんは、紺の上着の襟を、きちんと閉め直していた。小夜さんは、いつもの服に、いつもの前掛け。ただ、首もとの首飾りだけが、ゆうべ磨いたおかげで、朝の光をきらきらと弾いていた。

 ゲイリー様は、熊の毛皮の胴着のまま、艇の縁に腰かけていた。


「……ゲイリー様も、いらっしゃいますの?」

「ご同行の皆様、って書いてあったんだろ。タダ飯が出るって聞いた」


 スタロ様は、艇の後ろで、腕を組んで立っていた。

 昨日、ニュースを映す板を見たあとから、ずっと、口数が少なかった。


【コメント】ゲイリー、タダ飯目当て

【コメント】正直

【コメント】毛皮で式典

【コメント】ドレスコードという概念

【コメント】小夜ちゃん、首飾りだけおめかし

【コメント】かわいい


   *


 庭園の島は、思っていたより、小さかった。


 手入れの行き届いた芝。石畳の小径。小径の先に、水を噴き上げる噴水。いちばん奥の、島の縁ぎりぎりのところに、白い東屋がひとつ。

 その東屋の脇から、細い滝が一本、空へ垂れていた。


 芝の上には、白い布をかけた卓が並び、硝子の杯と、小さな菓子の皿。着飾った上層の方々が、杯を手に、あちこちで笑いさざめいていた。


 わたくしは、日傘を傾けて、島をぐるりと見渡した。


 どこかで、見たことがあるような気がした。


【コメント】庭園の島、思ったより小さい

【コメント】金持ちの庭だ

【コメント】滝が空に垂れてる

【コメント】菓子、ちっちゃ


 東屋の前に、白い髭をたくわえた、年配の紳士が立った。

 島の持ち主の方らしい。杯を軽く掲げると、芝の上のざわめきが、すうっと引いていった。


「本日は、皆様、ようこそお越しくださいました」


 穏やかな、よく通る声だった。


「この島は、先だって、原因の分からぬ崩落に見舞われました。翌日には、幸い、元の姿に戻っておりましたが……島の浮力が、尽きかけていたのかもしれぬ、との見立てもございまして。念のため、今日まで閉じて、点検を重ねてまいりました」


【コメント】……崩落

【コメント】あの島か

【コメント】灯台の丘から落としたやつ

【コメント】「今のわたくしでは、あのくらいが精一杯」のやつ

【コメント】お嬢、たぶん覚えてない

【コメント】覚えてたら来ないだろ


 紳士は、杯を、東屋の脇の滝の方へ向けた。島が浮いているかぎり、あの滝は止まらないのだという。


「点検の結果、浮力に何の衰えもない、とのことでございます。……本日より、この庭を、ふたたび皆様に開きます」


 芝の上に、拍手が起こった。


 わたくしも、手を叩いた。

 心から。


「おめでとうございます。ふたたびのお庭、本当に、ようございましたわね」


【コメント】拍手してる

【コメント】満面の笑み

【コメント】最前列で

【コメント】浮力の衰えはなかった(原因は日傘)

【コメント】点検代、誰が払ったんだろうな

【コメント】小夜ちゃんの顔

【コメント】小夜ちゃん、遠くを見てる


 小夜さんは、拍手をしていなかった。

 わたくしの隣で、杯も持たずに、島の縁の滝を、じっと見ていた。

 拍手がやんでも、滝から目を離さなかった。


   *


 卓のあいだを、銀の盆を持った給仕の方々が、行き来していた。


 揃いの白い上着。揃いの手袋。島の外から、菓子と杯を運んできた方々らしかった。

 卓の椅子にどっかりと腰を下ろしたゲイリー様が、通りかかった盆から、菓子を三つまとめてつまんだ。

 スタロ様は、芝の端で、給仕の列を目で追っていた。


「……お嬢ちゃん」

「なんですの」

「この菓子、うまいけど、腹にたまらねえ」

「お行儀よく、おひとつずつ召し上がってくださいまし」


 ゲイリー様は、四つ目に伸ばしかけた手を、止めた。

 止めたまま、給仕の方の顔を、見上げていた。


「……おい」


 ゲイリー様の声が、低くなった。


「あんた、さっきから同じ卓のまわりを回ってるだけで、俺以外の誰にも、菓子を配ってねえぞ」


【コメント】ん?

