↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
106/171

第106話お招きは、小夜さんのものですわ

 展望台は、役所の島の、いちばん端にあった。


 白い石の床が、空の方へ、長く張り出している。手すりは、腰の高さの硝子が一枚だけ。その向こうには、何もなかった。ずっと下に雲があって、雲の下に、海があるだけ。

 手すりの際に、筒の形をした硝子の望遠鏡が、三つ並んでいた。


【コメント】展望台

【コメント】柵が硝子一枚

【コメント】高所恐怖症には無理

【コメント】今日は爆発なし?

【コメント】まだ分からん

【コメント】お嬢が静かな日は、だいたい何か起きる


 会合は、休憩のあとも続いていた。鈴村さんが扉の向こうから出てくるまで、まだしばらくかかる。

 小夜さんは、手すりの前に立って、空を見ていた。


 浮島が、近かった。


 下町の港から見上げていたときは、雲の少し下に浮かぶ、白い粒の連なりだった。ここからだと、ひとつひとつの島の形が分かる。尖塔の窓の、青白い灯りのひとつひとつまで。

 大きな島の縁から、一本の滝が垂れていた。


 水は、まっすぐに落ちていって、途中で、ほどけていた。白い糸が、少しずつ細くなって、霧になって、そのまま空に溶けていく。海までは、一滴も届いていなかった。


「……どこにも、落ちないんだね」


 小夜さんが、ぽつりと言った。


「下からだと、途中で見えなくなるだけだと思ってた。ほんとに、消えてるんだ」


【コメント】滝が霧になってる

【コメント】下からだと分かんなかったやつ

【コメント】綺麗だな

【コメント】小夜ちゃん、ずっと見てる


 わたくしは、望遠鏡の脇の、小さな光の板を見た。

 銅貨を一枚入れると、しばらくのあいだ覗ける、と書いてあった。


 銅貨を一枚、落とした。


「小夜さん。どうぞ」

「え、いいの?」

「わたくし、こういうものは、覗くより、覗いていらっしゃる方を見る方が好きですの」


【コメント】お嬢がおごった

【コメント】銅貨一枚だけど

【コメント】お嬢、優しい

【コメント】たまにいいこと言うんだよな、この人


 小夜さんは、少しためらってから、望遠鏡に顔を寄せた。

 しばらく、黙っていた。筒の先が、ゆっくりと、島から島へ動いていく。


「……おばあちゃんがね」


 望遠鏡を覗いたまま、小夜さんが言った。


「晴れた日に店先から見えると、手を止めて、いつまでも眺めてた。あそこは、滝の音がするのかなって。こんなに遠いのに、聞こえるわけないのにね」


 筒の先が、大きな島の滝のところで、止まった。


「……音、しないね」

「ええ」

「ここまで来ても、しない」


 小夜さんは、望遠鏡から顔を離した。

 それから、手すりの硝子に両手を置いて、目を閉じた。


 風の音がした。どこか遠くで、浮遊艇の、空を擦るような低い唸り。それだけだった。


【コメント】……

【コメント】静か

【コメント】滝の音、聞こえないのか

【コメント】遠すぎるんだろうな

【コメント】おばあちゃん、ここまでは来られなかったんだな

【コメント】代わりに孫が来た


 小夜さんは、目を開けた。

 首もとの首飾りを、指先でつまんで、そっと引き寄せた。細い鎖の先の、小さな飾り。それを手のひらに乗せて、浮島の方へ、少しだけ持ち上げた。


 誰に見せているのかは、聞かなかった。


「……上に来てから、ちょっとだけ、息がしやすい」


 小夜さんは、首飾りを握ったまま、言った。


「下にいると、ここんとこ、なんか、ずっと……。港のこととか。いろいろ」

「ええ」

「串屋さんの言ったとおりだね。離れたら、気が紛れた」


 わたくしは、小夜さんの隣に並んで、手すりの硝子に、日傘の先をそっと預けた。


「それは、よろしゅうございましたわ」


【コメント】小夜ちゃん、やっぱりしんどかったんだ

【コメント】港の件、一番近くにいたもんな

【コメント】串屋さん、よく見てる

【コメント】上層編、小夜ちゃんの息抜き回でいいよもう


 しばらく、二人で、滝が霧になるのを見ていた。


「ねえ、瑠璃華」

「なんですの」

「前にさ。港の乗り場で、言ってたよね。招かれないと、行かないって」

「ええ。お嬢様は、自分から追いかけたりはいたしませんもの」

「招かれてないのに、来ちゃったね」


 小夜さんは、少しだけ、意地の悪い顔をした。

 わたくしは、首を傾げた。


「いいえ。わたくしは、小夜さんのお供ですわ。お招きは、小夜さんのものですもの」

「わたしだって、招かれてないよ。書類持ちだもん」

「でしたら、串屋さんのお招きですわね」


 小夜さんは、小さく吹き出した。

 港の乗り場で、浮島行きの運賃を見上げていた日と、同じ笑い方だった。


【コメント】小夜ちゃん笑った

【コメント】よかった

【コメント】この二人のこういうの、久しぶりに見た

【コメント】爆発なしの回、ありがたい

【コメント】お嬢の配信で心が洗われる日が来るとは


   *


 足音がして、振り返ると、鈴村さんが展望台の入口に立っていた。


 紺の上着の襟もとが、少しだけ緩んでいた。手に、白い封筒を一通、持っている。


「お待たせいたしました。今日の分は、終わりました。明日でまとまりそうです」

「お疲れさまでした、鈴村さん」

「それから、帰り際に、これをいただきまして」


 鈴村さんは、封筒をこちらへ差し出した。

 封蝋に、草花の紋。


「庭園の島が、点検を終えて、ふたたび開かれるそうです。その式典が、明後日。下町の代表と、そのお連れの皆さんもぜひ、と」


 わたくしは、封筒を受け取った。

 宛名の欄に、小さく、丁寧な字で、並んでいた。下町区域代表、鈴村様。ご同行の皆様。


「まあ」


 思わず、声が出た。


「ようやく、お招きいただけましたわ」


【コメント】庭園の島

【コメント】点検明け

【コメント】待って

【コメント】それ、お嬢が落とした島じゃね

【コメント】招く側は知らない

【コメント】ようやくお招きいただけましたわ、じゃないのよ


 小夜さんが、わたくしの手の中の封筒と、わたくしの顔とを、順番に見た。

 何か言おうとして、口を開けて、それから、閉じた。


 鈴村さんは、何も言わなかった。

 穏やかに笑って、展望台の向こうの、滝が霧になっていくあたりを見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。