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悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


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105/171

第105話三十秒、お聞きいたしましたわ

 役所の島は、硝子の塔が三本、渡り廊下でつながった島だった。


 塔の中は、どこまでも白い廊下と、どこまでも同じ形の扉。その扉の前を、灰色の制服の方々が、硝子の板を抱えて足早に行き交っている。誰も、走らない。誰も、声を上げない。足音だけが、天井の高いところで、こつこつと響いていた。


【コメント】こんにちは

【コメント】役所の島だ

【コメント】静かすぎる

【コメント】下町の詰所と同じ「役所」とは思えん

【コメント】スタロとゲイリーは?

【コメント】配信の頭でお嬢が言ってた。スタロは上の衛兵のとこ、投げ文の話を聞きに

【コメント】ゲイリーは手配書の掲示板の前から動かないらしい

【コメント】昨日の続き、往復分


 会合の部屋の前で、鈴村さんは、紺の上着の襟を一度だけ直した。


 扉の前には、あの背の高い女の方が立っていた。灰色の制服。硝子の板。港の両替所の前で、わたくしに「判定上、問題はございません」とおっしゃった方だ。

 女の方は、わたくしを見て、ほんの一瞬、口を閉じた。


「……九条院さんも、ご同席ですか」

「いいえ。わたくしは、小夜さんのお使いのお供ですの」

「そうですか」


 女の方の肩が、わずかに下がった。


【コメント】ほっとしてる

【コメント】今、ほっとしたよな

【コメント】乗り場の衛兵と同じ反応

【コメント】お嬢、上でも要注意人物リスト入りしてる


「鈴村さん。こちらへ」

「承知しております」


 鈴村さんは、振り返って、小夜さんに文箱をひとつ預けた。


「小夜さん。写しを、記録の塔と、印の塔へ。受け取りの印をいただいたら、ここの受付へお戻しください。……くれぐれも、気をつけて」

「うん。行ってくる」


 扉が、音もなく閉じた。

 扉の上で、小さな光が、青から赤に変わった。


   *


 小夜さんは、迷わなかった。


 三本の塔のどれがどれか、渡り廊下のどこを曲がるか、昨夜のうちに案内の板を見て覚えてきたらしい。わたくしは、その後ろを、日傘をたたんでついていった。記録の塔で印をひとつ。印の塔で、もうひとつ。窓口の方に文箱を開けて見せるたび、小夜さんは、背筋を伸ばして、ゆっくり、はっきりと名乗った。


「下町区域代表、鈴村の随行です」


【コメント】小夜ちゃん、しっかりしてる

【コメント】官庁街に初めて行ったとき、目つぶってた子だぞ

【コメント】成長が早い

【コメント】お嬢、完全にただの付き添い


 三本目の塔へ戻る、長い渡り廊下の途中だった。


 硝子の床の下に、雲が流れていた。向こう端に、書類を山と積んだ台車を押す、若い書記の方がひとり。それから、反対の端から、荷運びの前掛けをした男の方が、四人。

 どこにでもいそうな、日に焼けた顔の方々だった。


 すれ違いざま、ひとりが、小夜さんの腕から、文箱をむしり取った。


「あっ――」


 小夜さんがよろける。わたくしが手を伸ばすより先に、男の方々は、もう、向こう端へ走り出していた。書記の方の台車の脇をすり抜けて、三本目の塔の方へ。


【コメント】ひったくり!?

【コメント】役所の中で

【コメント】荷運びの格好してる

【コメント】書類狙いか

【コメント】会合の邪魔したい奴がいるってこと?