【コメント】給仕

【コメント】誰にも配ってない

【コメント】ゲイリーの目

【コメント】食い意地で気づいた

【コメント】賞金稼ぎの勘か、食い意地か


 給仕の方が、にこりと笑った。

 それから、盆を持っていた手を、すっと下ろした。銀の盆が芝に落ちて、からん、と鳴った。盆の陰に隠していた方の手に、銃身の短い連射銃が握られていた。

 同じ音が、芝のあちこちで、続けて鳴った。銀の盆が、六つ、七つ、八つ。


「――動くな!」


 白い上着の方々が、一斉に連射銃を構えた。

 賞金首の赤い札は、誰の頭の上にも出ていなかった。


【コメント】給仕が全員

【コメント】札、出てない

【コメント】上層の組の連中か

【コメント】式典に紛れ込んでた


 二人が、東屋の前の紳士の両腕を掴んだ。

 ほかの何人かが、東屋のまわりの名士の方々を、銃口で東屋の中へ追い込んでいく。悲鳴。杯の割れる音。


 給仕の頭らしい方が、紳士の首に銃口を当てたまま、声を張った。


「島の真ん中の、浮き石をもらう。鍵は、このじいさんが持ってる。……おとなしくしてりゃ、誰も落ちねえ」


 給仕の頭は、紳士の背中を、東屋の中へ突き飛ばした。自分は入口の脇に立って、銃口を、東屋の中へ向けたままにした。


【コメント】浮き石

【コメント】島を浮かせてる石か

【コメント】それ取ったら、島、落ちる

【コメント】前に一回落ちた島が、また落ちる

【コメント】東屋に人質


 東屋のすぐ脇の、白い薔薇の植え込みの前に、小夜さんが立っていた。

 さっきまで、わたくしの隣にいたのに。いつのまにか、東屋の脇の滝を見に、歩いていっていたらしい。銃を構えた白い上着の一人が、その小夜さんを、東屋の方へ乱暴に押しやった。


 わたくしは、日傘の傾きを、少しだけ直した。


「スタロ様。三十秒、お待ちいたしますわ」


 芝の端にいたはずの白い影は、もう、東屋に向かって走っていた。


【コメント】三十秒

【コメント】スタロ、もう走ってる

【コメント】小夜ちゃんが東屋の方に

【コメント】やばい

【コメント】ゲイリーも立った

【コメント】五


 ゲイリー様が、つまんでいた菓子を卓に置いて、椅子から、ゆっくりと立ち上がった。

 白い上着の方々の銃口が、一斉に、その大きな体の方を向いた。


「……タダ飯って、聞いてたんだがな」


 十。


 白い影が、芝の上から消えた。


 次に見えたのは、東屋の屋根の高さだった。宙に、六角形の光が一枚灯って、消える。その一瞬あとに、もう一枚、まるで違う場所に。

 白い上着の方々の銃口が、ゲイリー様から、一斉に空へ跳ね上がった。


 連射の音が、お庭じゅうに鳴り響いた。


 乾いた音が、重なって、ひとつながりの唸りになる。白い影が通り過ぎたあとの宙で、光の板が、硝子の花のように弾けては散った。散った欠片が、まだ落ちきらないうちに、白い影はもう、そのずっと横にいる。上へ。下へ。薔薇の植え込みすれすれを這うように。かと思えば、噴水の水柱を突き抜けて、真上へ。

 銃口が、追いつかない。


【コメント】速っ

【コメント】全弾外れてる

【コメント】いや、避けてるんだよ

【コメント】足場、何枚出してんだ

【コメント】あれ全部、蹴った跡か

【コメント】スタロ、こんなに動けたの

【コメント】十三


 入口の脇の給仕の頭が、空へ向けていた銃口を、東屋の中へ戻した。


 白い影が、宙から落ちるように、東屋の入口の前の芝に降りた。

 そこから、動かなくなった。


 銃口と入口のあいだに、光の板が灯った。砕けた。また灯った。また砕けた。連射が、灯るそばから板を砕いていく。砕けた端から、スタロ様は、次の一枚を差し込んでいく。光の欠片が、入口の前に、きらきらと散り敷かれていった。

 盾を出し続けているあいだは、一歩も進めない。給仕の頭は、手の届くところにいるのに。


【コメント】入口塞いでる

【コメント】中に撃たせないように

【コメント】足場、削られてる

【コメント】十五


 東屋の中で、紳士が、膝をついた。小夜さんが、その背中に手を添えていた。

 首飾りが、東屋の白い柱の陰で、一度だけ、光った。


 十九。


 そのとき、空の高いところで、何かが鳴った。


 風を切る音ではなかった。もっと低い、腹の底に響く音。島の上の雲が、まっすぐに、穴を開けられたように割れた。

 割れた雲の向こうから、小さな光る球が、ひとつ、ふわりと降りてきた。硝子の目だった。ニュースの中継を撮っている、あの空飛ぶ目だ。


【コメント】え

【コメント】空が割れた

【コメント】硝子の目

【コメント】ニュースのカメラ

【コメント】来る

【コメント】あいつだ

【コメント】二十


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