第108話素敵な方が、映っておりますわ
上層の朝は、壁が喋る。
宿の食堂の壁に、板が一枚、はめ込まれていた。遠くの景色を、絵も声もそのまま映し出す、硝子の映像の板だ。上層では、どこの壁にも、これがあるらしい。朝の光の中でも青白く灯って、さっきから、同じ女の方の声が流れている。
『――おはようございます、エバーポートNEWS、美城アリアです。今朝の見出しです。銀行の島では、本日昼から、新しい硝子張りの大金庫のお披露目が行われます。点検のため閉鎖されていた庭園の島は、近く、式典とともに再開の予定です。……それでは、本日のオススメニュース!――と参りたいところですが、ただいま速報が入りました! 市場の島の三番通りで、プレイヤーとみられる武装した集団が、両替所に押し入ったとの通報です! 現場から中継で、ChECk☆it☆OuT☆!』
最後のひと言だけ、声が三つほど跳ね上がった。
板に映る景色が、白い石の通りに切り替わった。通りが、揺れていた。逃げていく人々。割れた硝子の扉。扉の中から、麻袋を担いだ男たちが飛び出してくる。
【コメント】おはよう
【コメント】上層の朝、ニュースで始まる
【コメント】見出しは普通のニュースなんだな
【コメント】オススメ、強盗になった
【コメント】最後だけテンションどうした
【コメント】ちぇっくいっとあうと
【コメント】強盗の生中継なのに
【コメント】プレイヤーの強盗か
【コメント】上で稼いでる連中か
【コメント】乗り場で暴れてた連中の残りかな
わたくしは、焼きたての白いパンを、小さくちぎっていた。
向かいの席で、小夜さんが、さじを持ったまま板を見上げている。スタロ様は、壁にもたれていた。夜のあいだ、どこかへ出ていたらしい。装甲の肩のところに、焦げた跡がひとつあった。
『――あっ、来ました! 来ました! 上層の英雄、スターグリントです!』
板から流れる声が、さっきの決まり文句より、さらに高くなった。
空から、何かが落ちてきた。
石畳が、網の目のように割れた。土煙の真ん中に、男の方がひとり、片膝をついていた。
ゆっくりと、立ち上がる。
大きな方だった。銀の胸甲に、金の縁取り。肩当ての下から、裾の短い紺のマントが垂れている。胸の真ん中には、金色の稲妻の形をした紋。
兜も、仮面もなかった。刈り込んだ金の髪。四角い顎。笑うと、歯が、朝の光より白かった。
「ハーッハッハッハ! 市民諸君、もう大丈夫だ!」
【コメント】出た
【コメント】スターグリント
【コメント】上層のNPCヒーローか、噂の
【コメント】顔出し!
【コメント】歯が白い
【コメント】笑い声、音割れしてる
麻袋の男たちが、腰の光線銃を抜いた。
青い筋が、三本、四本、まっすぐに胸甲を撃った。
スターグリント様は、避けなかった。
光線を胸で受けたまま、まっすぐに、歩いていった。焦げ跡ひとつ、つかなかった。
「効かん! 効かんぞ!」
次の瞬間には、走っていた。
ひとり目を、肩で跳ね飛ばす。二人目の光線銃を、銃身ごと握り潰す。三人目が麻袋を盾にしたので、麻袋ごと殴った。銭が、通りに雨のように降った。
【コメント】正面突破
【コメント】避けない
【コメント】光線、全部胸で受けてる
【コメント】銃を握り潰した
【コメント】麻袋ごといった
【コメント】戦い方が雑すぎる
四人目が、通りの脇の果物屋の屋台へ逃げ込んだ。
スターグリント様は、屋台ごと、その方を蹴り上げた。
屋台の屋根が、空を飛んだ。橙色の果物が、通りいっぱいに転がっていった。
光の粒が、四つ、昇っていった。
スターグリント様は、それを見送りもせずに、くるりとこちらを向いた。こちら、というのは、板を見ているわたくしたちの方だった。
「エバーポートは、今日も安全だ!」
白い歯。
それから、右手の親指を、ぐっと立てた。
【コメント】サムズアップ
【コメント】カメラ目線
【コメント】カメラの位置、完全に分かってる
【コメント】屋台、蹴り上げたけどな
【コメント】果物屋のおっちゃん……