【コメント】スタロいない

【コメント】三十秒だ


 わたくしは、日傘を開いた。


「スタロ様は、別の島ですものね。三十秒、お待ちいたしますわ」

「瑠璃華、待って――」


 小夜さんが、わたくしの袖を掴んだ。

 それから、ちらりと、渡り廊下の向こう端を見た。走っていく男の方々。その先で台車を止めて、こちらを見ている書記の方。


 小夜さんは、声を落とした。


「……あのね。あの箱」

「ええ」

「あれ、ね」


 小夜さんは、言葉の代わりに、自分の前掛けの胸もとを、とん、と指で叩いた。

 一度。それから、もう一度。


「まあ」


 わたくしは、小夜さんの手を、両手でそっと包んだ。


「お胸が、どきどきなさいますのね。無理もございませんわ。もう大丈夫。わたくしが、三十秒お待ちしてから、きちんと片付けて差し上げますから。お話は、そのあとで、ゆっくり伺いますわ」

「ちがう、そうじゃなくて――」


【コメント】小夜ちゃん、何か伝えようとしてる

【コメント】胸を叩いた

【コメント】ジェスチャー

【コメント】お嬢、受け取り方

【コメント】どきどきじゃないだろ絶対

【コメント】声に出せない何かがあるのか

【コメント】十五


「だから、ここに――」

「ええ、ええ。こちらにおりますわ。どこへも参りませんもの」


 小夜さんは、ぱくぱくと口を動かして、それから、天井を仰いだ。


 二十五。


【コメント】二十五

【コメント】言え!

【コメント】もう大きい声で言え!


 渡り廊下の中ほどで、台車を止めていた書記の方が、走り抜けていく四つの背中を、口を開けて見送っていた。


 ――四つの前掛けが、三本目の塔の扉に手をかけた。


 白。


 気づいたときには、渡り廊下の向こう半分が、なくなっていた。


 硝子の床も、天井も、塔の扉の手前の、ひと区画ぶんの壁も。四つの粒が昇っていった。それから、台車の上の書類が、一枚残らず、白い紙吹雪になって、ゆっくりと、雲の中へ舞い降りていった。


 書記の方は、柄だけになった台車を握ったまま、渡り廊下の、ちぎれた縁に立っていた。


【コメント】

【コメント】半分いった

【コメント】役所の中で撃った

【コメント】書類が、雲に

【コメント】書記さんの台車、柄だけ

【コメント】あれ、今月の決裁とかじゃないのか


 小夜さんは、わたくしの袖を掴んだまま、ちぎれた渡り廊下の向こうを見ていた。

 それから、ゆっくりと、手を離した。


「……あれ、空っぽだったんだけど」


「まあ」


 小夜さんは、前掛けの胸もとに手を入れて、折りたたんだ紙の束を取り出した。

 受け取りの印が、二つ。きちんと押されていた。


「大事なのは、こっち。港のことがあってから、箱には入れないことにしてたの。……大きい声で言ったら、意味ないでしょ」


【コメント】www

【コメント】空っぽ!

【コメント】胸を叩いてたの、それか

【コメント】お嬢、三十秒お待ちして、三十秒お聞きしなかった

【コメント】小夜ちゃん賢すぎる

【コメント】ひったくりは空箱のために粒になった

【コメント】書記さんの書類だけ、とばっちり


「わたくし、ちゃんとお聞きしておりましたわ。三十秒」

「最後まで聞いてから撃ってよ……」


 会合の部屋の扉の上で、光が、赤から青に変わった。


 扉が開いて、鈴村さんが出てきた。後ろに、あの背の高い女の方。廊下の向こうの、ぽっかり空いた空と、ちぎれた渡り廊下と、柄だけの台車を、ゆっくりと見渡した。

 女の方の目が、最後に、わたくしで止まった。


「……休憩に、出てきただけなのですが」

「小夜さんの文箱が、ひったくられてしまいましたの」


 鈴村さんが、小夜さんの前に膝をついた。


「お怪我は」

「ない。書類も、ここ」

「……そうですか。よかった」


 鈴村さんは、小夜さんの手の紙の束を、しばらく見ていた。それから、穏やかに笑って、立ち上がった。

 女の方は、硝子の板を胸に抱えたまま、ちぎれた渡り廊下を見ていた。


「書類を奪おうとする方々まで、出てきましたか」


 それだけ言って、女の方は、こめかみに指を当てた。


「……渡り廊下も書類も、明日までに戻ります。書き直しの手間は、戻りません。以上です」


【コメント】出た、以上です

【コメント】手間は戻りません

【コメント】書記さん……

【コメント】会合中に、外でこれ

【コメント】反対派とかいるんだろうな、上にも


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