板の端に、前掛けの年配の方が映っていた。屋台のあった場所に、ぽつんと立っていた。
スターグリント様は、その方の前へ大股で歩いていって、両手で、がっしりと手を握った。
「ご協力、感謝する!」
「……協力、は」
「屋台のことは、気にするな! 悪党は、片付いた! ハーッハッハッハ!」
【コメント】握手した
【コメント】まず殴って、そのあと握手
【コメント】おっちゃん、協力してない
【コメント】気にするな、って言われても
【コメント】おっちゃんの今日の稼ぎ……
わたくしは、ちぎったパンを、皿に置いた。
「まあ。素敵な方ですわね」
【コメント】言うと思った
【コメント】お嬢、絶対好きなタイプ
【コメント】お声も大きくて、とか言いそう
【コメント】混ぜるな危険
「お声も大きくて、笑顔も爽やかで。悪い方々を、ご自分の手で、まっすぐに片付けていらっしゃる」
「……屋台、蹴ったぞ」
壁際で、スタロ様が、低く言った。
板には、しゃがみ込んで、転がった果物を一つずつ拾い集める果物屋の方が映っていた。スタロ様は、中継が別の場面に切り替わるまで、ずっと、その背中を見ていた。
【コメント】スタロ、果物屋さんの方見てる
【コメント】見るとこがいつもそこ
【コメント】ヒーロー二人で、見てるとこが真逆
【コメント】お嬢は英雄を見てて、スタロは果物屋を見てる
小夜さんは、さじを持ったまま、何も言わなかった。
*
昼過ぎに、宿の戸口が、大きな影でふさがった。
「よう」
ゲイリー様だった。胴着の肩が、一か所、黒く焦げている。腰の銭袋が、昨日より、はっきりと重そうに揺れていた。
「上の手配書の獲物、二人仕留めた。……帰りの艇の運賃も、取れた」
「まあ。おめでとうございます」
「ただな」
ゲイリー様は、食堂の壁の板を、親指でしゃくった。
板には、また、あの方の笑顔が映っていた。
「でけえ札は、全部あの金ピカが持ってく。今朝も、目ぇつけてた四人組を、俺が着く前に屋台ごとやりやがった」
「まあ。お仕事が早い方ですのね」
「早すぎんだよ」
【コメント】今朝の強盗、ゲイリーの獲物だったのか
【コメント】横取りされた
【コメント】金ピカ
【コメント】ゲイリーの呼び方、雑
【コメント】上層の賞金稼ぎ、全員あいつに泣かされてそう
*
日が傾きはじめたころ、鈴村さんが、宿に戻ってきた。
紺の上着の襟もとが、昨日よりも、もう少し緩んでいた。手には、封をした書状が一通。
食堂の卓に、それを置いて、鈴村さんは、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「まとまりました」
小夜さんが、さじを置いた。
「上の方々が、下町の代表を、これからの正式な話し相手として、お認めくださいました。決まりを作っていただくのは、まだ先ですが。……少なくとも、話を聞いていただける場所が、できました」
「すごい」
小夜さんの声が、少しだけ、上ずった。
「鈴村さん、すごいよ。串屋さんなのに」
「串屋ですので、根気だけはございます」
鈴村さんは、目もとを和らげて、書状の封を指で撫でた。
「最後に、あの背の高い役人の方が、こうおっしゃいました」
鈴村さんは、少しだけ背筋を伸ばした。
声の調子を、ほんの少し、平らにする。
「――以上です」
小夜さんが、吹き出した。
【コメント】www
【コメント】鈴村さんのモノマネ
【コメント】似てる
【コメント】以上です(串屋の声で)
【コメント】この人、こういう冗談言うんだ
【コメント】交渉、二日でまとめたのか、さすが
【コメント】串屋の根気
小夜さんは、笑いながら、ふと、自分の前掛けを見下ろした。
「……明日の式典、わたし、これで行くの?」
「まあ。何か、問題がございますの?」
「庭園の島の式典だよ? 上の、偉い人たちが来るんでしょ。わたし、前掛けしか持ってない」
小夜さんは、前掛けの端を、両手でつまんでみせた。
それから、首もとの首飾りに、そっと指を当てた。
「……これだけ、磨いとこうかな」
鈴村さんは、小夜さんの指先の首飾りを、穏やかに見ていた。




